第16話 4 魔術を望まぬ魔術師

 日曜日の朝。宗谷たちはデートに行く用意をして、いつも通り朝飯をコンビニで買うことにした。いつも通りというのが平常心を保つのに一番適している。


 色々な種類の食べ物を食べようと思い、まだ食べたことのない種類のコンビニパンを買うことにした。コーヒーの種類も変えてみて、美味しかったらそれを飲むことにした。


 今日は瑠花はいないようで、レジにも店内にも見当たらなかった。アルバイトとはいえ、毎日いるわけではないだろう。それこそ毎日働いていたら体調を崩してしまう。


 今日も待合室の中で朝飯を取った。魔術師の反応は近くになく、怪しい人物も見当たらない。妙な視線も、不思議な気配もしない。昨日ルーベニックが使ったと思われる矢を止めたため宗谷たちのことを監視してくると思ったのだが、昨日も何も感じなかった。


 宗谷たちは気配を消す、気配を察せられるというような特技はないが、怪しいと感じる直感は持っている。戦場である程度培ったものではあるが、プロの殺し屋などではないので限界はある。元々が魔術師なので、そんな特技は本来要らないのだが。


 食べたパンとコーヒーは可もなく不可もなく、だった。次は何を食べてみるか宗谷たちが相談していると、昨日と同じ数の魔術師の反応があった。時間を確認すると十時十分前。その団体の動きに合わせて、宗谷たちも移動した。待ち合わせは結局駅の東口。


「昨日ぶりです、夏目さん」


「ああ。報告することがある。イギリスの組織の保管庫から弓の神器が盗まれた。アッキヌフォートって名前の、ケルト神話に出てくる弓だ。騎士トリスタンの弓で、別名無駄なしの弓か必中の弓って呼ばれるものだ」


「それをルーベニックが持っているってことでいいのですね?」


「そう取ってもらって構わないだろうな」


 エレナは携帯電話を出して、他の仲間に連絡した。通話したのは二回。その間に亜希が疑問を口にした。


「どうしてわかったの?組織にでも電話した?」


「俺じゃなくて、昨日デートを邪魔してきた奴に調べさせた」


「はは……。人使い荒いなぁ」


「そいつ一応部下だから。使える時に使わないと」


 エレナは電話が終わり、二人の元に帰ってきた。


「お待たせしました」


「周囲にいる誰かと、あの老人に電話してたのか?」


「昌也様、ですね。ここにいない仲間にも伝わるでしょうから」


「電話の相手ってファイ先生?」


「そうだけど、それが何?」


「ふふ~ん?ただ確認しただけ」


「……何よ、その意味の分からない笑顔は……」


 亜希は何故か周囲の誰かを確認して、答えを聞いて笑顔を崩すことはなかった。それを追求することなく、宗谷は話題を振った。


「で、今日はどこに行かれるおつもりでしょうか?お嬢様方」


「お嬢様!響きが素敵!」


「あたしたちからしたら、昌也様の孫だからお嬢様だけど……。ナイトとしての接待の仕方って、そういう風なのですか?」


「時と場合によるけどな。で、どこに行くんだ?」


「あ、戻っちゃった……」


 亜希のテンションは一気に上がり、一気に下がってしまった。ずっとこの場にいるわけにもいかないのだ。こんな人通りの多い場所で魔術を使われたら、どれだけの人間を巻き込むかわからない。事実昨日は宗谷たちが感知できない場所から弓を使われたのだ。


「遊びに行く前に、銀行に寄ってもいいですか?財布の中がピンチでして……」


「え?エレナってお小遣い制じゃないの?口座持ってるの?」


「これでも、それなりにお金持っているの。組織から定期的に貰っているから」


「いくらくらい?」


「あたしは学生だから、月五万円くらい。学費とか免除してもらっていると、それぐらいなのよね」


 魔術結社に所属するのは一種の職業だ。大人になってしまえば、魔術師として生きていくのをほぼ強制される。魔術師は人間とは違う力を持っている。それを暴発させないためにも、組織のような団体に所属して管理するのが一番被害を抑えられる。


 人間を学校や企業という組織で管理しているように、魔術師にも魔術結社という管理する組織が必要なのだ。


「魔術師って戦闘能力は高いから、国にもよるけど治安組織と手を組んだりするの。それの報酬を組織として受け取って、組織員に分割する。そうやって魔術師は大抵生計を立てるの」


「ってことは、魔術師って皆お金持ち?」


「そうでもないわよ?魔具を買ったり、武器を買ったり、必要経費が多いの。あとは研究費かな?自分に合った魔具の開発費」


「買ったりするのに、自分でも作るの?」


 魔具というのは魔術と同様に多種多様である。自分の系統魔術、好みなど突き詰めていけば際限がない。その上で身を守るために、自分に最も適した魔具を必要とする。


 売っているものが合わなければ、自分で材料を買ってきて創り出す。その方が安く済む場合もある。また、魔具は使い捨てが多い。


 その説明を歩きながらしていると、亜希が首を傾げていた。


「じゃあお金大事にしないといけないんじゃないの?」


「あたしは別に。魔具を買うってことは、売る人もいるわけでしょう?要するに、魔具を創ることが上手な人もいるの。そういう人が身近にいれば、わざわざ買わずに創ってもらえばお金はあまりかからない。もちろん報酬としてお金を払うけど」


「日本のローマ教に魔具職人がいるわけだな?」


「はい。ファイ先生がそうです」


 魔具を創ることに秀でた魔術師だから魔具職人。魔術師としてランクが高いほど高度な魔具を創ることができるが、魔具職人のほとんどが青線か緑線だ。


 理由として最も多いのが、戦場に出なくていいから。魔具は貴重であるのと、あれば戦力になる。精巧な魔具を創れる人間をわざわざ戦場に出して、見殺しにする理由はない。


 次に多いのが、お金が稼げるから。魔具で儲けたお金は個人のお金になるのである。


「有名な魔具職人だと、一つの魔具を創るのに八千万円取るって聞いたことがあるわ」


「ええっ、そんなに⁉」


「それまだ安いぞ?イギリスで一番有名な魔具職人は、とある魔術師に一つの魔具を二百万ポンドで売ったことがある」


「……日本円だと、どのくらい?」


「一ポンドだいたい百七十円だから、三億四千万円だな」


「高っ!」


「……よくその魔術師はそんな大金払えましたね」


 その魔術師は宗谷たちの同僚である魔術師、ナイトの序列三位だった。彼は保身のために精巧な魔具を買うことにしたのだが、ナイトとして稼いだお金のほぼ全てを使ってしまったと愚痴でこぼしていた。


 イギリス国魔術結社では組織に所属しているだけでもらえる所属金と、任務に応じて貰える報奨金がある。所属金は階級によって額が異なる。報奨金は任務に参加した人数で山分けになる。実力がある者ほどお金が溜まる。


「オーダーメイドだと、高くなるんだ。使う人間に一番合うように魔具職人が調整しないといけないからな」


「命を取るか、お金を取るかの選択なのよ。魔具創るのに平均丸一日使うから」


「結構時間かかるんだね。それならお金もそれなりに払わないと駄目か……」


「さっき言った魔術師は二か月魔具職人の家に拘束されたらしい。で、出来上がったのはその二か月後」


「へぇ。あ、ファイ先生はどれくらいで創るの?」


「物にもよるけど、やっぱり丸一日くらいかな?」


 平均を守る魔具職人は優秀だ。品質も期限も守っていることになる。早くできすぎると品質を疑う、遅すぎたら使いたい時に間に合わない、など魔術師の勝手な要望に応じなくてはならないのだ。


 実際、時間をかけずに創った魔具は一回使ったら大抵壊れてしまう。


「お金ってどれぐらい?」


「結構ファイ先生って気分屋で、それなりのお金を要求する時もあれば、ご飯を驕ってくれるだけでいいって言う時もあるって」


「エレナは払ってないの?」


「それが一度もないのよ。魔具創ることってあたしもやったことあるから大変な作業だってわかっているわ。それに、すごく凝った魔具創ってくれたこともあったけど、お金受け取ってくれないの。子供からはお金取りたくないのかな……?」


 魔具を創るとなると、創っている間は作業に集中しなければならないため、手が離せない。人にもよるが、飲食もしないで魔具を創る職人もいる。その代償としてお金を貰うのだが、無償でやるというのは珍しい。


 興味本位で、宗谷はファイが創った凝った魔具のことを聞いてみた。


「すごく凝ったって、どんなもの創ったんだ?」


「防御結界を自動で発動するものです。弾丸を防いでくれました」


(―へぇ?あいつ、すげぇ魔具創れるんだな)


「自動っていうのは凄いな。しかも魔術結界じゃなく、防御結界か……」


 魔術結界を張るだけなら、面倒な概念がいくつもあるが魔術で使うことができる。事実、今も亜希の周りには魔術結界が張られている。


 それと異なり、防御結界は魔術以外に効果を発揮する結界。弾丸や爆弾、剣や槍などに適応する。同じ爆発でも魔術という自然の力を利用した力と、人工的に起こった爆発では魔術と科学兵器の概念が異なるため、魔術では科学兵器による爆発を止められない可能性がある。


 いつも自分たちが使っている魔術に対する結界と、自分たちがあまり使わないものに対する結界は、概念も異なり、防御結界の方が概念は複雑になる。


 それを自動で発動させる魔具ともなれば、さらに複雑だ。魔具とは魔術を補助してくれる道具のこと。魔術師が魔具を使うという意思表示をして、発動するもの。それを無視して使える魔具などそうそうお目にかかれない。


「その魔具は今どうした?」


「守ってくれた時に壊れてしまいました」


「そうか……。一度見てみたかったけどな」


「夏目さんの魔具って誰が創ったものなの?」


「知らない。教えられないんじゃなくて、本当に知らないんだ。爺ちゃんから譲り受けただけだから」


 木が魔具であるとは祖父から教わっていたが、誰が創ったものとは教わらなかった。さして問題でもないからだ。


「譲り受けただけであなたに適しているとは凄いですね。お爺様が調整してくれたとか?」


「詳しい話を聞いてないんだ。体に合ったのは事実だけど」


「他に魔具持ってないの?あると便利なんでしょ?」


「魔具は便利だけど、頼りすぎたくもない。頼りすぎて魔具なしで魔術を使う時に暴発しても困る」


 宗谷たちは魔具として木を持っているが、魔具として利用したことはほぼない。武器として使っていることの方が多い。刀としてこの木は優秀なのだ。


「あ、この銀行です」


 話しながら歩いている内に、目的の銀行に着いた。そこでこの前お金を降ろしたばかりの宗谷が疑問を一つ口にした。


「なぁ、エレナ。コンビニのATMじゃ駄目だったのか?」


「あたしカード持ってないので。ここの銀行だと通帳で降ろすには受付行かなければならなくて」


「あ、そう」


 エレナだけ銀行の中に入り、外で宗谷たちと亜希は待つことにした。護衛対象は亜希であり、エレナのために中にまでついていく必要はないと思ったからだ。


「夏目さん、魔術師でいることって大変?」


「何で?」


「エレナやファイ先生は苦しみながらも魔術師として生きてる……。エレナなんて実際一度死にかけてるでしょ?そこまでして魔術師として生きていかないといけないのかなって」


「魔術師として産まれたから、その道に沿って生きていく奴がほとんどだ。魔術って言っても、魔術師にとっては歩くことや言葉を話すことと同じように自分自身の力なんだ。それを使って生きていこうとするのに大変かどうかもあるのか、俺には分からない」


「そっか……」


 自分の身近にいる人間が危険な目に遭っている。それも自分の知らない場所でだ。心配になる気持ちは、宗谷たちも家族から何度も聞かされている。


「自分にできることを精一杯やってるだけなんだよ。中には力を悪用する奴もいる。それでも誰かを助けられる力なら、使って助けたいって思うんじゃないか?」


「お爺ちゃんも、そうなのかな……?」


「他人の心なんて、全部わかるわけがない。それでも信じることはできるだろ?」


「うん。……もし、もしだけど、力があるのに、何もしない人がいたら……その人は悪人、なのかな?」


 例え話。魔術を力と例えて宗谷が言ったのに対して、魔術師ではない少女がする、力を持った人間の例え話。それに宗谷は少しだけ思考を重ね、美也には相談せずに答えた。


「力を使わない理由は知らないけど、その力を悪用していないなら別にいいんじゃないか?」


「……いい、の?」


「使って誰かに迷惑かけるよりは、使わないで誰にも迷惑かけない方がずっといいと思うぞ」


「逆だったら?」


「最後に決めるのは本人の意志だろ?それに、力ってものはどうしても周りに影響を与える。周りのために使わないっていうのも、一つの選択肢だと思うけど?」


 宗谷の言葉を聞いて、亜希は黙ってしまった。何かしらの力を持っている者が、それをどう使うかという意志が一番大事だ。そこで道を踏み外さなければ、力を使わなくても悪いことではない。


「その力がどんなものかわからない。でも、俺の知ってる魔術って力は使えば周りに影響を与える。世界まで巻き込む力だ。それも結局、使い方次第だからな」


「使い方次第だから、使わないのも一つの選択ってこと?」


「そう。他人に流されて使うよりは、自分の意志を持ってどうするか考えるのが大事だって俺は思ってる」


「……ありがとう。急な質問に答えてくれて」


 宗谷の答えに満足したのか、亜希は下を向いたまま何かを考えているようだった。結局、力が何なのかわからなかった。


 そこから二人は話すことなくエレナを待っていた。混んでいるのか、なかなか出てくることはなかった。


 十分ほどが経った頃、突如として銀行の中から銃声が連続して聞こえた。こんな時に銀行強盗かと思ったが、エレナの反応が遠くなったのを感じて、ただの銀行強盗ではないことを知った。


「何で、エレナが……」


「え?エレナがどうかしたの⁉」


(―標的は亜希じゃなくて、ローマの魔術師だったら誰でも良かったのか!)


 銀行の向かいの店からファイとメイアーが走って出てきた。彼らにも銃声の意味がわかったらしい。


「ファイ、エレナのこと追えるか?」


「彼女はボクの魔具を持っているから追えるよ。君にも来てほしい」


「わかってる。おい、あんた。中の後始末と亜希の護衛は残りに任せていいか?」


「もちろん。中へはどうやって入るか、段取りを組めば……」


「ああ、それは大丈夫だ」


 イギリスとローマの争いにならないように、イギリスの問題にはイギリスの者に対処させればいい。ローマが判断したことをそのままするだけだ。そのために携帯電話を出した。


(―宗谷、今の内に代わっておくぞ。また戦ってる最中に頭痛が起きたらまずい)


(それもそうか……。時間も近いよな。じゃあ代わろう)


(―ああ)


 今日は体の主人格を交換する日。魔術を使えば期限が狭まり、発作が起きやすくなる。そうなる前に代わることにした。


 主人格が美也に代わってから飛鳥へ電話した。


「もしもし。何だ?」


「魔術絡みの事件が起こった。駅の近くの銀行だ。中から銃声が聞こえる」


「……俺に対処しろってことか?」


「ローマの魔術師が一人連れ去られた。国際的問題に発展する前に潰す。ローマの魔術師もそれを恐れて手伝ってくれる。こっちに来て打ち合わせしろ」


「お前は?」


「連れ去られた奴の後を追う。さっさと来い」


 言うだけ言って、通話を一方的に切った。そして、メイアーに携帯電話を渡しておいた。


「これ持ってれば飛鳥も信用するはずだ。そいつに突入させて、魔術で援護してやってくれ。そいつ実戦経験ほとんどねぇし、青線だけど中の騒ぎぐらいはどうにかできるはずだ」


「わかったわ。預かっておくわね」


「夏目さん!」


 後ろから亜希に抱きしめられた。首だけで向くと、瞳には涙を溜めて、手が震えていた。


「お、お願いします……!エレナを、エレナを助けてください!」


「ああ、任せろ」


 亜希を体から引き離し、携帯電話と同じようにメイアーに預けた。守るべき、助けるべき人間が変わってしまったが、やることは変わらない。理由も変わらない。


「ファイ、案内してくれ」


「ああ、こっちだ」


 二人は路地裏に入り、魔術で建物の屋上へ行ってそこからも魔術を使って後を追った。向かう先は街から遠く離れた、家もないような丘の上。


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