第9話


 翌日の朝、レギアスは城の前にある噴水広場に来ていた。

 オルガ曰く、この広場は待ち合わせ場所によく使われる場所らしく、レギアス以外にもパートナーを待っている人達がチラホラといる。

 レギアスは王都で人気のショップで購入した、黒を基調とした服を着ている。最初は鮮やかな色合いの服を試していたが、どれもこれもレギアスの雰囲気に合わず、無難な黒色に落ち着いた。

 しかしその無難さはレギアスが纏えば特色として強調された。黒のジャケットとグレーのシャツ、紺色のズボンというシンプルなモノだが、ジャケットのデザインは王都で流行っているものであり、清潔感とクールさがレギアスという素材を輝かせている。ヘアースタイルも少し意識しているのか、整髪剤で軽く整えている。


 それらの結果、レギアスは道行く人達の視線を集めていた。

 レギアスは誰がどう見ても凜々しい容姿をしている。身体も毎日の鍛錬で引き締まっており、ドラゴンの力が目覚めたことで更に洗練されている。身長も高めであるし、美男子ではないがレギアスはかなり格好いい部類に入る。

 そうとは知らず、レギアスは見られている理由が田舎臭さを見抜かれていると思い込んでいた。オルガに見繕ってもらった服でもそれを隠せないのかと、少しばかり落ち込んでしまう。


「ファッション誌でも買って学ぶか……」

「レギアス!」

「お、ベール――!?」


 レギアスは目を奪われた。

 ベールはレギアスとは対比になるような白を基調とした服を着ていた。丈が長めの白のジャケットにスラリとした長い脚を包む黒のストッキングが映えている。化粧も普段とは少し事なり、気合いを入れているのか美しく施されていた。髪型もポニーテールがロングストレートになっており、後頭部の所だけ一房結ってある。


 レギアスは一瞬だけ彼女を女神だと錯覚した。

 それ程までに美しくもあり可愛くもあったのだ。

 ヒールを履いて走ってくる彼女に見惚れてしまい、目の前に来るまで呼吸を忘れてしまう。


「お待たせ。待ったかしら?」

「――い、いや。そんなことはない」

「そう、良かった。ちょっと身支度に時間掛かっちゃって」

「女の身支度はそう言うもんだと、町のレディ達に散々言われたよ」

「それは良いことね。なら、次に言う事も教えられてるんじゃない?」

「うぇ……!?」


 レギアスは狼狽えた。教えてもらっているには教えてもらっている。ただそれを面と向かって言うのに少し気恥ずかしさを感じてしまう。

 だが此処で言わなければならないのが、レギアスが思う男の像である。


「その……凄く綺麗だ。誰にも見せたくないくらいに」

「そ――そう? ありがと……レギアスも格好よくなったわよ。随分逞しくなったし……」

「まぁ鍛えてるし、力が目覚めた御陰でもあるけどな」

「世の男性が聞いたら羨ましがるわね」


 ベールはニッコリと笑い、レギアスの左腕に自分の腕を絡めた。

 ベールの豊満な胸に腕が沈み、レギアスは鼓動を早くする。

 ドクドクドクドクッ、と鼓動の音が響き、それがベールに伝わらないかどうか、別の意味でも鼓動を早くしてしまう。


「行きましょう。スマホを買うのって結構時間が掛かるのよ」

「お、おう」


 二人は腕を組んだまま広場から歩き出していった。

 その様子を、物陰から覗き込む二つの影があった。

 第二王女であるアナトと、国王陛下直属の組織の一員であるオルガだった。

 オルガはホットドッグを頬張りながら、ストーカー行為を働いている王女様を呆れた目で見る。そのアナトは、レギアスを恨みがましい様子で睨み付けていた。


「あ、あ、あ、あのクソドラゴン……! 姉さんにくっ付きやがって!」

「いやどう見てもベール殿下から絡めに行ったでしょうが」

「オルガ! お前はそれでもお父様の部下か!? 王女がドラゴンに誑かされているんだぞ!?」

「部下だとしてもまだ学生騎士ですが? それに他人の恋路を邪魔するのは野暮ってもんですぜ?」

「うるさい! 姉さんが……姉さんまでドラゴンに奪われてたまるか! 追うぞ!」

「……スマン、レギアス。俺じゃあこの姫様を止められねぇ」


 オルガは聞こえるはずもない距離にいるレギアスに謝罪し、二人を追いかけたアナトを追いかけるのであった。

 広場を出て歩くのは王都のセンター街。

 此処は王都の全てが集結したと行っても良いほど様々な物で溢れている。

 大通りに沿って多くの店やビルが建ち並び、朝にも関わらず人が大勢歩いている。

 世界中にデーマンが蔓延る環境下でこれ程の物資があるのは、単に王都内での生産力の高さと現存する大都市からの輸入があるからだ。

 国王の膝元には多くの技術力が集まり、常に発展を続けている。その技術力を王都の外に広げ、最終的には現存する都市や町、村にも最新の技術を提供出来るようにと奮闘はしているようだが、まだまだ上手くはいっていないようだ。


 レギアスは目の前に広がる世界に驚きの声を漏らす。王都に来てからと言うもの、ターミナル以外では家と学校しか行き来していなかった。初めて見る王都の様子に、童心のように目を輝かす。


「凄ぇ……まるで異世界だ……!」

「ワグナ町の近くの街でも、これ程じゃなかったものね。ようこそ、王都ライガットへ」


 レギアスが知る街とは似ても似つかぬ光景。何台もの車が大通りを走り、若者達が闊歩する世界。レギアスの言う通り此処が異世界、未来の世界だと言っても誰も違和感を感じないだろう。


「今日は休日だから人が多いわね。はぐれないようにしっかりと、ね?」


 ベールはレギアスの腕を更に確りと自分の腕を絡めた。

 その積極さにレギアスは若干の戸惑いを感じつつも、ベールに引かれて歩き出した。

 最初に訪れたのはスマホショップであり、王都でも一番大きな店だと言う。

 中に入るとスタッフが出迎え、すぐに客が王女であることに気付いた。


「これはベール殿下! ようこそいらっしゃいませ!」

「……王女ってバレてるけど良いのか?」

「良いのよ。それより……今日は彼のが欲しいのだけれど」

「かしこまりました。それではすぐにご案内を――」

「いいえダメよ。他の方達と同じように待つわ」

「しかし――いえ、承知致しました。それでは此方の番号を持ってお待ちください」


 そう言ってスタッフはベールに番号が書かれたシートを渡し、他の客へと接客しに行った。

 ベールは王女だからと言って特別扱いされるのは嫌なようだ。権力がある者ならば、ある程度の融通を利かせるように働きかける。

 だがベールはそんな事をせずに他の客と同じ扱いを受けることを望む。それが彼女の美徳でもあり、民達から好かれる要因なのだろう。

 実際、ベールの評判は頗る良い。一週間程度しか王都に居ないが、それだけでもベールの話は耳に入る。才色兼備でありそれを鼻に掛けず、他者を思い遣り常に王女として立派に胸を張っている。後ろめたい事は何も無く、正に聖女だとまで言われている。


 聖女……子供の頃に泥だらけになって遊んだ少女が成長したものだ。


 レギアスは思わず笑みが溢れてしまう。


「どうしたの?」

「いや、何でも。それより、どれを選べば良いか分からないだ。お勧めはあるのか?」

「そうねー……レギアスがどんな事をしたいのかによるけど……最近じゃあ写真や動画撮影に特化した物とか、アプリゲーム特化とかあるけど……」

「あぷり……?」

「んー、スマホに入れる色々な機能って所かしら。そのアプリを使って色々出来るのよ」

「……良く分からんな。ベールのと同じのでも良いか?」

「え? 良いけど……い、いいの?」


 レギアスはスマホに拘りが無く、無難な選択をしたつもりだったのだが、ベールの反応は少し変だった。何処かドキドキしているかのような顔をしている。

 それを疑問に思ったが、問題が無いのならそれで良いと頷く。


「ああ。特に拘りは無いし、ベールと同じ物にしたほうが教えてもらう時に楽だろ?」

「ぁ……ええ! そうね! そうよね! なら同じのにしましょう! 契約内容も特別変わった物がなければ私と同じのにしましょう! そうしましょう!」

「お、おう、頼む」


 妙に意気込んでいるベールに困惑しながらも、順番が来るまでの間、パンフレットをベールに見せられながら時間を消費していった。

 順番が巡り、スタッフに案内されてカウンターに座って手続きをベール主体で進めていく。 スタッフとベールが話す内容を聞いていたレギアスは、その内容に着いていけず終始チンプンカンプンで頭の中に疑問符を抱いていた。

 ショップに来てから1時間ちょっとでスマホを買うことが出来た二人は、スタッフに見送られて店を後にした。


 余談だが、少し前までショップの窓に顔を押し付けて怒りの形相をしていた第二王女が目撃されていた。


 ショップを出た二人は少し早めの昼食を摂る為に、手頃なカフェに足を運んだ。

 このカフェは若者に人気らしく、多くの客で賑わっていた。ベールに気が付いた人も数人いたが、どうやらベールのプライベートを優先してくれているらしく、声を掛けられることはされなかった。

 二人はパスタを注文し美味しそうに平らげ、食後のコーヒーを堪能していた。

 堪能しながらレギアスは手に入れたスマホを弄り出す。


「凄いなこれ……でも色々と機能があり過ぎて使い熟せるか不安だな」

「大丈夫よ。基本的には連絡アプリと気になるアプリだけ使えば良いから。私も全部使ってるわけじゃないし」

「そう言うもんか」

「ええ。それじゃ、早速連絡先を交換しましょ」


 自分のスマホを出し、ベールは和やかにそう言う。

 少々もたつきながらも自分の連絡アプリを起動し、ベールと情報を交換する。

 初めてのスマートフォンに初めての連絡先。

 レギアスは登録されたベールの名前を見てニヤける。


「どうしたの?」

「ん……初めての交換相手がベールで良かったなって」

「っ……ゴホッ!? ゴホッ!?」


 ベールは呑んでいたコーヒーを吹き出してしまい、激しく咳き込んでしまう。

 慌ててレギアスは紙ナプキンを取り、ベールの隣に移動して背中を摩る。


「大丈夫か!?」

「ゴホッ……! だ、大丈夫よ! ごめんなさい……」

「そうか? なら良いが……」


 テーブルに溢れたコーヒーを拭い、レギアスは元の席に座る。

 落ち着いたベールは醜態を晒したことに顔を少し赤くした。

 レギアスはスマホをポケットにしまい、話題を変えた。


「なぁ、国王は俺の事何か言ってたりしたか?」

「え? 何かって……そうね……特にこれと言って聞いてないけど?」

「……実はさ、俺を保護するのは俺の実の母親に免じてだって言われたんだ。だけど、本当にそれだけなのかなって……」

「と、言うと?」

「半人半竜だったとしても、俺には力が宿ってる。もしかしたら将来的にアナトの言う通り危険な存在になる可能性だってある。国王なら、世界を守る為に俺を切り捨てるのが道理だ。それを曲げてまで俺を保護した。そこには何か大きな理由があるんじゃないか?」


 レギアスはずっと気になっていた。

 どうして国王自ら知り合いの子供とは言えドラゴンの子を助けるのか。

 知り合いの子供という理由だけで、国王が動くだろうか。

 力を制御させる為とは聞いたが、それだけではないような気がしてならないのだ。

 少しでも何か情報を得ようと、ベールに尋ねたのだが、国王は何も話していないらしい。

 しかしそれは当然かもしれない。ドラゴンの子を膝元に運び入れるのだ。かなりの慎重さを要するだろう。王女であろうと、情報漏洩を防ぐ為に伝えないかもしれない。


「それと国王は俺の実の両親を知ってる。一緒に戦っていたらしい。だったら母に免じてじゃなく、両親に免じてって言うはずだろ? その理由も分からない」

「……お父様は昔を語らない人だわ。だけど清廉潔白な人なのは確かよ」

「それは……分かってる。別に国王を悪い目で見てるわけじゃない。ただ……自分の事なのに、俺は自分を知らない。知ってるのはワグナ町で過ごした人間としての俺だけ。ドラゴンとしての俺を知らないのは……怖いんだ」


 レギアスは悲痛そうな表情が一瞬だけ漏れた。

 すぐに引っ込んだが、ベールはそれを見逃さなかった。

 ベールはレギアスが自分の存在を割り切っているのだと思っていた。

 だが事実は少し違った。割り切っていてもそれは我慢しているだけだったのだ。

 自分の知らない力が、いずれ知らない内に誰かを傷付けてしまうのではないか。

 自分が何者か分からなくなってしまうのではないか。

 そんな怖さが、常にレギアスの心に渦巻いているのだ。


 ベールは己を恥じた。

 八年ぶりに再会したレギアスに浮かれ、レギアスの本当の気持ちに気づけなかった。

 もっとレギアスに寄り添ってあげるべきだったと。

 それにレギアスは常に命を狙われているような立場にある。彼は平然としているが、普通なら異常な事だ。

 どうしてそれに気付いてあげられなかったのだと、ベールは自身に憤りを抱く。


「……ごめんなさい、レギアス」

「え?」


 ベールはレギアスに頭を下げた。


「私は、貴方がそんな風に思っていたなんて気づけなかった。貴方は強い人なんだって、勝手にそう思って……私、なんて身勝手で……!」

「ち、ちがっ!? 何でベールが謝るんだよ!?」


 涙を流し出したベールにレギアスは慌てふためき、周囲の視線を気にする。

 理由はどうあれ公然の場所で王女様を泣かせたとなると、首を刎ねられても文句は言えない。

 ベールは涙を拭い、確りとレギアスの目を見てからレギアスの手を両手で握った。

 握られたレギアスは驚きと困惑からギョッとする。


「レギアス、私は何があっても貴方の味方よ。例え貴方が人間じゃなくドラゴンの道を選んだとしても、私は貴方の側から離れないわ」

「――へ?」


 それは唐突な告白だった。

 レギアス自身、人間かドラゴンを選ぶだなんて考えてなかった。

 だけどベールはドラゴンを選んでも付いていくと断言した。

 それはつまり、そういう事なのかとレギアスの頭はパンクしそうになる。

 ベールも徐々に今の発言の意味を理解していったのか、真面目だった顔はどんどん赤く染まっていき、目をグルグルと回し始める。


「~~~~っ!? そのっ、別に深い意味は無いから! 何か特別な意味とか、そんな、そんな事ないから!」


 恥ずかしさを紛らわす為か残っているコーヒーを一気飲みし、まだ熱かったのか「あっつい!?」と悲鳴を上げた。

 そんなベールを見て、レギアスは何処かスッキリした顔になる。

 自分でも気付かない何かが取れた、そんな気分になった。

 ベールという友達が出来て本当に良かった。


 レギアスはスマホを取り出し、先程確認していたカメラアプリを起動した。

 パシャリッ、と音を鳴らして撮ったのはコーヒーの熱なのか羞恥の熱なのか分からないが、顔を赤くしているベールの姿だった。

 写真を撮られた事に気付いたベールは驚いてレギアスからスマホを奪い取ろうとする。


「ちょっと!? なに撮ってるのよ!?」

「んー? 別に~?」

「見せなさい!」

「断る」

「も~~!」


 わいわいと騒ぐ二人を、離れた席でアナトは神妙な眼差しで見つめていた。

 オルガも同じ席に座っており、大きなバーガーを食していた。

 端から見ればイチャイチャしているような二人を見て、アナトは当初激昂していた。

 だがレギアスの心情を知り、ベールの決心を知り、その激昂は形を潜めた。

 アナトはレギアスをドラゴンだと決め付け、人間の部分を見ていなかった。

 それを恥に思ってしまったのだ。ドラゴンの事ばかりが先行し、他の部分を考えなかった。


 否、本当は考えていた。


 だがドラゴンという存在が、レギアスを否定する気持ちにさせた。

 つまるところ、素直になれなかったのだ。

 今までドラゴンを憎み、敵視してきた。

 その中に半人半竜という複雑な存在が現れ、心が順応しなかっただけなのだ。

 だがそれも、レギアスの怖いという心情を知り、無視できなくなってしまった。

 ベールの想いの覚悟も、最初から止める事など出来ないと確信してしまった。


「……なぁ、お姫様」


 バーガーを頬張っているオルガがアナトに話しかけた。


「……何だ?」

「ドラゴンが憎いのは分かるけどよ……アイツはまだドラゴンじゃねぇんだ」

「……」

「アイツはまだどっちでもねぇんだ。なら俺達が道を間違わせなければ良い話じゃねぇのか?」

「……ふん」


 アナトは立ち上がり、カフェから出て行った。オルガも立ち上がり、アナトの分も会計してカフェから出た。


 彼らはまだ知らないのだ。

 この先レギアスが、何を選び何処へ向かうのか。

 その選択が世界を巻き込む大きな争いを生み出すことも、この時誰も知り得なかった。


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