第17話 4 魔術を望まぬ魔術師
「よくやった。だがすぐに追手が来る。戦う支度をしておけ」
「俺、魔術師と戦ったことないんだけど……」
「いつも通りでいい。人間ってことに変わりはない」
男二人が話しているのは林の少し開けた場所。近くに黒い車が置いてあり、その近くの木にエレナが寄っかかっていた。何かの薬で眠らされているのか、目を開かず小さな寝息を立てていた。手にはしっかり手錠がはめられている。両足は縄で縛られていた。
「魔術師ってある程度離れたら感知できなくなるんじゃなかったっけ?」
「魔具も魔術を帯びている。それを魔術として感知することもできる。あと、創り主なら結構離れていても感知できるんだ」
「その創り主が場所を感知して、魔術師連れてくるってことか?俺ら二人しかいないんだぜ?ボス」
「普通の魔術師なら、これで十分撃退できる」
そう言って耳に何もつけていない男、ルーベニックが掲げた白い木でできた弓はアッキヌフォート。神器と呼ばれる武器であり、神器一つで魔術師数百人分の戦力になると言われる。それだけ強力であるから、どの組織も管理をしっかりしている。
「あ、本当にトラップ仕掛けなくていいのか?その方が撃退しやすいと思うんだが……。待ちに入ったなら常套手段だぜ?」
「この弓でトラップ破壊したら俺たちにも被害が出る。それほどこの弓は危険なんだ」
「……巻き込むなよ?」
「気を付ける」
男は金で雇われているとはいえ、巻き込まれるのは勘弁だった。傭兵なのだから、自分のミスや技量不足で死ぬのなら仕方がない。だが周りのミスに巻き込まれたり、仲間の攻撃で死ぬのは嫌なのだ。
「しっかし、あんな子供が魔術師か……」
「魔術師は血統だからな。見た目じゃ判断できない。あの少女はいつ頃目覚める?」
「そろそろじゃないか?あんまり効き目が長くない奴ってオーダーだったからな」
ルーベニックはエレナの前に立ち、何度か揺さぶってみた。少し揺さぶり続けると、少しずつまぶたが開いていった。
「んっ……?」
「お目覚めですか?お嬢さん」
「……最悪な目覚めよ。ルーベニック」
「それは失礼いたしました。私の名前を知っていただいているとは、光栄です」
ルーベニックはわざと恭しく話した。その態度に違和感があったのか、エレナはため息をつきながら片目を閉じた。
「捕らえる人間を間違えてない?あたし、お嬢様でも何でもないけど」
「いえいえ、間違っていませんよ。桜ヶ丘亜希を狙ったわけではありませんから。でしょう?エレナ・スウェットさん」
「……じゃあ何?あたしを狙っていたの?」
「はい」
快くうなずいたルーベニックを見て、余計違和感があった。狙われる理由がまるでわからないのだ。
「あ、今特別な理由があるとか思いました?実はローマ法王の血縁者とか、あなた自身が知らない特別な力があるとか、エデンへ通じる鍵があなた自身とか」
「思ってないけど……。純粋に疑問に思ったこと聞いていい?エデンに行くための鍵が魔術師ってどういうこと?」
「そういうこともあるかもしれないってことです。神器ではないのかもしれない。だって、エデンに続く鍵が見当たらないのだから」
「……そうかもね。エデンなんて必要ないけど」
「おや、私と同じ意見なのですね」
戦争促進派であるルーベニックから信じられない言葉が発せられた。ローマに言いがかりをつけて戦争をしようとしている魔術師が、エデンなんて必要ないという意見と同じだと。
戦争をしようなんて考える魔術師が考えることはエデンで埋め尽くされている。それなのにエデンのことを考えずに戦争を起こそうとしている。
ただ争いが好きな魔術師なのかと思ったが、目の前の魔術師はそうは見えない。ルーベニックの言葉が信じられず、エレナは疑惑の目を向け続けた。
「おかしいことですかね?エデンを信じない魔術師がいることが」
「別に?実際あたしがそうだから。あたしを狙った理由は?一人になったローマの魔術師だったら誰でも良かったの?」
「八割方正解です。が、出来る限りあなたを狙いました。そうする理由がきちんとありましたよ」
「……特別な理由、あるじゃない」
「ない、とは言ってませんよ」
エレナは少し前の会話を思い出して、確かにルーベニック自身は否定していなかったことを確認した。それでも二割程度の理由である。
「亜希の友だちだから?」
「はずれ。答えから程遠いですね」
「それ以外の理由らしい理由、ないけど?」
「あるじゃないですか。エルリア・ディル・スフレッド君と仲が良いでしょう?」
「……誰?」
知らない名前が出てきて、エレナは純粋に首を傾げた。記憶の中にそんな人物と出会った覚えはなく、仲が良かったとなれば余計だ。
「いるでしょう?金髪碧眼の、あなたのナイト様が」
「……もしかして、夏目さんのこと?」
金髪碧眼でナイト、という単語に引っかかる人物は夏目宗谷以外にいなかった。仲良くしていると言われても、護衛ついでに遊びに出かけた程度だ。
「ここは日本だから、そちらの名前で通していましたか。その夏目君ですよ。私の目的と呼べるものは」
「ナイトって、階級の話でしょう?あたしだけのナイトじゃないと思うけど?」
「おや、違いましたか?」
(あたしのナイトは、別にいるから……)
頭の中でその人物のことを思い浮かべたが、助けに来てくれるとは思わなかった。イギリスと抗争を引き起こさないために、場所だけ伝えてあとは宗谷に任せる、それがローマという組織の考え方だ。
「違っても構いませんよ。彼がここに来てくれるなら」
「あなたたちの組織の中で、夏目さんは嫌われているの?それとも個人的な恨み?」
「組織からはどうかわかりません。知っての通り、私は長い間檻の中にいましたから」
「じゃあ、個人的な恨みってこと?自分より年下がナイトになったことへの嫌がらせ?」
「階級になんて気にしませんよ。それに、彼に対して恨みもない」
階級も気にせず、恨みもない。だが、宗谷に用事がある。ローマを巻き込んでまで会う用事がある。それが何だか、エレナには想像もつかなかった。
「夏目さんを狙う理由は教えてくれるの?」
「今はお教えできません。後々わかりますよ。彼でないとならなかった理由がね」
「その時まであたし、生きているかしら?」
「どうでしょうねぇ。……まもなく二人が到着しますよ」
二人、という数にエレナは理解できなかった。一人は間違いなく宗谷。なら、もう一人はいったい誰なのか。イギリスからもう一人魔術師が来ていることは知っているが、その男は信用できない。魔術師同士の争いがあっても見逃してきた男だ。
自分が思い浮かべた人物にエレナは首を振ってまで否定した。来るはずがないと、自分の希望を捨てて、宗谷に助けてもらおうとこれからを想って少女は願った。
・
美也たちはファイにただついていっただけだったが、ある距離に近付いて自分でも気付いた。魔術師の反応が二人。一人はエレナ、もう一人はルーベニックだ。
ルーベニックは魔具によって魔術刻印を隠すようなことはしていなかった。二人の周りにはそういった魔術師もいるかもしれないが。
「ずいぶん街から遠ざけられたな」
「街の中心で暴れられるよりは全然ましだよ」
「そうかもな」
二人は雲の中を魔術で通って向かっていた。雲の中なら一般人に見られることはない。空を人が飛んでいるように見られたら大事になるからだ。
二人の反応があったのは丘の頂上付近。林の中だ。その近くで二人は降り、そこからは走って向かった。
「開け」
戦闘準備として、刀を抜いておいた。向こうからアッキヌフォートの矢が飛んできても防ぐためだ。
走っている間も矢が飛んでくることもなく、罠が仕掛けられている様子もなかった。走って着いた先にいた人間は三人。エレナ、ルーベニック、そして知らない男。銃を両手に持っていることから、傭兵だと推測した。美也たちとファイが着いても、魔具を外す様子がなかったからだ。
エレナの格好が手足を縛られている状態だったからか、ファイが奥歯を噛み、目が鋭くなっていた。殺気立ったファイを牽制するかのように、ルーベニックが口を開いた。
「ようこそ、エルリア君。夏目君かな?どっちでもいいか。君という人を待っていたんだから」
「ルーベニック。お前の目的は何だ?魔術による抗争でも起こしてぇのか?」
「それは別にどうでもいい。俺の行動の結果そうなったら、それはそれでしょうがないことだと自分の中で割り切ってる」
「ずいぶん自分勝手だなぁ?じゃあ、お前は何でこんなバカなことをしたんだ?」
「答えなくても、その内わかる」
そう言ってルーベニックは手に持っていた白い弓を構えた。矢を持っていなかったのだが、どこからか矢が現れ、それが放たれた。
美也はファイの前方に立ち、刀で白い塊となった矢を受け止めた。昨日の時点で受け止められるのは確認済みだ。
昨日と威力が変わらなかったのか、少し時間がかかったが白い塊を消すことができ、矢だけが美也たちの前に落ちた。
「お、おい!巻き込むとか言っておいて、あっさり受け止められてるじゃないか⁉」
「これ、オレには効かねぇぞ?無駄なことやめろよ。さっさと監獄に戻してやる」
「はっ。ハハハハハハ!」
味方であるはずの男の言葉にも、敵である美也の言葉にも返さず、ルーベニックはひとりでに笑い始めた。その場にいる他の人間誰もルーベニックの奇行を理解できなかった。
「……おい、ボス。大丈夫か?何か不味いもんでも喰ったのか?」
「いや、大丈夫だ。井実祐太の実例を聞いて、昨日の試し撃ちを感じて、今目の前で見て確信した!俺の願いはやっと叶う!」
「その願いってやつはオレが叶えるのかよ?他力本願だな」
美也は刀を左手で持ち、左肩で支えるように持ちながら呆れた。願いが何かわからないが、ことによったら頼めば叶えたかもしれない。だが、今となっては遅かった。
「他力本願じゃないと叶わない願いなんだ。俺だと叶えられないのさ」
「何?オレじゃねぇと叶わねぇっていうのか?」
「ああ、そうだ」
「……どいつもこいつもオレに押し付けんじゃねぇよ。どうせオレは、……偽者なんだから」
偽者、という単語は声に出ていたか分からない程小さなつぶやきだった。その言葉を聞いて、体の内側で宗谷が胸を痛めていた。偽者と美也が言う理由を知っているからだ。
「ファイ。ルーベニックはオレがやる。お前はあの傭兵っぽいのと戦ってくれ。ついでに家族を助ければいいだろ?」
「家族を助ける方が主だけどね」
「ま、そうだな。とにかく頼むぞ」
美也が刀をルーベニックに向けるのとほぼ同時に、ファイが魔術によって生み出した双銃を男へと向けていた。ナイフを武器として使っていると言っていたが、魔術で作り上げた武器で主にナイフで戦うという意味だったのだ。
美也は距離を詰めるために一気に突っ込んだ。その前にルーベニックが矢を放ったため、そこまで距離を縮められないまま足止めされてしまった。一本目を消し終わると、二本目が放たれる。その繰り返しで、最初に走った分しか進めていない。
埒が明かなかったので、目の前の塊を消したのと同時に真上へ魔術で飛び上がった。空を利用して近付こうとしたが、魔術師として動きは感知されてしまう。すぐに空にいる美也たちに向かって矢が放たれた。
「逃げても無駄だ!」
「ッ!これを狙ってたんだよ!」
美也は受け止めることなく、川を流れる葉のように矢を受け流していた。今までは周りに配慮して打ち消してきたが、空なら避けても被害が出ることはない。周りの空に飛んでいるものがないのは確認済みだ。
必中の矢と呼ばれるアッキヌフォートでも、受け流してしまえば追跡してくることはなかった。矢が使用者の手に戻ってくるという伝承の方が正しかったようで、上空から近付いたのだが、矢が再び放たれた。
矢を避けきり、アッキヌフォート目掛けて刀を振ったがすんでのところで避けられてしまった。それで諦めることなく何度か振ったが、林という地形を利用されて避けられてしまった。その頃には次の矢を用意していて、振り出しに戻っていた。
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