第14話 3 監視付きデート
宗谷たちがいるショッピングモールから十キロほど離れたホテルの屋上に、赤髪で赤い瞳の男がいた。その手には白い弓が握られており、矢を放った方向で爆発が起こっていないのを見て歓喜していた。身震いが止まらなかった。
「本当に……この弓を止められる奴がいるのか!ははっ!……全く、最後の仕事に向いてるじゃないか」
男は携帯電話を出して、仲間に連絡を取った。三コール目で出た。これは打ち合わせている通りのことだ。
「合言葉は?」
「道化のビショップに、祝福を」
「よし。作戦決行は明日。ある程度監視していればいい。それ以外は何もするな。怪しまれるなよ?」
「ラジャー」
通話を切り、携帯電話をポケットに仕舞った後右手の甲を見た。そこには何もないが、これは魔具である紙を使っているからだ。その紙を外してしまえば赤色の線で描かれた星と、星を囲む円が見えてしまう。
「これに関わるのはもう最後だ……。こんなものなくたって生きていける。エデンも魔術師もイギリスも知ったことか……」
男は過去に魔術で事件を起こしてしまった。それ以降、魔術を使っていない。監獄にいる時は魔術を使えないようにされていたのと、恐怖心から使うことができなかった。概念を思い浮かべるだけで吐き気を催した。
自分がとっさに使ってしまった魔術が暴発して、バスの中で毒ガスが起こった。乗客と運転手は毒を吸い込んでしまい全員死んだ。運転手が死んだことでバスは制御が効かず、十数台の車を巻き込んだ玉突き事故を起こした。バスは激突を繰り返した後建物にぶつかり、そこでようやく止まった。
バスの中での唯一の生存者、ルーベニックが毒ガスを起こした人物として逮捕され、そのまま監獄に閉じ込められた。それは当然のことだ。ルーベニックの記憶にもそうある。そんな大量殺人者が捕まらないわけない。
(ただ……どうして俺はあの時、魔術を使ったんだ?)
そこの記憶はどうしても思い出せなかった。バスに乗って組織のある城へ向かっていたのは覚えている。やることがあればやろうと思っていた。それが仕事だったのだ。
バスの中でのことも覚えている。至って普通の風景だった。変わったことなどなかった。それなのに何故か魔術を使ってしまった。どうして魔術を使ってしまったのか、何の魔術を使おうとしたのか思い出せない。
嫌な思い出だから、意図的に記憶を封じ込めているのかもしれない。一種のトラウマになっていることだから、一番重要な部分を思い出そうとしないのかもしれない。
「もう、終わったことだ……。それに、今回のことが終われば魔術と関係なくなる……」
(本当に……それでいいのか?俺は何の罪もない人を、勝手に殺したのに……。罪を償わなくていいのか?)
脱獄をした時点で、今さら償うことも出来なくなっている。だが、心に罪の意識と、ない記憶が引っかかったままだった。それでも今はもう引き返せない。退き返せない所まできてしまっている。
その後も店を回ってみたが、宗谷たちは襲われることなく、夕方になった。駅の近くまで戻ってきて、今日は解散することにした。
「家まで送らなくていいのか?」
「そこまでは大丈夫です。何かあれば連絡しますから。……昨日の内に電話番号を交換しておかなかったなんて、間抜けですよね」
「お互いな。気を付けて帰れよ、二人とも」
「はい。エレナ、明日も集合場所と時間は同じ?」
「そうだね。一緒でいいと思う」
明日のことも決まり、周りを一旦確認してから二人と別れた。魔術師の反応はなく、怪しい人間も見られなかったので、家に帰ることにした。その前にスーパーに行き、食材を買った。買ったものは豚肉の細切れと焼き肉のたれ。肉を焼いて食べるだけにした。凝った料理など作っている場合ではないのだ。
お米を研ぎ、ご飯を炊いている間に携帯電話を出して飛鳥に電話した。イギリスの組織に電話しようとも思ったのだが、いかんせん宗谷たちは組織から信用されていない。宗谷たちよりは飛鳥の方が信頼されている。
「もしもし。宗谷か?」
「ああ。調べてほしいことがあってな」
「ポーンの俺より、ナイトのお前の方が情報解禁レベルは高いだろ?」
「ここがイギリスだったらな」
情報解禁レベル。階級によって教えられる情報量が異なる、組織の制度。調べる資料の貸し出しなど、色々な場所で関わってくる制度だ。ナイトになってから知ったことも多いのだが、今は当てにならない。
「……調べてほしいことって何だ?」
「見付かってはいるのに、所在が不明になっている弓。それも神器だ」
「神器で?……調べるとしても、組織に電話するくらいだぞ?わかってイギリスのものくらいだ」
「それでいい。名前さえわかれば予想がつく」
神話に出てくる武器の名前はだいたい頭に入っている。さすがにどの神器を組織が管理しているかまではわからなかったが、名前がわかれば特性も何となく予想がつく。今日宗谷が刀で止められたことから、そこまで有名な弓ではないのかもしれない。
「わかった。調べたら電話する」
「助かる」
電話を切ってから、フライパンを温めて料理をした。肉を焼いて、味付けをするだけの作業。焦がさなければ誰だってできる。
さっさと作ってしまい、流し込むように平らげた。洗い物も済ませて、飛鳥の電話を待ちながら外に意識を向けてみた。近くに魔術師の反応はなく、魔術を使ったような反応もない。街で何か起こった様子もなかった。
宗谷は美也よりも刀の扱いが下手だ。それを埋めるには刀を振るしかない。美也が宗谷の系統の魔術を覚えたように、お互い埋められることはしておいて損はない。
刀を持って屋上に行き、そこで振り続けた。飛鳥からの着信に気付くために、携帯電話はポケットに入れてマナーモードを切っておいた。
上段の構え、薙ぎ払い、美也の刀の使い方を思い出しながら刀を振り続けた。ずっとやっていることだが、美也には追い付かない。美也もできるだけ刀を振っているからだ。さらに利き手が異なるのも大きい。美也は両利きだが、刀を振る時は主に左手。宗谷は右利きだから右手。二人の動きは鏡に映ったように逆さまなのだ。
また、宗谷が持つ美也へのイメージの影響も大きい。魔術師同士の争いで、決着がつくのは大抵武器の扱いの差によるものだ。線の色が同じもの同士では魔術で決着はほとんどつかない。上手く戦術を立てなければ、相手の思考を読み取らなければ平行線を辿るだけだ。
(―宗谷、脇を締めすぎだ。それだと振りにくくないか?)
「……ああ、ありがとう」
今のように魔術も教えられればいいのだが、そうはいかない。美也には頭が上がらない。実際今回の敵は魔術師として宗谷たちよりも上だ。武器でならまだ勝機はある。
それからも振り続け、汗がそれなりに出てきた時に携帯電話が鳴った。相手は予想通り飛鳥。
「もしもし。わかったか?」
「ああ、わかった。アッキヌフォートって名前だ。俺はよく知らないが……。木製の弓だそうだ」
「アッキヌフォート……。ケルト神話に出てくる弓だ。騎士トリスタンの弓で、別名無駄なしの弓か必中の弓って呼ばれるものだ。というかこれ、アーサー王伝説に出てくるトリスタンの弓だぞ?知らないのかよ……。それで、いつなくなったか聞いたか?」
「同一人物なのか?……なくなったのはつい最近だ。保管庫からなくなっていたらしい。二週間前の定期点検の時になくなっていたそうだ」
女子生徒が襲われ始めたのは春休みからということなので時期的にも被る。ルーベニックの持っている弓がアッキヌフォートで間違いない。問題はどうやって盗んだのか。
組織の保管庫には様々な神器や魔具が保管されている。扉には鍵と、魔術結界の二つを解除しなければならない。さらに、扉の前には見張りが必ず二人体制で常駐している。見張りが気付かずに盗まれることなどないはずなのだ。
(―組織の上層部の連中なら、鍵も魔術結界もどうとでもできる。見張りを倒して幻術でも見せておけば、盗むのも簡単か……。見張りを買収してもいいか)
(盗まれた原因を考えても意味ないけどな。どうせ改善されない)
「他に盗まれたものってないのか」
「ないらしい。目的がアッキヌフォートだけだったんだろうな」
「ありがとう。助かった」
通話を切り、携帯電話をしまってからまた刀を振り始めた。祖父にも教わっていたが、同じように教わっていた美也より下手なのは自分の努力が足りなかったからだと思っている。時間も二対一で宗谷の方が多かった。さらに美也は母親にピアノまで教わっていた。
時間という絶対的なアドバンテージがあったのに、宗谷の得意なものは魔術だけ。それも系統があったかどうかだけなのだ。
美也に迷惑をかけないためにも、宗谷は疲れすぎない程度まで刀を振り続けた。人格は二つあっても体は一つ。宗谷のミスで体を傷付けたくないのだ。
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