第15話 幕間2
目の前は地獄と形容して間違ってはいなかった。
高々と鳴り響くサイレンの数々。
人々の悲鳴。
立ち上がる炎と黒煙。
所々に見える紫色の靄のようなもの。
横転している車。
ひしゃげている街灯。
割れて飛び散った窓ガラス。
機能していない信号。
何かが突っ込んだ痕のある建物。
道路に流れているどろりとした赤い液体。
そして、動くことのない人間のシルエット。
左耳にチェスのビショップをかたどったイヤリングをつけた男はその光景をバスの中から見ていた。
バスの中も外と似たような光景が広がっていた。ガラスは全て砕けて、自分以外に動いている人間はいない。割れたガラスで切ったのか、人間の体のそこら中から血が流れ落ちていた。男自身も少し切っている。
状況が呑み込めない中、そこで初めて甘ったるい匂いが嗅覚を刺激していることに気付いた。その匂いの元が何かはわからなかったが、バスの中にいてはいけないと直感的に悟った。
生きていて動けない人間がいれば一緒に逃げようと男はバスの中を見回したが、見る限りバスの中で息をしている人間はいなかった。バスの床に転がっている生き物は動かない物体に変わってしまっていた。
自分だけでも生き延びようと思い、バスの乗車口を強引に壊し、転がるように外へ出た。煙が中から見えたので火事でも起きているのだと思い、その火がバスのガソリンに引火して爆発する可能性もあったので、バスからできるだけ遠くへ逃げようと思った。
立ち上がろうとした矢先、何かが自分に向けられていることに気付いた。それが何か確認したところ、両手で持つような大型銃だった。それも四人から、四つの銃口が向けられていた。向けている人間は皆パワードスーツのような特殊装甲をしていて、顔まで隠していた。魔術師ではないことだけわかった。
「な……何を……?」
「何もしゃべらなくていい」
「……ありがとうございます」
銃口を向けられている理由はわからなかったが、助けに来てくれたと思った。テロか何かかもしれないから大型銃を携行しているのだと男は勝手に思い込んでしまった。
「貴様を大量殺人の現行犯で逮捕する」
「……は……い?」
特殊装甲を纏った人間が言った言葉の意味がわからなかった。人間がたくさん死んでいるのは理解しているが、その犯人が自分だと言う。
「な、何の冗談でしょうか……?私も被害者なのですが……」
「バスの中から漏れ出している毒ガスは致死量を超える濃度で検出された。バスの中の人間は皆死んだものと思っていたが……。事前に解毒剤を仕込んでおいたな?」
「……」
目の前の人間の言い分では、この惨状を引き起こしたのはバスの中で唯一生き残っていた自分。それ以外に犯人と呼べる怪しい人物がいないからだ。
「……致死量の毒を、解毒剤でどうにかできるものなのですか……?」
状況が理解できない中、思いついたことを男は言った。たとえ抗生物質を用意しておいたからといって、致死量の毒をどうにかできるとは思えない。病気の予防接種だって完璧ではない。病気にかかる可能性が格段に減る程度だ。
「なら、どうして貴様は生きている?それが証拠ではないのか?」
「俺が生きている理由……?」
それこそわからない。男は気が付いたらバスの中でこの惨状になっていた。どうしてこんな惨状になってしまったのか、一番知りたいのは実際にバスに乗っていた男なのだ。
「毒ガス兵器がバスの外から使われた痕は……?」
「まだ中を調べていないが、その可能性は薄い。道路にある監視カメラには、突然バスが蛇行運転を始めたことしか映っていない」
外部からの影響を受けていないのならば、内部で何か起こったと考えるのが妥当である。
「……あなた方、魔術ってわかりますか?」
これは男の賭けだった。魔術結社のことを知っていれば、魔術的な調査を頼める。もしかしたら女王の保護を求められるかもしれない。真犯人が見付かるかもしれない。そんな一滴の希望を、捨てられなかった。
「魔術?ガスで頭でもおかしくなったのか?」
「……そうですか」
英国の中ですら、魔術は浸透していない。目の前にいる、特殊な職に就いている人間ですら魔術の存在を知らない。
今は大人しく捕まり、男は組織が助けてくれることを切に願い、牢屋に入った。
だが、組織は助けてくれるどころか、魔術の暴走を起こした極悪人として、魔術師用の監獄へ男を送った。
一度だけ事件の調査報告を見たが、男が何故か魔術を使い、暴発させたということだった。その結果起こったのが毒ガスの発生。
男が生き残った理由は日常的に魔術結界を自分に張っていたから。毒ガスといえども、元が魔術だから結界が防いでくれたということ。バスの中に魔術師は男しかいなかったため、犯人であると確定した。
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