第8話
決闘から一週間が経ち、レギアスは忙しくも充実した日々を過ごしていた。
レギアスが決闘に勝ったことにより、アナトはレギアスとチームを組むことになった。そのチームには当然のようにオルガも居り、最近では三人で行動することが多くなった。
当日にいきなりチームを組むよりも、予め互いの能力を知っておいた方が良いと、オルガからアナトに声を掛けたのだ。アナトは嫌な顔をしつつも、その案を受け入れた。
授業を受ける時も、昼食時も、放課後の個人トレーニングの時も、三人で固まっている。
そんな事を続けていたら、ものの数日で噂になってしまった。
その噂の内容も、思春期によくあるような浮ついた妄想である。
当然、アナトにもレギアスにもそんな気は一切無く、加えて訂正し回るのも面倒くさいと、訊かれたら否定する程度に抑えていた。
それからレギアスはベールに誘われた生徒会に所属する事になった。
しかも役職が副会長という、いきなりの立場に流石のレギアスもたじろいでしまう。
何でも、会長と副会長は異性で着任する事がルールなようだ。男子代表、女子代表と、どちらからも声を出せるようにする計らいである。
驚いたことに生徒会にはオルガも所属しており、書記を担当していた。
実はオルガもレギアスの事情を知る内の一人であり、学生ではあるが陛下直属の組織の一員だと言う。
「どおりで最初からやけに馴れ馴れしかった訳だ」
「悪ぃな。だがダチってのは本当だぜ?」
「ま、別に良いさ。テメェを監視してるぞオラって態度で接せられるよりは楽だし」
「監視のつもりはねぇよ。ただ面白ぇ奴が来たからダチになりてぇってだけ」
「へーへ……」
「おい……口を動かすよりも手を動かせ」
静かにペンを動かしていたアナトがギロリと二人を睨んだ。
現在は生徒会室で仕事に取り組んでいた。その仕事とは、生徒達から学校側へ意見書の纏めや、逆に学校側から提示された案件の精査等だ。
ベールは生徒会は学校と生徒の仲介役みたいなものだと言っていたが、中々どうして重要な立ち位置にある。生徒会が学校側から出される案件の確認を怠れば、生徒側に不満が出るものでも即刻実施されてしまうし、生徒側から出される問題点や救済の声を拾わなければ学校側に届かないのだ。
生徒会の匙加減一つで、この学校の善し悪しが決まってしまうと言っても過言では無い。
正に、政治と言っても差し支えない。
ベールは学校側からの案件の精査、レギアスは生徒側からの意見の精査を行い、互いに目を通していく。学校側からの案件が生徒達に有用なのか否か、生徒側からの意見は議題すべきモノなのかを二人で確認し合う。
アナトは会計の役職に就いており、学校に存在するクラブ活動の予算案を纏め上げ、それを学校側に提示する重要な仕事をしている。クラブ側から提示された予算案の正当性を調べ上げ、正当ならば学校側に通す、不当ならば却下する。オルガもアナトの手伝いとして同じ仕事をしている。
レギアスは目頭を押さえながら思っている疑問を口にする。
「これって本当に生徒がやるべき内容なのか?」
「んー……まぁ将来の為の訓練よ」
「生徒会で御公務の訓練とは、恐れ入るよ。それでは殿下、此方の書類にお目をお通し下さい」
「止めてよもう。そう言えば、昔も似たような事をしてたわね」
ベールはワグナ町で暮らしていた時の事を思い出す。
初等部、中等部とレギアス達は町唯一の学校で過ごした。学校と言える程立派ではなかったが、良い学校にしていこうとベールが率先して生徒会を設立した。メンバーはジャックとレンを含めた四人という全校生徒だったが。子供ながら活動していたのは良い思い出である。
「あの頃のベールはまだ堅物王女って感じだったな」
「仕方ないじゃない。あの頃は王族の責務にしか興味が無かったもの」
「それが、たった二年で町一番のお転婆娘に変わったんだから、人生何が起こるか分かったもんじゃねぇな」
出会ってすぐの頃はまだまだ上品ぶって如何にも貴族という態度であったが、気が付けばレギアス達よりも泥だらけになって笑っていた。養父は国王の娘がこんなにわんぱくになってしまったと、少し頭痛と胃痛を患ってしまったが、それも今を見る限りは気苦労に過ぎなかったようだ。
今のベールは本当に美しく成長し、心の余裕も持った女性へと成長していっている。養父もそれを知れば安心するだろう。レギアスはそれが少し可笑しくなって小さく笑ってしまう。
「ベール殿下とは所謂、幼馴染みって奴か?」
二人の様子からそう感じたのだろう、オルガが訊いた。
「ええ。訳あってレギアスの故郷で二年ほど暮らしてたの。レギアスの御両親がお父様とお母様の古い知り合いで、面倒を見て貰ったわ」
「――待て姉さん。ソイツと一緒に住んでたのか?」
アナトが仕事の手を止めて、驚いた声を上げる。
「ええ、言ってなかったかしら? 同じ家で暮らしてたわ」
「――――!?」
アナトは頭を両手で抱え絶句した。
おそらくだが、彼女の頭の中では色々と誤解している気がする。
あくまで一緒に子供時代を過ごしただけで、特別なにかあったわけではない。
だがレギアスは訂正しないでおくことにした。そのほうが面白そうだと思ったからだ。
この世の終わりを目の当たりにしたような顔をしているアナトを余所に、ベールは咳払いを一つしてから口を開いた。
「んんっ……ところで、ずっと忙しくて訊けなかったのだけど、オードルさん達は元気かしら?」
「ん? ああ、皆相変わらずさ。何も無い田舎で懸命に生きてるよ、楽しそうにな」
「……レギアスは楽しくなかったの?」
「いや、楽しかったよ。けど……」
レギアスはデスクを挟んで座っているベールを見た。
言葉を止め、視線を送ってきたレギアスに首を傾げるベール。
「……いや、何でもない。ま、町にいた時よりも今が楽しい。知らないことばかりだ」
「そう……? なら良かったわ」
二人は仕事を再開するが、どうにも何とも言えない雰囲気が二人の間に流れる。
それが面白くないのか、アナトは今にもレギアスに飛び掛かりそうになっていた。
そのまま無事に今日の分の仕事を終わらせ、本日の生徒会活動は終了した。
放課後という事もあり、各自解散と言うのが何時もの流れだったが、ベールの一言でそれは変わる。
それは校舎から出てすぐの事だ。
「あ、そうだ。レギアス、連絡先をまだ登録してなかったわよね?」
「あ? 連絡先……?」
何の事だろうかと、首を傾げる。
ベールは制服の内ポケットから菫色の端末を取り出して見せる。
「スマホよ。最初に登録しておくべきだったけど、色々あって忘れてたわ」
「……俺持ってない」
「え……?」
ベールは目を丸くした。
アナトも有り得ないと顔が物語った。
オルガは欠伸していた。
四人の間を微風が駆け抜け、肌を撫でる。
レギアスは気不味そうに視線を逸らしてポリポリと頬をかく。
「俺の町……文明レベルが追い付いてないし……固定電話すら無い」
「ぁ……そ、そうだったわね! いけない、私としたことが……すっかり王都の文明レベルに染まっちゃってたわ!」
「何だレギアス? 陛下から支給されてなかったのかよ?」
「無かったな。住処と当面の生活費しか渡されなかった」
「お父様……自分がそう言うのに疎いからって……」
「疎いのか?」
「ああ、疎い。と言うか触っただけで爆発させる」
アナトが遠い目をしてそう言った。
それは疎いとは違うのでは無いだろうか。
この国唯一の王様の弱点を知ってしまった気がするレギアスは、彼の名誉の為にも聞かなかった事にしようと心に決めた。
頭を抱え首を振ったベールは「よしっ」と頷き、レギアスに笑みを向けた。
「なら、レギアスのスマホを買いに行きましょう。明日はちょうど休校だし」
「良いのか? あ、でも高いんじゃねぇの? 渡された金で買えるか……?」
「そんなもの心配しなくて良いわ。どうせお父様が用意するの忘れただけだから、経費として出させるわ」
「ならまぁ……実は結構気になってたんだよな!」
「じゃあ、明日の10時に――」
「ちょぉぉぉっと待て!」
レギアスとベールが明日の予定を組み立てていると、二人の間にアナトが大声を出しながら割り込んだ。右手でベールを、左手でレギアスを押し離し、焦った様子で事の確認をする。
「そ、そそっ! それはつまり……プライベートで会うって事か!? しかも二人きりで!?」
「そ、そうなるわね……?」
アナトは絶望して息をするのさえ忘れてしまった。
震える手で姉の両肩に手を置き、何かを言いたげだったが言葉が出ない。
ギッとレギアスを睨み、獣のように牙を向けて威嚇し始める。
かなりの凄味を感じて思わず息を呑んでしまうレギアスは、情けなくも後ろに一歩下がる。
怒りながら若干の涙目になりながら、アナトはベールへと振り向く。
「考え直せ姉さん!」
「どうしてよアナト?」
「何で学校以外でもコイツと一緒に居させないといけないんだ!? そんな事私は許さないぞ!」
「もう、まだそんな事言ってるの? 貴女だって一週間レギアスと過ごしてたじゃない。それでレギアスが危険じゃないって分かったでしょう?」
「それはコイツとの賭けに負けたから仕方が無く付き合ってるだけだ! 確かに人前では無害を装っているようだが、姉さんと二人っきりにすれば必ず毒牙を向けるに決まってる!」
「……酷い言われようだな、レギアス」
「はは……」
アナトは未だレギアスを危険視している様だ。それにはもう慣れてしまったレギアスは苦笑で済ませた。
興奮するアナトを離して落ち着かせたベールも苦笑する。
「大丈夫よ、レギアスはそんな事しないわ」
「それだけじゃない……! 王女が男と二人で出歩いてたら色々面倒な事になる!」
「別に良いわよ。それで貴族から面倒な話が来なくなるのなら」
「――――!?」
アナトは白目を剥いた。
ベールの言う面倒な話と言うのは、やはりそう言うことなのだろうか。
王族なのだから貴族との政略結婚があっても何ら不思議ではない。寧ろあって当然だろう。
ベールも18歳であり、結婚適齢期に入っている。見合い話が沢山来るのだろう。
「……」
そんな事を考えたレギアスは、胸の中がモヤモヤとしていた。
考えていた事ではあった。だがいざ目の前でそれを知ると、割り切れない何かが生まれた。
「兎も角、明日の10時に城の前にある噴水広場で良いかしら?」
「……え? あ、ああ。それで良い」
「それじゃ、明日ね。ほら、行くわよアナト」
ベールは放心しているアナトを引き摺り、帰路に就いた。
二人を見送りながら、レギアスはふとある事に気が付く。
休日に二人っきりで出かける。
それはつまり――所謂デートなのではないか。
「……王女様とデートか。やるなぁ、レギアス」
「…………俺、都会向けの服持ってねぇ」
「はぁ……仕方ねぇな。今から買いに行くぞ」
「オルガ……!」
「金がねぇっつーなら俺が立て替えてやるからよ。王女様の顔に泥塗る訳にはいかねぇしな」
レギアスの肩に腕を回し、オルガはニヤリと笑う。
その笑みがレギアスにはとても頼もしく見えた。
「オルガ」
「あん?」
「……良い稼ぎ口知らね?」
「任せな、親友」
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