第3話


 マスティア王国。

 世界に唯一存在する人類の国家であり、世界の半分を統治している大国。

 その起源は正確には不明だが、ドラゴンが現れる前から存在していた。

 魔法大国とも呼ばれており、マスティア王国は魔法を発展させ続けた歴史を持っている。

 元々は小さな国であり、世界には他にも様々な国が存在した。

 ドラゴンが世界の半分を支配した影響で、各国は大混乱を極めてしまった。

 だが唯一ドラゴンの力と拮抗して見せていたマスティアが台頭し、残っている国々を吸収して纏め上げた。謂わば連合王国のようなものだが、マスティア以外の国は解体され、その国の王族はマスティアの貴族として生活している。

 魔法大国ではあるが、魔法技術のみで生活を成り立たせているわけではない。

 魔法で国の生活を成り立たせるには、当然だが膨大な魔力が必要になる。

 だが魔力と言うのは基本的に生物が有するモノであり、無機物が生み出すことは先ずない。

 国の生産性を安定させる程の魔力を用意する事は、現実的に不可能である。

 だから別の手段として、電力を用いて生活の基盤を築き上げている。

 王都は、科学技術と魔法技術を織り交ぜた魔科学が発展しており、高度な文明を築いている。

 その王都ライガットを前に、レギアス・ファルディアは立っていた。

 六角形に聳え立つ城壁に囲まれた巨大城郭都市。その城壁の入り口の一つに、バスターミナルがある。そこにレギアスは大きな鞄を担いだ状態で、口をあんぐりと開けていた。伸びた髪は元の長さに切られ、少し大きめのバッグを肩に担いで立っていた。

 生まれて18年、ワグナ町の田舎から出たことがないレギアスは、ターミナルの大きさに人の多さに圧倒され、田舎者丸出しで辺りをキョロキョロしてしまっている。


「これが……王都……!?」


 今までの人生で見たことが無い光景。至る所に機械が存在し、人と機械のやり取りが盛んに行われている。ターミナルの上部には巨大なモニターが設置されており、そこにバスの時刻表が表示されている。

 特にレギアスが気になったのは、行き交う人達が手に持つ小型の機械だ。

 皆一様にその機械を弄り回しており、レギアスにとってその光景は異様に見えた。

 いったい何の機械なのか観察していると、何人かは耳に当てて会話しているのに気が付く。

 アレが噂の携帯電話、スマートフォンなのかと目を輝かせる。

 レギアスが住む町には電波が通っていない。故に携帯電話どころか固定電話さえ引けない。

 電波塔を建てようにもデーマンがそれを妨げる上に、建てたとしてもその場の安全を確保しなければデーマンによって破壊されてしまう。その為、電波塔を建てられる地域は限りがあるのだ。少し離れた街へ物を卸しに行った際も、その街には電話回線は引かれていなかった。

 王都に住むとなると、自分もいずれは持つことになるのだろうかと、子供の様に期待を膨らませる。


「っと、あまり此処で時間を食う訳にはいかないな。えっと、入都受付は……」


 ターミナルの入都受付カウンターに並ぶ長蛇の列を見て、「うへぇ……」と声を漏らして顔を顰める。此処に到着するまでバスと電車の乗り継ぎで長時間拘束されていた。早く休みたいのだが、この長蛇の列を待たないといけないと思うとウンザリしてしまう。

 列に並び、順番が来るのを待ち続けて凡そ30分程。やっと順番が回って来た。


「次、どうぞ」

「はい」


 レギアスは事前にオードルから渡された書類をスタッフに渡す。

 書類は騎士学校に入学する事を証明する物と、身分証明書。

 そして国王陛下からの紹介状である。

 王都に移住するとなると、それなりの申請や審査などが必要になる。

 本来ならレギアスも何週間も前から移住申請を行わなければならなかったが、今回は国王の指示でその一切を免除されている。それを証明する紹介状である。


「ん? こ、これは!?」


 スタッフは国王の紹介状を見て血相を変えて驚く。


「ああ、それは――」

「け、警備兵!」

「え?」


 スタッフが手を上げて周りの警備兵を呼び寄せ、警備兵に耳打ちすると、彼らは目の色を変えてレギアスを取り囲む。腰に帯剣している剣を抜き放ち、まるで犯罪者を捕らえようとしているかのように威圧してくる。


「動くな! レギアス・ファルディア!」

「ちょっ、何だよ!?」

「貴様には拘束命令が出ている! これは王命だ!」

「はぁ!?」


 レギアスは素っ頓狂な声を上げた。

 国王の命で騎士学校に入学する為に王都へ来たら、国王の命で拘束されるという、とんでもないドッキリを喰らった。ドッキリなら良かったのだが、現実はそうではない。騎士達はレギアスに掴み掛かり、床に組み敷く。レギアスは抵抗も考えたが、此処で暴れでもしたらそれこそ大問題になると思い止め、そのまま拘束された。

 手を後ろに拘束され、ご丁寧に猿轡までされたレギアスは護送車に乗せられた。

 どうしてこんな目に、とレギアスは涙目になる。

 こうして華々しいとは言い難い王都デビューを果たしたのであった。




 護送車で連れて来られた場所は、なんと国王が住む城だった。

 城と言えば、絢爛豪華な建物を思い浮かべるだろうが、マスティア王国の城はそうではない。

 三つの高層ビルが繋がった建物、それがマスティア王国を象徴とするランバルト城である。

 一昔前までは絵本に出てくる城であったが、何代か前の国王が最先端技術を取り入れた現在の城に建て直したと言う。

 他にも高層ビルは王都に建ち並んでいるが、ランバルト城は他と比べたら豪華な装飾が施され、ビルの規模も王都一である。

 そのビルの正面玄関、ではなく別の入り口へと連れて行かれ、レギアスは初めて中へと入る。

 連行されている身だが、視界に入る光景に興奮を覚えてしまう。

 まるでテーマパークに遊びに来た子供の様な感覚だ。

 田舎暮らしのレギアスにとって、此処は未来世界のように感じた。

 電力で動かすエレベーターに乗せられ、辿り着いた場所は長く大きな通路。その通路を進むと大きな扉があり、その扉の目に来ると独りでに開いた。押戸でも引戸でもなく、天井と壁と床、四方に扉がスライドするタイプだった。

 扉を潜るとその先に広がるのは異様な空間だった。十二の大きな柱が並び、窓一つ無く灯りは薄明るい光を放つ魔石のみの薄暗い広間だ。

 その十二の柱の内、五本の柱の上に五人の騎士が佇んでレギアスを見下ろしていた。

 アレらは柱ではなく、彼らの台座なのだろうか。

 彼らの顔は薄暗くて見ることが出来ない。

 その者達から放たれるプレッシャーに、レギアスは冷や汗を流して息を呑む。

 そして十二の台座の中央には更に巨大な台座があり、そこには玉座が置かれてある。

 その玉座に肘掛けるようにして座っているのが、この国の王。

 世界で唯一の王、人類の王と呼んでも過言ではない唯一国王。

イル・フォン・マスティア国王陛下がそこに鎮座していた。


「っ……!」


 レギアスは固唾を呑む。

 ここまで連れて来た騎士によって国王らの前に跪かされ、騎士は広間から出て行った。

 レギアスは跪いた状態のまま頭を下げる。

 国王の許し無く見上げる事が無礼なことなのは、流石に弁えている。

 台座の上にいる騎士から殺気に近いプレッシャーを受けながら、国王が話すまで耐える。


「……面を上げよ」


 国王からの許しが出され、恐る恐ると頭を上げて国王を視界に入れる。

 十年ぶりに見た国王の顔は、まるで変わっていなかった。強いて言うのなら、少しだけ髭が伸びているが、それは誤差の範囲だろう。黒と白の衣服を纏い、白髪が混じった黒紫の髪を後ろに流しているのも変わらない。

 だがレギアスが見たことのある表情は、優しい父親の表情だった。

 しかし今レギアスが目にしている表情はとても怖い印象を受けた。


「……お主がオードルの息子、レギアス・ファルディアか?」

「は、はい」

「……」


 国王はレギアスを鋭い視線で見下ろす。少しして国王が片手を上げると、受けていたプレッシャーが消え、レギアスは重圧から解き放たれた。台座の上にいた騎士達の姿も無くなっていた。おそらくだが、騎士達がいたのはドラゴンの力を持つ自分を警戒してのことだろうと、レギアスは察する。


「ふぅ……」

「長旅ご苦労であった」

「は、あ、いえ! 滅相もありません!」

「事情が事情だ。手荒な真似をした。お主は既に命を狙われている身だ。手出しされる前に此処へ連れてくる必要があった」

「命を、ですか……」

「そうだ。十二竜騎士の大半はお主の抹殺を進言してきた。私の権限で保留にしたが、完全に抑えられる訳ではない」


 ゴクリッ――。


 レギアスは恐怖を覚えた。

 十二竜騎士と言えば騎士の中で最も強い十二人の騎士。たった一人で一個師団の戦力に匹敵すると言う。そんな大物に命を狙われている、そう考えるだけで冷や汗が止まらなくなる。

 もしかして先程まで台座の上にいたのは、十二竜騎士だったのではないか。流石に抹殺を却下している国王の目の前で殺すような真似はしないだろうが、もしかしたら殺されていたかもしれないと考えると、更に恐怖で身体が強張る。


「えっと……御配慮ありがとうございます」

「礼はいらん。さて、あまり悠長に話している訳にはいかん。早速本題に入ろう」

「はい」

「オードルからお主の両親の話は聞いたな? 私がお主を保護するのは、お前の母に免じてだ。だがタダで保護する訳にもいかん。事前に伝えた通り、お主にはドラゴンの力を完全に制御してもらう。そして、その力を民達の為に振るってもらう」


 それはつまり、将来的にレギアスを対ドラゴンの戦力として徴用するということか。

 だがそれは、レギアスに半分だけとは言え【同族殺し】をさせる事になる。

 国王はそれを理解した上での発言なのだろうか。

 おそらく理解した上でだろう。

 レギアスも思う所がない訳でもない。半分だけとは言え父方の同族を敵に回す事に、若干の抵抗感を抱いた。

 だがドラゴンは人類の敵であり、その敵の血を引く自分が認められるには他に選択肢が無い。

 拒否すれば、その瞬間何処かに隠れているであろう竜騎士達に殺されてしまう。

 これは一種の脅しだ。レギアスに拒否権は一切無い。

 しかし代わりに命の保証はしてもらえる。

 生きる為に、レギアスは頷くしかなった。


「……よし。もう一つ、お主の魔力は文字通り危険だ。制御できるまで暴走させないようにしなければならん。そこで、封印魔法でお主の魔力を抑制させてもらう」

「え?」

「何か問題があるかね?」


 無いと言えば、嘘だった。

 生まれて初めて手に入れた自分だけの魔力だ。それが封じられるとなると、未練がましくなってしまう。それが危険な物であろうと、やっと手に入れた力なのだから。

 しかし、レギアスに拒否権は無い。それに万が一にも暴走してしまってもいけない。

 レギアスは首を横に振って封印を承諾した。


「宜しい」


 国王が手を出すと、その上にガラスが弾けるようにして剣が出現した。その剣をレギアスに向けて高速で射出し、レギアスの胸を貫いた。


「はぁっ!?」


 剣はレギアスの胸に突き刺さった直後、強い光を放ってレギアスの胸の中に沈んでいく。身体の中に沈んで行くにつれて得体の知れない何かが全身を蝕んでいく感覚を味わう。

 その直後、レギアスの中で眠っているドラゴンの力が暴れ出した。国王の封印魔法を喰い潰そうと、力が表に出ようとする。


「ぐぅぅっ……!?」

「気を確り持て。その封印剣がお主の身を守り続ける」

「うぅ……ガァァア……!?」


 レギアスは全身を襲う激しい痛みに耐えながら、国王の魔法が全身に行き渡るの待つ。やがて暴れ始めていた力は封印が完全に行き届いたのか、一気に身体の奥底へと引っ込んでいった。


「フム、上手くいったようだな。だが先も言った通り、これは抑制だ。完全に封じ込める事は不可能。今の状態は少しばかり強力な魔力と言った所か。使い過ぎると力を増し、封印を食い破ると心しろ。もしお主が力に溺れた時、私含め十二竜騎士が手を下す」

「は、はい……!」


 レギアスは漸く身体に力が入るようになり、脂汗を額に流しながら立ち上がる。

 改めて自分の魔力を確かめる。以前よりもかなり力が弱まっているが、それでも確りと魔力を感じ取れる。完全に使えなくなると思っていたばかりに、魔力を使える事に安堵する。

 しかし使い過ぎるなと厳命されてしまっている為、そう易々と使う訳にはいかない。それは確かに残念ではあるが、事情故にそこは諦めることにした。

 国王は玉座から立ち上がり、マントをはためかせた。

 その時、レギアスは国王の右腕が無いことに初めて気が付いた。

 確か、8年前にあった戦いで負傷したと聞いていたが、まさか右腕を失っているとは。

 そこでレギアスはベールの事を思い出した。

 此処は王城なのだから、ベールも居るのではないだろうか。

 頼めばベールと会わせてくれるかもしれない。

 そう思い、レギアスは物陰から現れた騎士と話している国王に尋ねた。


「陛下、ベールは――あ、いえ、ベール王女はご健在でしょうか?」

「何……?」


 話していた騎士を下がらせ、レギアスを睨み付ける。

 何か気に障る様な事を言ってしまっただろうかと、身体を強張らせてしまう。

 それでも会いたい一心で口を動かす。


「自分は嘗てベール王女と再会の約束を交わしておりました。可能ならば、御尊顔を拝見したく思い――」

「娘は忙しい。会わせる時間は無い」


 言い切る前に断られてしまう。

 だがベールが元気にしていることだけは分かり、一旦はそれで良しとした。

 本当は今すぐにでも会いたいが、そう気軽に王女と会える訳もない。

 予想していたことだが、まだ約束は果たせそうにないなと、レギアスは気を落とす。


「レギアス、お前の住居は此方で用意した。今日からそこで暮らせ。必要な物は既に運び込まれている。それから当面の生活費も此方で用意した口座にある。毎月定額を振り込むが、計画的に使え」

「あ、ありがとうございます」

「家の場所は私の手の者に案内させる。今日はもう休め」

「は……」


 頷くと、いつの間にか後ろに控えていた騎士に付いてくるよう言われ、扉へと向かう。

 その時、国王から呼び止められる。


「――レギアスよ。お主の御陰でベールは貴重な子供時代を送れた。感謝する」


 その声色は、先程までのものとは違い、何処までも優しく聞こえる、父親の声だった。

 レギアスは振り返らず、軽く笑みを浮かべて広間から出て行った。


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