第10話


 レギアスが騎士学校に入学してから既に数ヶ月。

 ジメジメとした暑さを感じてくる頃合いの季節。

 騎士学校では一つのイベントが始まろうとしていた。


 それは学生にとって学んだ知識や力を証明する【定期試験】である。

 この学校は年に二回の試験があり、その最初の試験がもうすぐ始まろうとしている。

 学生達は試験の時期が近付くと張り詰めた空気を纏い始める。

 この試験の重要度は上の学年になる程高くなっていく。試験の結果次第では将来性を見出され、騎士として重要な地位に就くことも可能なのだ。当然、試験の難易度や【危険度】も増していく。

 とは言ったものの、一年生の最初の試験はそんなに重く考えるようなものではない。あくまでどれ程自分達が学べたかを確認する程度のものだと、レギアスは担任であるエルドから聞いた。


 今朝からレギアスのクラスも試験の話題で持ち切りだった。試験内容が明かされていないからどのような試験なのか、筆記だけだった年もあれば実地試験だった年もあったとか。


「アナトは知ってるのか?」

「……私が王女だからってズルはしないぞ」

「ははっ、だよな」

「まぁ……たぶん時期的に見て、例の三人組じゃないのか?」

「……」

「……何だ?」


 デスクにぐでーっと寝そべっていたレギアスは、隣で本を読んでいたアナトを見上げ、ジーッと見つめた。その視線が気になり、本を読むのを止めた。


「……お前、ホント丸くなったよな」

「っ……」


 この数ヶ月、アナトはレギアスを極度に敵視する事をしなかった。寧ろ素直に表には出さないが、気遣う様子を見せたのだ。いったい何がそうさせたのかレギアスには分からないが、分かるのはアナトが優しさを向けているという事だ。

 アナトはピクリと眉を動かし、読んでいた本でレギアスの頭を叩いた。


「いで!?」

「ふん……」

「オォーッス、おはようさん」


 オルガが教室に入った来た。

 彼は朝から姿を見せず、てっきり今日は学校を休んだかとレギアス達は思っていた。

 そのままレギアスの隣に座り、疲れたように身体を伸ばした。


「今朝はどうしたんだよ?」

「いやぁこれでもお勤めの身でね。報告がてら一仕事してきたんだよ」

「学生騎士様は大変だな」

「だが懐は潤うぜ」

「潤うって言や、お前が紹介してくれたバイト、良い感じだぜ」

「だろ? こう言っては何だが、俺には人脈があるからな」

「バイト? お前、お父様から定期的に生活費を貰ってるだろ?」


 レギアスは国王から月々の生活費を振り込まれている。その額は少しばかり無駄遣いしたところでそれでも苦なく暮らせる程だ。とても生活費が足りなくなるとは思えない。


「ああ、貰ってる。だけど何と言うか……自分で働かないと落ち着かないと言うか……」

「……ま、立派な事だ。くれぐれもお父様と姉さんに迷惑を掛けるなよ」


 アナトは読書を再開した。

 その後は何事もなく授業が始まり、放課後を向かえた。

 試験が近くなると生徒会活動も無いようで、レギアスは学校の訓練所でトレーニングを行う。

 黒いインナー姿で筋力トレーニングを行い、剣を振るっては養父から学んだ剣技を磨く。


 国王はドラゴンの力を制御させる為に騎士学校へ入学させた。

 しかし未だそれに関するトレーニング等は実施されていなかった。

 確かに学校の授業内容は今まで習ってこなかった事が沢山ある。

 戦闘時における魔力の制御方法や魔法、戦術や戦略を学ぶのが主な内容だが、それを学ぶだけではドラゴンの力を制御出来るとは思えない。制御を覚える為の下地作りと言うのなら納得は出来るが、そんな余裕があるのだろうか。


「っとと……!」


 余計な考えがレギアスの動きを鈍らせた。足運びが疎かになりバランスを崩しかける。

 トレーニングの手を止め、流れる汗を近くに置いていた荷物から取り出したタオルで拭う。

 訓練所にはレギアス以外にも数名の学生がいて、各自トレーニングを行っている。

 今日はアナトもオルガも用事があって一緒ではない為、一人で黙々と鍛えていた。

 ただ、レギアスは今のトレーニングに限界を感じていた。ドラゴンの力が目覚めた事で肉体は活性化し、通常の人間が行うようなメニューでは足りないのだ。

 三人でトレーニングしている時も、二人と組み手をする分には問題無いのだが、それ以外は足りない。


「はぁ……」

「溜息なんか吐いてどうしたの?」

「うお!?」


 打開策を考えていると、突然後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、トレーニングウェア姿のベールが立っていた。白のシャツを着ているが、肩から黒のインナーが見えている。下はスパッツで、レギアスはその健康的なフェチシズムに思わず目を逸らしてしまう。

 他の学生達もベールに気が付き、騒然としている。


「め、珍しいな。と言うか、此処で会うのは初めてだな」

「私だって騎士学校の生徒よ。鍛錬ぐらいするわよ」

「それはまぁ……そうだな」


 思えば、レギアスはベールの力を知らない。子供の時も初歩的な魔法を使えるだけだった。今はもっと上位の魔法を使えるのだろうが、正直なところレギアスはベールが戦う姿を想像できなかった。


「ベールも剣を振るうのか?」

「いいえ、残念ながら私に剣も槍も才能が無いの」

「じゃあ格闘術?」

「んー、それは第二の武器って所かしら」


 ベールは含み笑いを見せてから両手を前に出すと、何も無い空間から二挺の拳銃が現れた。拳銃にしては少し大口径であり、銃身が太いタイプのリボルバーだ。ベールの髪色と同じ黒紫色のコーティングが施されており、一目でオーダーメイド、彼女の専用武器だと分かる。


「――【ガンスリンガー】? おいおい、姉妹揃って特殊過ぎやしないか?」


 ガンスリンガー。

 それは少し前に開発された、近代兵器である銃器を扱った特殊戦術。

 ただ銃器から弾丸を放つ訳ではなく、まるで剣を振るう騎士のように敵軍を撃ち崩す戦闘スタイルである。習得すれば格闘戦術を交えた近接から銃の特性を活かした中遠距離まで幅広く戦えるのだが、近接は兎も角、激しく動き回りながら銃撃を行う為に中遠距離の安定感は皆無に等しい。故に、修得者の数は限りなく少ない。

 銃器は後方で大火力で薙ぎ払うのが主流であり、基本的にはそれ以外の運用はしない。

 それにデーマンとの戦いは銃器よりも剣や槍を主流としたスタイルのほうが効果的なのだ。

 銃器の威力はその銃器によって左右される。その銃器の許容範囲内の魔力しか弾薬に込められないのだ。これはアナトのガンブレイドにも言える事だ。魔力が無くても火薬で放てる利点はあるが、それでも結局は高位のデーマンともなると、ただ真っ直ぐ飛んでくる弾丸が当たることは少ない。


 だからこそ騎士達は近接武器を手に取り、直接叩きに行くのだ。

 ガンスリンガーは銃器でも近接戦闘を行えるように開発されたと言われるのも、それが理由である。


「そうよ。驚いた?」

「驚くさ。まさかベールが、と言うか王女様が会得する技じゃないだろ」

「最初は私も会得するつもりは無かったわ。でも私には銃撃の才能があったの。それを伸ばしてたら、ガンスリンガーのスタイルに合うようになったのよ」

「と言う事は、格闘技も行けるって訳か」

「言ったでしょ? それは第二の武器だって。貴方達に比べたらお遊戯レベルよ」


 ベールはレギアスを射撃訓練場へと案内した。訓練場のシステムを起動させると、離れた場所で複数の的が素早く動き出す。

 ベールはレギアスに耳当てと拳銃を渡した。


「俺、使った経験無いぞ?」

「簡単よ。こうやって銃口を的に向けてトリガーを引くだけ」


 そう言ってベールは的に目をやらず、流れるように銃口を的に向けて発砲した。放たれた弾丸は的の中心に命中した。一切的を目視せずにだ。


「……すげ」

「さ、勝負よ。いくら貴方でもこれは勝てないかしら?」


 ベールはレギアスを挑発するように笑みを見せた。

 その笑みに少しだけドキリとするレギアスだが、面白いと勝負に乗った。

 耳当てをしてベール監修の下、拳銃の撃鉄を起こした。




 勝負の結果、ベールの圧勝だった。ベールはハンデとしてレギアスの的よりも格段に早く動かしていたのだが、それを全て中心に命中させ満点のスコアを叩き出した。対してレギアスは中心に命中させる事は出来なかったが、見事な動体視力で的を捉えて中てる事は出来たという程度だった。

 勝負を楽しんだ二人はベンチに座って休息を取る。

 レギアスは先程の射撃で気になった事をベールに訊いた。


「お前もアナトも、弾丸をどうやって装填してるんだ?」


 ベールは射撃の最中、弾丸を装填する動作を見せなかった。それなのに弾切れを起こす事無く撃ち続けていた。アナトもガンブレイドに弾丸を装填する動作は一回しか見せなかった事を思い出した。


「え? ああ、これ?」


 ベールは手の上に弾丸を出現させた。


「魔法か?」

「そう、空間魔法。自分が創り出した異空間に物体を収納し、取り出す魔法。昔は難しい魔法だったけど、今では簡易化された魔法になってるの。学校の皆も当たり前に使ってるわ」

「……俺の町じゃ知らないな。まぁ閉鎖的な町だったしな」

「私とアナトは空間魔法に高い適性があって、器用に使えるの。それでシリンダーに入った弾丸を直接収納して出してるの。だから一々手で装填する手間が無いのよ」


 便利なもんだと、レギアスはその魔法を少し羨ましく思った。

 それからレギアスは、ドリンクを飲みながらベールに本当の用件を訊く。


「それで? 本当は何をしに来たんだ?」

「あ、バレてた?」

「まぁな」


 ベールはチロリと舌を出した。


「もうすぐ試験だから、始まれば試験が終わるまで会えないから会いに来たのよ」

「……会えない? 何で?」

「んー……それは言えないわね」


 ベールの物言いから、会えない理由に試験が大きく関わっている事が窺える。

 ベールは生徒会長だからなのか、事前に試験内容を知っているのだろうか。

 だがそれはそうとして、レギアスはベールが会いに来てくれた事に嬉しさを感じていた。

 この数ヶ月、アナトの敵視は形を潜め、間に割り込んでくる回数は少なくなった。

 流石にアナトの前で話している時はアナトから敵意というかそれに近い何かを向けられるが、それが無い状態が続いた御陰でこうして交友を続けられている。


「まぁでも、最初の試験はそれ程難しくない筈だから頑張って」

「でも試験内容が当日にならないと明かされないのは不安だな。もし魔法を使えとかだったら、俺は落第になるぞ」

「そうね、貴方は魔力を抑制されてるし、授業でも魔法を上手く使えなかったんでしょう?」


 そうである。レギアスは一年生で学ぶ魔法を会得する事が出来なかったのだ。

 理由は単純で、魔力が抑制されているのが原因で魔法に必要な魔力操作を上手く行えなかったのだ。

 アナトとの決闘の際に魔力を放出させる事は出来たから、それは無意識であるしそもそも放出と操作は別物である。


 魔法は魔力を流せば良いという訳ではなく、正しい流し方が存在するのだ。

 例えば炎を作り出す際には、炎の動きを連想させるような揺らめく流し方が必要だ。それもきちんと練り上げた魔力でだ。

 レギアスは魔力を練り上げる事も操作する事も困難になっていた。魔力確かに保有し、その存在を感じているのに、抑制されている所為で魔力を操れない。そんな状態に陥ってしまっているのだ。

 折角魔力を得たのに、これでは宝の持ち腐れだと、当初はもの凄く落ち込んでいた。

 それこそ、アナトが本気の心配を見せるほどに。

 今は割り切って、いずれ使えるようになるようにと願っている。


「こればっかりはどうしようもないわ。お父様の封印魔法を解く訳にもいかないし」

「分かってるよ。幸い、周りには身体強化系の魔法は扱えると思われてるから、及第点は貰えてる」


 ドラゴンの力を隠しながら送る学生生活も、中々大変らしい。

 その後も二人は他愛も無い会話を続けた。



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