第7話


 ガンブレイドから放たれる魔力の刃は、空間を斬り裂きながらレギアスに迫る。その刃をレギアスは握っている剣で正面から受け止めた。


 無意識だったのだろう――レギアスの魔力が剣に纏わり付き、ガンブレイドを押し止めた。

 魔力同士がぶつかり合って生じる衝撃と爆音がフィールドを駆け抜けていく。

 しかし、レギアスの魔力はアナトの魔力によって削られていき、剣は砕かれた。

 此処でアナトは己の魔力で制限の魔法を打ち破ってしまっていることに気が付いた。制限下では到底出せない筈の出力に驚き、咄嗟にガンブレイドをレギアスから逸らそうとする。

 だが間に合う訳もなく、ガンブレイドはレギアスの身体へと吸い込まれていく。


「――ぉぉぉおお!!」


 その直前、レギアスは咆哮を上げながらガンブレイドに向かって右腕を突き出した。右腕はガンブレイドとぶつかり、衝撃を生み出しながら反発し合う。アナトの魔力でズタズタに引き裂かれながら、ガンブレイドを大きく弾き返したのだ。


「っ――!?」


 ガンブレイドはアナトの手から離れ、大きく体勢を崩したアナトをレギアスは逃さず、背負い投げの要領でアナトを地面に投げ付け、足下に転がったアナト目掛けて右手の拳を叩き付けた。右拳はアナトの顔横を通り過ぎて地面を殴り付け、ズドォンという鈍く大きな音を立てながら地面は砕かれた。


「ハァ……ハァ……!」

「……!?」


 汗を流し息を切らせているレギアスを見上げるアナトは、何が起こったのか分かっていないのか、目を大きく開いて固まっていた。

 地面にめり込んでいた右腕を引っこ抜き、レギアスはアナトを見下ろす。

 そこで漸く終了のブザーが鳴り響き、レギアスの勝利で決闘が終わった。

 レギアスは左手をアナトに差し出し、「立てるか?」と投げかけた。

 呆然とした顔のまま、アナトは差し出されたレギアスの左手を掴み、引っ張られるようにして立ち上がる。

 立ち上がって、そこで初めてフィールドの地面が砕かれているのに気が付き、言葉を失う。

 地下コロシアムは当然頑丈に造られている。激しい戦闘でも簡単には壊せない筈なのだ。そのフィールドをレギアスは拳一つで砕いた。しかもその拳には極僅かな魔力しか込められていなかったのをアナトは見ていた。

 これがドラゴンの力なのか、それとも別のナニかなのか。

 アナトはレギアスを少し恐ろしく感じてしまう。


「俺の勝ちだ。約束通り、俺と組んでもらうぞ」

「……この化け物め」

「レギアス!」


 アナトがレギアスに向けて引き気味でそう言った直後、慌てた様子のベールが腕に医療キットを抱えて駆け込んできた。その後ろからエルドとオルガもベールを追いかけるようにして現れた。


「おう、ベール。お前の妹に勝ってやった――」

「早く腕を診せて!」

「――ぉう?」


 レギアスの言葉を遮り、ベールはレギアスの右側へと回る。

 制限魔法が破られた状態であれ程の攻撃を受けたのだ、下手したら治癒魔法でも治しきれない大怪我を負っているかもしれない。それを思い出したアナトも顔色を変え、レギアスの右腕を見た。確かにドラゴンは憎いが、国王が保護した人物を殺してしまったとなれば、それはそれで問題だとアナトは今更ながら慌てた。


「――え?」

「……は?」


 二人は、特に当事者であるアナトはレギアス右腕が酷い有様だと想像していた。

 しかし二人の目に映るレギアスの右腕は、肩まで袖が吹き飛んでしまっているだけで、傷一つ無い逞しい腕だった。

 アナトは確かにレギアスの右腕が引き裂かれていくのを間近で見ていた。

 なのに目の前にある彼の腕はその形跡すら残っていなかった。

 治癒魔法が使えたのか、そう考えもしたがそんな時間は無かった筈だ。

 二人は有り得ないモノを見た顔をして、レギアスの右腕を見つめる。


「お――大袈裟だな。ちょっと派手に袖が吹き飛んだだけだろ? それに非殺傷設定になってるんだから、大丈夫だって」

「え? そんな筈は……!? だって制限魔法は……!?」

「そうだ! 私は確かにお前の腕が引き裂かれるのを見たぞ!」

「まぁ凄ぇ威力だったからな。そう錯覚したんじゃねぇか?」

「そ、そんな馬鹿な話が……!?」

「レギアス」


 ベールとアナトを押し退け、エルドがレギアスの前に立つ。真剣な眼差しでレギアスを見下ろし、ジッと彼の目を見つめる。レギアスもエルドから目を逸らさず、負けじと見つめ返す。

 少しするとエルドは軽く溜息を吐き、新しい葉巻を取り出して口に咥えた。


「どうやら制限魔法の解除は誤報の様だな。怪我が無いようで何よりだ。しかし――」

「……? あー……」


 エルドは辺りを見渡した。


「しかしまぁ……よくも此処まで壊してくれたな。修理するのに結構金かかるんだぞ?」


 フィールドの地面は大きく割れてしまい、コロシアムとしては使い物にならなくなってしまった。これを完全に修繕するのに、どれ程の時間と資金が要るのかと、エルドは軽く頭痛を覚える。

 しかしそれは生徒が背負う責任ではなく、学校側が背負うものだと割り切り、困った顔をするレギアスの頭を軽く小突いた。


「お前さんが気にする事はないさ。ダメになった制服の替わりも今日中に用意してやる。医務室に行ってから大人しく帰って身体を休ませるんだな」

「お、おいエルド!?」

「先生を付けるんだな、お姫様。お前さんも医務室に行ってから帰れ。ベールもだ」

「……はい」

「オルガ、レギアスを家まで送ってやるんだな」

「あいよ」


 エルドはハットを被り直し、コロシアムから出ていった。

 残されたレギアス達も医務室に立ち寄ってから帰路に就くのであった。





 レギアスとアナトの決闘があった日の晩。

 教師であるエルドは騎士学校の暗い廊下を一人歩いていた。見回りをしているのかどうかはさて置き、いつも吹かしている葉巻を咥えず、しかしトレードマークとなっているハットは被ったままである。

 宙に魔法で光り輝く球体を浮かべ、暗い廊下を照らして歩く。


「……」


 急に立ち止まり、周囲を注意深く見渡してから側にあるドアを潜って部屋に入った。

 その部屋は空き部屋なのか、椅子があるだけで他は何も無い。

 エルドは近くに置かれていた椅子に腰掛け、ハットを脱いで団扇のようにして扇ぐ。

 そしていきなり独り言にしては大きな声で喋り出す。


「こんな夜更けにご苦労なこって。竜騎士様には眠れる夜も無いのかね?」

「――こんばんは、騎士エルド」


 何も無かったはずの空間から、一人の女性が現れた。

 修道女の様にも見える白と黒の衣服を身に纏い、白いベールの下から零れ出ている金色の髪が薄暗い部屋の中で輝いている。両目は常に閉じられており、全身に細々とした輝く装飾品を身に付けていた。決して下品な身に付け方ではなく、何処となく神聖さを醸し出す上品さを出している。

 彼女はエルドに軽く微笑みを見せ、会釈をした。

 葉巻を取り出して火を点けずに口に咥え、エルドは用件を尋ねる。


「こんな所に呼び出して何用で? 報告なら朝一に届く手筈ですが」

「陛下が居ても立っても居られないようなので、こうして私が訊きに来ました」

「イル先輩め……昔から変なところで堪え性が無いなぁ」

「不敬ですよ?」

「へいへい……んで、何から話せば?」

「一つ、彼について。二つ、アナト殿下について。三つ、ベール殿下について」


 エルドは溜息を吐いた。

 こめかみを指で叩きながら、報告書に書いた内容を口頭で彼女に伝え始める。


「レギアスは良くも悪くも真っ直ぐな奴だ。自分の存在、立場を自覚しそれを受け入れてる。だがそのままで居る気は無いようだ。いずれは認められようと何かしらの行動に出るだろう」

「今日、アナト殿下と決闘をされたとか。力の一端を垣間見たそうですね?」

「耳が早い。ああ、アイツは魔力無しでお姫様の身体強化ばりの力を出してる。魔力に関しても抑制され極僅かしか出せないはずだが、それだけでも並の騎士以上だ。再生力も桁外れ。本人は隠してるみたいだが、使い物にならなくなった筈の右腕をものの数秒で完治させた」

「それ程まで……」


 彼女は手を唇に当て物思いに耽る。その姿は世の男共が見れば心を奪われる程の美しさだが、生憎とエルドは葉巻にしか興味を示さなかった。


「で、お姫様――アナト殿下だが、陛下の目論見通りレギアスの魔力に引っ張られ力を上げている。御陰で決闘における制限魔法が破られた。当人達は気が付いていないがな。おそらくベール殿下も何かしらの影響を受けるはず」

「……どうして陛下がそんな事を知っていたのかは分かりませんが、お二人の力が高まる事は喜ばしいことです」

「本当にそう思うか?」


 エルドの目が鋭くなり、彼女を見つめた。

 いつもの怠惰に見える雰囲気は無くなり、あまりにも冷たい雰囲気を纏った。

 彼女は軽く肩を竦めただけで、エルドの問いには答えなかった。

 エルドも答えさせるつもりはなく、報告を再開する。


「ベール殿下だが……ありゃあレギアスにお熱だわ、うん」

「まぁ……!」


 此処で初めて彼女は感情を見せた。

 どうやら彼女も人の子、それも女の子のようだ。

 だが彼女はすぐに残念そうな表情を見せた。


「だけど残念です。ベール殿下のそれは叶わない、叶えてはいけない気持ちです」

「さてね、そこは俺達他人の領分じゃない。若い者同士の青春だ。間違っても横槍をするんじゃあないぞ」

「あら、意外ね? 貴方にもそんな情熱的な考えがあるのね」

「愛は何事にも勝る。お前さんも早く相手を見付けたらどうだ? お父上とお母上がそろそろ痺れを切らす頃じゃないのか?」

「――すわよ?」


 明確な殺気がエルドに向けられた。

 しかしエルドはジョークだと言って苦笑するだけだった。

 彼女は殺気を引っ込め、静寂を取り戻す。


「では引き続き、彼の監視を続けて下さい。例の【協力者】にも、くれぐれも気を付けて下さい。彼もまた、異端の存在なのですから」

「……それはちと違うなぁ」


 エルドはハットを目元深くまで被り直し、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 口元は笑っているが、彼の目と纏う雰囲気は笑ってなどいなかった。

 此処に一般人が居れば側頭してしまうだろう冷たい殺気を彼女に飛ばしながら、物置部屋の扉を開いた。


「――あの子達は皆、俺の可愛い生徒達だ。そこに生まれなど関係しない。お前さん達の立場は理解しているから矯正などしないが……俺の前で監視だの異端だの口にしないことだ」


 エルドは扉を閉めた。

 中に居た彼女は既に魔法による転移でそこから姿を消しているだろう。

 廊下の窓から見える夜空を眺め、エルドはそこから立ち去った。



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