第6話


 場所は変わり、騎士学校の地下にあるコロシアム。

 イングヴァルト王立騎士学校では、【決闘】と言うものが存在する。自身が磨いた技を駆使し、騎士としての力を示す。

 数年に二度、学校全体で武芸大会も開かれ、二つの大会で優勝した者は【覇者】の称号を得る。【覇者】になった者が十二竜騎士になれるというジンクスまである。

 この地下コロシアムは大会で使われる事がなく、練習場所として使われる。レギアスとアナトはそのコロシアムの中心に立っていた。制服である黒のブレザー姿だが、この制服は簡易的な戦闘服としても役割を兼ねている。通気性も良く、伸縮性や耐久性も高い。

 レギアスは腰に貸し出し用の剣を差し、両手に指が出てるグローブを装着している。

 対してアナトは剣の様で銃の様な武器を後ろ腰のホルスターに差していた。

 両者の間には教師であるエルドが葉巻を咥え、うんざりした表情で立っている。

 その隣に、ベールもいる。ベールは心配そうな様子でレギアスとアナトを見ていた。


「はぁ……何でこうなったんですかい? ベール殿下?」

「いえ……その……何と言いますか……」


 自分を奪い合ってこうなりました、何て言えるはずもなく、ベールは顔を逸らした。

 面倒な事に巻き込まれたと項垂れたエルドは葉巻を二本口に咥えて、もうどうにでもなれと言って当事者達に決闘の説明を始める。


「いいか? お前達の武器と魔力には【制限】を掛けてる。全ての攻撃、魔法が非殺傷設定にされ死ぬことはない。ただし、死ぬ程の痛みは感じるがな」


 少し前、レギアスとアナトはエルドにより魔法を掛けられた。その魔法は騎士学校でしか効力を発揮しないが、魔法が発動している限り命が失われることはない。例え剣で首を刎ねようとしても、それはただの打撃へと変わる。


「ルールは簡単。相手を叩きのめすか、戦意喪失させる。己が持つ技全てを駆使しろ。【制限】を掛けている限り殺せないから何したって構わない。異論は無いな?」

「無い。無いが……王女を叩きのめして問題になったりするか?」


 レギアスはそれが気に掛かっていた。

 勢いで決闘する事になったのは良いが、王女に怪我をさせたら罰せられないかと、今になって不安になったのだ。

 エルドはアナトに視線を送ると、アナトはフンッと鼻を鳴らした。


「此処に在学する間は学校のルールに則る。王女だからと贔屓にされる事は、父も許さない」

「ま、つまりは遠慮なく殴れるって事だ」

「エルド先生、言い方に気を付けて下さい」


 ベールがジロリと睨むと、エルドは苦笑した。


「制限時間は無し。若人共の気が済むまで存分にやりたまえ」


 そう言うとエルドはフィールドから出て行き、コロシアムの管制室へと向かった。そこで決闘の進行を管理するのだ。


「……二人とも、本当にやるの?」

「悪いベール。これはどうしても譲れないんだ」

「姉さん、さっさと引っ込んでろ。この男をぶった斬る」

「……もう良いわ。勝手になさい。レギアス――アナトは強いわよ」


 ベールもフィールドから出て行った。

 出て行く際、ベールはレギアスにウィンクを一つ送った。

 応援されているのか、試されているのか。

 どちらにせよ、レギアスは益々やる気に満ちた。対してアナトは益々敵意が増した。

 レギアスは剣を抜き取り、アナトも剣を抜いた。


 アナトの剣は特殊な形状をしている。

 まるで大きな銃を剣にしたような武器だ。銃身は白銀のブレードとなっており、剣身の付け根には大きなシリンダーが取り付けられている。グリップにはトリガーが取り付けられていた。

 レギアスはその武器を過去に一度だけ見たことがある。

 実家の書庫にあった騎士の武器資料に記載されていた、特殊な武器。


 その名は【ガンブレイド】と言い、魔力、又は魔法が予め込められた弾薬をシリンダーに装填し、それを炸裂させて剣身を強化、もしくは魔法を発動させて戦う武器だ。炸裂させた魔力を魔弾として射出させる事も出来る。


 だがその武器を扱える人間は殆ど居ないと聞く。理由は単純に必要ないからだ。

 ガンブレイドを扱う者は基本的に魔法を発動出来ない者が殆どだ。だがそもそもそんな人間が騎士には成れない。それに薬莢に魔力や魔法を込める下準備が必要で、弾薬が無くなればタダの扱い辛い剣になってしまう。加えて魔法を発動する際に生じる衝撃も凄まじいもので、それを振るうとなると更に人を選ぶことになる。

 そんな武器を得物とするアナトに、レギアスは眉を顰める。態々そんな欠陥品を扱うからには何か理由があるはずだ。


『あー、聞こえてるか? ブザーが鳴ったら開始だぞ?』


 エルドのアナウンスが鳴る。

 二人は武器を手に見合って、その時を待つ。


『――始め』


 ビーッという大きな音が鳴ると同時に、二人は衝突した。

 レギアスは初太刀で終わらせるつもりだった。化け物染みた怪力で強引に押し切ろうと渾身の力で振るったのだ。

 しかしレギアスの剣はアナトのガンブレイドによって受け止められ、そのまま鍔迫り合いの状態へと持ち込まれた。

 今まで人間相手に攻撃を受け止められた事が無いレギアスは、この瞬間初めての経験をして驚きの顔を浮かべる。


「なっ――!?」


 こんな細腕の何処にこれ程の力がある。

 受け止められた直後は混乱したが、その答えはすぐに判明した。

 アナトは魔力で身体能力を強化しているのだ。それもかなりの高レベルな強化で、レギアスと同等の力を発揮している。


「中々、馬鹿力だな……! それもドラゴン故か!」


 アナトはレギアスの剣を上に弾き、返す刃で空いたレギアスの胴へと斬りかかる。

 迫り来る剣身をかわそうと、レギアスはタイミングを見計らって後ろへと身体を反らそうとする。

 その直前、アナトはグリップのトリガーを引いた。するとシリンダーの弾薬が炸裂し、魔力が剣身を強化する。同時に発生した衝撃でガンブレイドを振るう速度が瞬間的に加速した。

 目を見張るレギアスだが、避けることに全神経を集中させ、切っ先ギリギリでガンブレイドをかわした。そのままバク転しながらアナトから距離を取り、剣を構え直す。

 今の一瞬で汗が一気に流れ出し、呼吸が乱れてしまう。

 その瞬間を見逃さず、アナトはレギアスに飛び掛かる。ガンブレイドを巧みに振り回し、レギアスへと斬りかかった。


「くそっ!」


 アナトの一太刀一太刀を的確に剣で捌き、反撃の隙を探す。

 レギアスがアナトの攻撃を捌けているのは、単にその怪力だからである。

 アナトは攻撃の中にトリガーを引いた一太刀を混ぜている。その威力は並大抵の力では防ぐことは叶わない。普通なら防御を崩して身体に叩き付けられている筈だ。

 レギアスだからこそ、アナトの攻撃を防ぐことが出来ているのだ。

 レギアスは落ち着いて攻撃に対処する。シリンダーに装填されている弾薬が切れれば、強力な斬撃を放つことは出来ない。その瞬間を狙って反撃に移る算段だ。

 シリンダーを見たところ、一度に装填出来る弾薬は六発のようだ。六発目が炸裂した直後が反撃の合図である。


 ――四、五、六、今!


「ふっ――」

「っ!?」


 六発目の斬撃を防ぎ、反撃に出たレギアス。

 しかし、レギアスはアナトが薄く笑みを浮かべるのを見逃さなかった。

 本能が危険を察知し、攻撃に転じていた剣を防御へと回した。

 すると七発目が炸裂し、レギアスの身体を後ろへと吹き飛ばした。背中から地面に落ちる直前、空中で体勢を立て直して着地する。


「馬鹿な……何で七発目が!?」

「タネを教えると思うか?」

「チッ……!」


 レギアスとアナトは再び衝突し合う。


 その光景を、管制室でエルドとベール、そして何故かオルガも一緒になって眺めていた。

 オルガは決闘のことを何処から聞いたのか、管制室に既に居座っていた。


「凄ぇな姫様。よくもまぁ使い辛ぇガンブレイドをあんなに振れるもんだ」

「……アナトは膨大な魔力を身に宿してるの。その御陰で素の身体能力も高いから、それを強化すれば片手で鉄をも砕けるわ。ガンブレイドの衝撃程度では、普通の剣を振ってるのと変わりないの」

「へぇ……」

「あのお姫様はアーシェ王妃様の魔力と、イル陛下の戦闘能力を濃く継いでいる。いずれは陛下を超えるとも言われてる有望株だ」

「……そう評価される努力を、あの子はしてるわ。決して血の力だけじゃない」


 ベールは大きな窓越しにアナトを見て、拳を握り締める。

 アナトがあんなにも力を持つようになったのは、8年前のあの日、母がドラゴンに殺されてからだ。それから彼女は仇を取る為、死に物狂いで己を痛めつけ鍛え上げた。

 今のアナトは、最も竜騎士に近い実力を持っている。

 アナトは復讐に囚われてしまっている、そう感じてならない。

 この決闘を通して、アナトの中の何かが変わってくれればと、ベールはレギアスに視線を向けた。

 レギアスは険しい表情を浮かべながらアナトの剣を捌いていた。

 最初はアナトの攻撃に苦戦を強いられていたが、次第にレギアスは落ち着きを取り戻していた。


「ふぅむ……あの小僧め。もうお姫様の攻撃に目が慣れたか」

「確かに姫様のガンブレイドが炸裂させる衝撃は凄ぇよ。だが、それが来ると分かってたら恐れる事はねぇ。それに対処出来る力を持ってんだったら尚更な」

「しかも小僧……魔力を一切練っとらんな」

「はぁ? おいおい、そりゃマジか? 身体強化無しであれ程の力ァ出してるってか?」

「……凄い」


 オルガとベールは食い入るようにレギアスを見る。

 片や面白そうな物を見るような目で、片や純粋な驚きの目で。


 フィールドでは、アナトは焦燥感に駆られていた。

 自分の攻撃が、時間が経つにつれて通らなくなっていくのだ。レギアスがアナトの挙動を捉え始め、魔力を炸裂させるタイミングを読まれ対応されてしまう。

 まだ一撃も与えていない内に目を慣れさせてしまった失態を何とか取り戻そうと、アナトはフェイントも交えてガンブレイドを振るう。

 しかしとうとう、レギアスはアナトの動きを完全に捉えた。アナトがガンブレイドを振るう直前、レギアスの剣がガンブレイドを抑え付けた。


「なっ!?」

「捉えたぞ……!」


 レギアスはアナトを睨み付けながらそう言った。

 レギアスは魔力すら使わず、アナトの動きを止めた。

 その事実が、アナトの怒りに火を点けてしまう。

 幼い時から身を削って得てきた力が、ドラゴンを殺す為に高めてきた力が容易く止められた。

 止めた相手が人間ならばまだ良い。ただ自分より強い奴だった、そう納得するだけで済む。

 だが、今回の相手は半人半竜のレギアスである。憎きドラゴンの血をその身に流す【敵】だ。であるのに力が通用しなかった。これ程までに悔しい気持ちを、アナトは味わったことがない。

 その悔しさは沸々と怒りへと変わっていき、アナトは荒ぶる感情のままガンブレイドのトリガーを引いた。


「調子に――乗るなァ!」


 炸裂したのは剣身を強化する魔力ではなく、アナト自身を強化する魔法だった。

 ガンブレイドを抑えていたレギアスの剣は、強化されたアナトの力によって押し返される。

 だがレギアスは慌てることなく、アナトの動きに合わせて身体を動かす。

 更にトリガーを引き、今度はガンブレイドの剣身から魔力が放出され、巨大な刃と変化した。放出されて続ける刃をレギアスに向かって振り下ろすも、レギアスは横に飛ぶことで回避する。

 アナトは肩で息をし、レギアスを睨み付ける。


「くそっ! ハァ……!」

「なぁ、俺が勝った場合の条件、決めてなかったな」

「は――はぁ?」


 レギアスは剣をクルクルと振り回しながら、そんな事を言い出した。

 額に流れる汗を拭いながら、条件を考える。


「何を言ってる? お前が私に勝ったら姉さんの側に――」

「それだと俺の旨味が無い。そうだな……そう言えば、オルガから聞いたが、いつか三人一組の実地訓練があるらしいな?」

「……それが?」

「お前、俺と組め」

「は?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をアナトは浮かべる。

 いきなり何を言い出すんだこいつは、と顔が物語っている。

 それを気にせず、レギアスは言葉を続ける。


「確かに俺は世界から見れば殆どの人間から認められない存在だ。それを否定する気は無いし、そう言うもんだと受け入れてる。だがそれをそのままにしておく気は更々無い。だから、先ずはお前からだ」


 剣の切っ先を向け、レギアスは楽しそうに笑った。


「お前に俺を認めさせる。勝敗で認めさせるんじゃない、俺と友達になって認めさせてやる」

「……良いだろう。私が負けたら組んでやる」


 アナトはシリンダーから空の薬莢を捨て、手で新しい弾薬を装填していく。装填が完了すると、全ての弾薬を炸裂させた。自身を強化する魔法、剣身を強化する魔法を一度に発動した。

 白銀の魔力がアナトとガンブレイドから溢れ出し、威圧感を放つ。

 レギアスも剣を構える。剣はアナトの攻撃を受け続け既にボロボロの状態である。おそらく次の攻撃で使い物にならなくなるだろう。攻撃に使うべきか、防御に使うべきか、レギアスは判断に悩む。


「行くぞ、ドラゴン」

「――来い」


 アナトが地面を蹴り、たった一歩でガンブレイドの間合いまで詰めた。ガンブレイドから眩い光が放たれ、剣身を渦巻く魔力の刃が形成される。




 その時、管制室で戦いの行く末を見守っていたエルドが咥えていた葉巻をポロリと落とした。


「いかん……! 制限の魔法が破られる!?」

「何ですって!?」


 管制室に危険を示すアラートが鳴り響き、ベールは血相を変える。

 制限の魔法が破られると言う事は、致命傷を与えられると言う事だ。

 ベールはアナトの力を知っている。彼女の力はいとも容易く人の命を奪える程凄まじい。


 特に【マスティア家の力】はレギアスに対して効力を最大限に発揮してしまう。


「だ――ダメよ! アナト!」


 ベールの悲鳴に近い声は、爆音によって掻き消された。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る