第2話


 ドラゴンと人類は相容れない存在。

 ドラゴンは他種を認めず、人類は他種を受け入れてきた。

 当初、人類はドラゴンも受け入れようとした。

 だがドラゴンは人類を排除しようとした。

 ドラゴンと人類、二つの種による争いは激しいものだった。

 天は裂け、大地は割れ、世界の形は大きく変わっていった。

 失われた命も多く、人類は世界と人口を半分失った。

 人類は敗北を繰り返すも、ある日を境にドラゴンの攻撃は止んだ。

 原因は、ドラゴンの数が一夜にして減ったからだ。

 どうしてそうなったのかは、誰にも分かっていない。

 だが明らかなのは、何者かによってドラゴン族は滅ぼされかけたという事だ。

 現存するドラゴンの数は少なく、ドラゴンに支配された国であるグランファシア帝国で、力を蓄えながら再び戦う時を待っている。

 人類は、ドラゴンによって生み出されたデーマンを排除しながら、ドラゴンを倒すべく戦っている。

 故に、ドラゴンと人類は相容れない存在なのだ。

 人類はドラゴンを憎み、嫌い、決して受け入れることはない。

 ドラゴンは人類の敵、それ以外の何者でもない。






 レギアスは自室のベッドの上で目を覚ました。

 ムクリと身体を起こし、窓から差す日差しに顔を顰める。

 ベッドから降りて伸びをすると、身体がいつも以上に軽い事に気付く。それだけでなく、身体に不快ではないが違和感を感じた。

 クローゼットの扉裏に内装されている全身鏡で自分の姿を確認する。


「……?」


 彼の肉体は、以前よりも筋肉が増えていた。全身にバランス良く筋肉が付き、身長も少し伸びている気がする。それに髪も伸びている。後ろ髪なんかは肩甲骨を超える程長くなっている。それに以前には感じられなかったナニかを、身体の中から感じ取れる。

 そこでレギアスは思い出す。

 森の祠に封印されたデーマンが復活し、ジャック達と戦ったことを。

 そしてジャックが殺されそうになった瞬間、身の毛もよだつ力が湧き上がり、デーマンを消滅させたことを。


「あれは……魔力……?」


 右腕を見て、レギアスは興奮してしまう。

 生まれてから今まで手にする事が出来なかった魔力を発現させた。あそこまで力強い魔力を放つことができ、デーマンを殺す事が出来た。


「……? そういや、何で俺は寝てたんだ? えっと確か……」


 あの時、デーマンを倒した後の事を思い出す。

 確か、力が抜けていってそれで……。


「……あ」


 気を失ったことを思い出した。

 おそらく、ジャックが運んでくれたのだろう。

 レギアスはクローゼットから服を取り出し、増えた筋肉でキツくなったシャツとズボンを強引に着て部屋から出た。家族が居るであろうリビングに向かうと、父と母が居た。


「む、レギアス」

「レギアス!? 起きたのね!?」


 レギアスの父と母は、齢60を超えている。

 父のオードルは白髪に白い髭を生やし、母のメイリーンは白髪が混じった金髪だ。

 所謂老夫婦になるのだが、レギアスの年齢を考えると、とてもではないが子供を産める年齢ではなかったはずだ。

 それもその筈、レギアスは両親とは血が繋がっていない。

 レギアスはまだ物心が付く前に、今の両親に拾われた子なのだ。

 オードルとメイリーンは義理の両親になる。

 だが二人はレギアスを実の息子として愛し育ててきた。

 レギアスも血が繋がっていないことを知っても、本当の両親として接している。

 メイリーンはレギアス身体を触って確認し、異常が無いかを確かめる。


「大丈夫だよ母さん。まぁ、髪が伸びたり筋肉が発達してるけど、悪い感じはしない」

「背も伸びてるわねぇ……服を新調しなくちゃ」

「それより母さん、父さん。俺、魔力を使えるようになったんだ!」


 少し興奮気味に両親にそう報告するが、両親の反応は芳しくない。目の前にいるメイリーン何かは悲しそうな顔をしている。オードルは思い詰めた表情を浮かべ、手に持っているマグカップを見つめた。


「……何だよ? どうしたんだ?」

「……レギアスよ、先ずはそこに座りなさい」


 オードルが重い声色でそう告げる。

 レギアスは興奮が冷め、父の正面の椅子に座る。

 オードルは茶を呑み、やがて口を開く。


「身体の調子はどうだ?」

「いつになく絶好調だ。魔力が発現した影響かな」

「……そうか」

「……どうしたんだ? やっと魔力が発現したんだぞ?」

「レギアス……お前は何があっても私とメイリーンの子だ。お前を愛している」

「な、何だいきなり? いったい何の話だ?」


 メイリーンはレギアスの隣に座り、新しいマグカップに御茶を淹れ、レギアスに差し出す。その手は震えていた。

 レギアスは自分の置かれている状況が良くない事を察する。

 もしかして、魔力を発現させた影響で重い病を患ったのか。

 あり得る。生まれて18年間魔力とは無縁の生活だった。それがいきなり魔力を発現させたのだから、身体に良い影響もあれば悪い影響もあるかもしれない。

 だが状況は、レギアスが思っている以上に悪いようだった。


「レギアス、私は回りくどい事が苦手だ。だから率直に言う。心を強く持って聴きなさい」

「……ああ」

「レギアス、お前の中には【ドラゴンの血】が半分流れている」

「…………は?」


 父から告げられた内容に、レギアスは面を喰らってしまう。

 何かの冗談かと思ったが、オードルとメイリーンの雰囲気から冗談の類いではないと察する。

 バクバクと心臓が鼓動し、呼吸も浅くなって嫌な汗が流れ出す。

 そんなレギアスを余所に、オードルは話を進める。


「お前はドラゴンを父に、人間を母に持つハーフだ」


「はー……ふ……?」


 ドラゴン。それは人類の敵であり、世界の半分をデーマンと言う災いで支配した存在。

 そんな存在が、実の父親だとオードルは言う。


「そうだ。今まで黙っていてすまなかった。お前を守る為だった」


 オードルは頭を下げた。

 頭を下げてくる父を前に、レギアスは不思議と落ち着きを取り戻していた。

 先程まで激しく鼓動していた心臓は収まり、落ち着いたことで思考能力も戻っていた。

 考えてみれば、自分が普通の人間ではない事は明らかだった。

 魔力を使えないのに身体能力は化け物染みている。

 怪我だって今まで治るのに一日も必要としなかった。

 それに今回だっていきなり肉体が発達している。

 ただ、ドラゴンの血を引いているのは考えもしなかった。

 こうして納得できているのも、純粋な人間じゃないからかもしれないと、レギアスは鼻で笑ってしまう。


「父さん……頭を上げてくれ。俺が半分人間じゃないって事は分かった。驚きはしたけど、今までの自分を考えたら、納得出来るから」

「……そうか」

「それより、父さんと母さんはその……知ってるのか? 俺の血の繋がった親を」

「ああ、その事なのだが……」


 オードルは言い淀んでしまう。メイリーンも顔を伏せてしまった。

 ここまで話して今更言えないことは無いはずだとレギアスは首を傾げる。

 オードルは立ち上がり、リビングの棚の引き出しを開け、そこから一つの封書を取り出した。

 それをレギアスへと差し出し、中を見るように促した。

 封書を手に取り、中に入っている書類を取り出したレギアスは、それに目を通して驚愕する。


「ど、どう言う事だよ父さん!?」

「見ての通りだ。お前はイングヴァルト王立騎士学校に入学してもらう。これは国王からの勅命だ」


 レギアスが手に持つ書類は、マスティア王国の王都にある騎士学校への入学案内所だった。

 しかも、王族の判が押された勅令書まで同封されていた。


「お前も知っているな? 私が嘗て現国王と旧知の仲だと」

「あ、ああ……」

「まだイルが一介の騎士だった頃、私達は騎士団で一つの部隊を結成していた。その中に、お前の母もいた」

「母親が?」

「お前の母は私の後輩だった。そして戦いの中で、お前の父と出会い、共に戦っていた」

「ちょっと待ってくれ!? 意味が分からない! 戦っていたって、相手はドラゴンとデーマンなんだろう? ドラゴンがドラゴンと戦っていたのか?」

「……そうだ」


 驚愕の事実だった。

 ドラゴン同士が戦うなどとは、今まで聞いたことがない。

 いや、そもそもドラゴンと人間が子供を拵えるなど、それ自体が前代未聞である。

 オードルがレギアスの実の両親を知っていることは分かった。

 だがまだ分からないのは、どうして王都の騎士学校に入学しなければならないのかだ。

 オードルはレギアスの心中を察し、入学の理由を話し始める。


「お前が騎士学校に入学する理由は、お前を守る為だ」

「俺を?」

「お前はドラゴンの力を発現させた。それを世界各地にいる【竜騎士】に悟られてしまった」


 竜騎士、それは騎士団の中でも十二人しか存在しない、選ばれた最強の騎士の称号。

 竜騎士一人で少なくとも一個師団に相当すると言われている。

 彼らはそれぞれの地域を治め、デーマンから人々を守っている。

 その彼らにレギアスの存在を悟られてしまったと、オードルは言う。

 だがそれを悟られたからと言って、どうして入学に繋がるのか分からない。


「【竜騎士】はドラゴンを殺す為に命を捧げている。その彼らが、ドラゴンを認める筈がない。例え半分だけだとしても、お前をドラゴンとして処分しようとする」

「……だったら、王都に行くのは危険なんじゃ?」

「いや、イルの奴はお前の事を知っている。お前を守る為にそれを送ってきたのだ」

「国王が……?」


 レギアスの記憶の中では、ベールを町に連れて来たあの時に一瞬目が合った程度だ。思えば、自国の王女を強引に連れ回してよく許されたものだが、それは国王とオードルの関係性故にだと考えていたが、もしかするとそれだけじゃないのかもしれない。


「イルはお前を騎士学校に入学させ、ドラゴンの力を完全に制御させる為に学ばせる算段だ。そしてお前を膝元に置くことで保護する名目でもある」

「保護……どうして国王が俺を守ろうとするんだ? それにそんな気は無いけど、もし俺が力を間違った使い方をして、他の人を危険に晒すかもしれない」

「……私の口からは言えん。それはお前が王都で直接見付けるのだ。両親の事も、お前自身が探せ。何も教えてやれない父を許してくれ」


 答えをはぐらかされたレギアスはもどかしい気分になるが、自身の父が意地悪でそんな事を言う人間じゃないのを理解している為、何か言えない理由があるのだと納得する。

 ともあれ、町を離れて王都へ向かうことは王の勅令でもあり、断ることは出来ない。

 だがそうなると問題は町の仕事だ。

 若者であるレギアス、ジャック、レンが主に危険であり重要な仕事を引き受けている。

 大量の作物や工芸品を離れた街へと卸しに行く為には、戦えるレギアス達が魔法障壁の外に出て行くしかない。魔法障壁の外はデーマンに襲われる危険性がかなり高い。レギアスがいなくなれば、負担がジャックとレンの二人だけに掛かってしまう。

 レギアスはそれが気懸かりで素直に頷くことが出来なかった。

 オードルはレギアスの心情を察し、自分達の不甲斐なさを悔いる。怪我さえ負わなければ、今の歳でも充分に剣を握れていたはずなのにと。若者を町に縛り付けてしまっているのは、自分達なのだと。

 だからこそ、オードルはこの件を好機だと捉えた。

 どんな理由であれ、レギアスを外の世界へと送り出せる。レギアスはこの町で一生を終えてはいけない子だと常々考えていたオードルは、何が何でもレギアスを王都へ向かわせる気でいた。


「レギアス、実はな……お前がそう言うと思って既に手は打ってある」

「え?」

「イルに騎士の配備を頼んだ。近くの街から騎士が来る。それに、封印されていたデーマンはお前が倒した。危険は以前に比べて遙かに低い」

「……」


 悩むレギアスの手を、メイリーンが握った。

 メイリーンは優しく微笑み、片手でレギアスの頭を撫でる。


「レギアス、本当は外に行きたいのでしょう? その気持ちを我慢して、私達をいつも助けてくれたわ。それはとても嬉しい事よ。でも自分の事も考えて欲しいの」

「母さん……」

「貴方を必要としている人が、私達以外にもきっといるわ。だから、ね?」

「……少し、ジャック達と話してくる」

「レギアス……」


 心配そうな顔をするメイリーンに、レギアスは軽く笑みを向ける。

 大丈夫だと言い、レギアスは家から出る。

 家を出ると、レギアスの脚は町にある桜の下へと向かっていた。

 この桜はレギアスにとって思い出の場所であり、約束を交わした思い入れのある場所。

 いつかまた会おうと彼女と約束を交わした。

 当時は簡単に果たせる約束だと思っていた。

 だが時が経つにつれ、それは難しい約束だと知った。

 彼女は王女で、自分は徒人。

 会えるはずもない。

 そうレギアスは思い、約束を忘れようとしていた。

 だが――だ。

 今の状況は、レギアスにとって最大の好機だった。

 諦め駆けていた、忘れようとしていた約束を、果たせるかもしれないと。

 レギアスは自分がどれだけ厳しい状況に立たされているのか理解している。

 ドラゴンと人間の息子なんて、世界を探しても己だけだろう。

 いたとしても、人知れず世界から消されているのかもしれない。

 しかし国王はどう言う訳か生きるチャンスを与えてくれた。

 このチャンスを掴まない選択肢は有り得ない。


「……でも良いのか? 父さん達を放り投げてまで果たすべき約束なのか?」


 レギアスは、父の嘘を見抜いていた。

 騎士がこの町に派遣される筈は無い。魔法障壁の外に一歩でも出れば、そこは命懸けのデーマンの巣窟。その危険を冒してまで、態々何も無い田舎町に騎士が来るわけもない。

 あれはオードルがレギアスを王都へ心置きなく向かわせる為の方便なのだと、レギアスは悟っていた。


「よぉ! レギアス!」


 バシンッ、と桜の木に額を押し付けていたレギアスの背中を叩いた者が現れた。

 レギアスが顔を向けると、ジャックとレンが立っていた。

 ジャックはニカッと笑ってレギアスの肩に腕を回す。


「なぁにやってんだよレギアス! 起きたんだったら顔ぐらい見せろっての!」

「まったく……これでも心配したんだからな」

「お前ら……ああ、悪い。ジャック、お前が連れ帰ってくれたんだろ? ありがとな」

「良いって良いって! あのデーマンをやっつけたのはお前なんだし、俺のほうこそ礼を言うべきだろ。助かったぜ、レギアス。お前の御陰で死なずに済んだ」

「僕も力になりたかったんだけどね……ありがとう、レギアス」


 二人の礼に、レギアスは笑って答える。

 あの力がドラゴンのモノだとしても、こうして守りたいモノを守れたのだ。

 自分の中にはドラゴンの血と力が流れている。

 今回はこうして守る事が出来たが、もしかしたらいずれ力が暴走して皆を傷付けるかもしれない。そうなってしまったら、レギアスは己を呪うだろう。

 ならば、国王の膝元で力を完全に制御する術を身に付けるべきなのだろう。


「……なぁ、お前ら。俺――」

「行ってこいよ、兄弟」


 レギアスが王都に行く話をしようとした時、ジャックが言葉を遮ってそう言った。

 驚いた様に顔を上げると、二人は全てを分かっている顔をしていた。


「王都に行って騎士学校に行くんだろ?」

「何でそれを……!?」

「あのな、お前が倒れてから四日経ってんだぞ? その間におやっさんから聞いてんだ」

「四日!? 待て、俺そんなに眠ってたのか!?」


 自分がどれ程眠っていたのか、今更知ったレギアスは嘘だろと驚く。

 だが考えてみれば、王都から書類が届いてる時点で気付くべきだった。

 王都はワグナ町からかなり離れている。安全を確保した土地に道路や鉄道を敷いてるはいるが、それでも一直線に繋がっているわけではない。幾つもの都を経由してやっと到着する距離だ。事を知ったとしても、書類が届けられるのにはそれなりの時間を有する。


「父さんも母さんも、そんなに寝てたんだったら、もっと反応あるだろ……!」

「良くも悪くも、おやっさん達は肝が据わってるというか、大抵の事じゃ動じねぇからな……」

「……でだ、騎士学校に入学するんだろ?」


 レンが眼鏡を外して弄りながらレギアスに確認する。

 レギアスは二人が何処まで知っているのか分からなかった。

 ただ騎士学校に入学することになったと認識しているのか、それともドラゴンの子だと知っているのか。もし前者だとしたら、事実を伝えるべきなのだろうかと、レギアスは迷ってしまう。もし打ち明けて拒絶されてしまったらと、レギアスは怖がってしまう。

 黙ってしまったレギアスにジャックは「あ~……」と間延びした声を漏らした。


「安心しな、レギアス。俺達、と言うか町の皆はもう知ってるぜ」

「……は?」

「だから、お前がドラゴンと人間のハーフってこと。おやっさんから事情は全部聞いた。聞いた上で、お前を怖がる奴なんて誰一人居なかったぜ」


 それは、嘘でも何でもなかった。ジャックの言っている事は本当の事だとレギアスは長年の付き合いから分かる。半身のように一緒に生きてきたのだから、嘘か本当か見抜くことは出来る。


「そ、そうなのか……。でも何で……」

「何でって、あのなぁ……。俺達が、たかがドラゴンの血が半分流れてるってだけで、今まで家族同然に接してきたお前を切り捨てる訳ねぇだろ」


 ジャックは呆れたようにそう言うが、それはジャック達が特別なだけである。

 人類と言うのは、どうしようもないくらいにドラゴンを憎んでいる。ドラゴンがデーマンを生み出し、デーマンは人類を襲う。デーマンによって家族を殺され、住む場所を奪われ、地獄を見せられる。ドラゴンが存在する限りデーマンは生まれ、人類は常に危険に晒される。

 元凶であるドラゴンを人類は決して許さないだろう。そのドラゴンの血を引く人間なんて、世界が認めるはずもない。

 だがジャック達は、レギアスをドラゴンの子ではなく、ワグナ町で育ったレギアスとして見てくれている。それがレギアスにとって、どれ程の幸運だっただろうか。


「……ま、聞いた時は驚いたけどよ。だからどうしたってんだ。お前は俺のダチで兄弟で相棒だろ。それにドラゴンの子がダチなら、それはそれで凄ぇことじゃん」

「……お前は……はぁ……ちょっと悩んだ俺が馬鹿だった」

「おう! お前は馬鹿だ。ついでにレンはアホだ」

「誰がアホだ。だけど、ジャックの言うことは尤もだ。僕達はドラゴンなんて目で君を見ることは無い。君は僕の親友だ。頭脳しか取り柄の無い僕を引っ張ってくれたのは君だ。それを忘れるつもりはないさ」

「……さんきゅ」


 レギアスは気持ちが楽になった。少なくとも世界が敵になったとしても、此処に居る彼らは味方でいてくれると分かった。それが嬉しく、口端が吊り上がってしまう。


「それで? 結局どうなんだ? 行くんだろ?」

「ああ。騎士学校でドラゴンの力を制御する術を身に付けさせられる。んで、国王の膝元で俺を保護するらしい」

「保護か……ま、そうなるか。でも制御する術か……扱えきれないのか?」


 レギアスは改めて自身の内に宿る力に意識を傾ける。

 少しでも隙を見せてしまうと、力が己の意識を奪い去ってしまいそうな感覚を味わう。

 力を使用しなければ何とも無いが、少しでも魔力を練ろうとすると魔力が牙を向けてくる。

 ほんの一瞬、二秒も魔力を練っていない筈なのに、恐怖で冷や汗がどっと流れた。


「おいおいおい!? 大丈夫かよ!?」

「気をしっかり持つんだ!」

「だ、大丈夫だ! ハァ……! あっぶね……! 今一瞬、何かに呑まれそうになった……!」

「こりゃあ相当だな……」

「一瞬、レギアスの魔力が意識を持っていたように見えたが……」


 意識、確かにレギアスは魔力に意識のようなモノがあるのを感じた。

 ドラゴンに出会ったことはないが、もしかしたらそれと似たようなモノなのだろうか。

 レギアスは己の力を恐ろしく感じてしまった。

 この力を本当に制御できるのか、心配になってしまう。


「……ジャック、レン。父さん達を頼む」

「おん?」

「俺が居なくなれば、この町を守れるのはお前達だけだ。ダンとエリファも、まだ戦えるほどの力は無い。二人に、負担を掛ける」

「何だよ、そんな事かよ水臭ぇな……任せろ、兄弟」

「僕達二人で守ってみせるさ、長兄殿」


 レギアス達は拳を打ち付け合う。

 男の若者同士、三人の友情を確認し合い、笑い合う。

 そこでふと、ジャックはある事を思い出す。


「そうだ、王都って言やぁ、お姫様! お姫様に会えるんじゃねぇのか!?」

「お姫様……ああ、ベール王女」

「そうだぜ! 国王に保護されるって事は、会う機会もあるんだろ!?」


 ジャックとレンも、ベールの事を気に掛けていた。

 ベールが来てからはいつも4人一緒で遊び回り、友情を築いていた。

 男3人女1人で、王女という立場もあり必然的にベールが筆頭で行動していた。

 ベールに振り回されたりもしていたが、それも良い思い出だったとレギアスは思っている。

 時折、ダンとエリファも混ざっていたが、基本的にはレギアス達4人で遊んでいた。


「ぜってー美人になってるぜ!?」

「まぁ……会えるかもな」

「はぁー、俺も王都に行きてぇ。王都に行きゃあ、可愛い子や美人がいっぱい居るんだろうな」

「ジャック、君が言っても相手にされないと思うよ」

「ガリ勉よりはモテらぁ!」

「言ったなぁ!?」


 やいのやいのと喧嘩を始める二人を横目に、レギアスは桜を見上げる。

 桜はそよ風に靡き、ハラハラと花を散らす。

 レギアスの心は決まった。

 王都に行き騎士学校に入り、力をモノにして世界から認めてもらう。

 そして、8年前の約束を果たしに行く。

 レギアスは王都へと思いを馳せた。





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