第13話 3 監視付きデート

 宗谷たちや中学生二人が次の店に移動するのを見て、近くの喫茶店に入っていた男女二人が出てきた。


 一人はファイ・ムース。銀髪の青年で、瞳は緑色。今日は仕事ではあるがスーツを着るわけにはいかなかったので目立たない私服。銀髪の時点である程度目立ってはしまうのだが、それ以外で目立たないための工夫だ。


 もう一人の女性は琥珀色の髪を三つ編みにした、ファイの同僚の理科教師。もちろん魔術師で、ローマ教の一員。その女性、メイアー・ジュペッタは三人の様子を見てため息をついた。


「ファイ先生、あの三人楽しそうですね」


「それはそうでしょう。デートですから」


「あのナイト君はまともに護衛しているようですが……。エレナはあれでいいんですか?」


「いいと思いますよ?あの子は人の表情とかを読み取るのは得意ですが、自分の感情を隠すことはできない。護衛だって思ってしまったら緊張で色々なものを張りつめてしまう。それならいっそ自然体の方がいいと思いますよ」


 自分の隣に立つ男性教諭の表情を見て、さっきとは別の意味でため息をついた。その後の言葉にはありありと嫌味が込められていた。


「エレナのこと、よく知っているんですね」


「伊達に一緒に住んでいるわけではありませんよ。エレナのお父さんとお母さんによろしくとも言われています。大切な人たちから頼まれた、大切な娘ですから」


「家族ってことですか?」


「そうですね……。大切な妹のようなものです」


 嘘偽りのない、正真正銘の本心だった。ファイにとって今の護衛対象の亜希よりも大切な女の子。仕事だから私情を挟むつもりはないが、それだけファイはエレナのことを大事に想っている。


「妹……」


「いやぁ。血も繋がっていないのに妹なんて呼ぶのは、失礼ですよね。教師失格かもしれません」


「教師の前に、人間としてでしょうね」


「はは……。メイアー先生は手厳しい。いっそのこと、倫理学とか教えてみてはいかがですか?向いていると思いますよ?」


「嫌ですよ。他の宗教のことも教えなくてはならないし、もう一度勉強して試験を受けなくてはならないし、何より私の専門分野と正反対です」


 教員免許も大事だが、教師以前に二人は魔術師だ。魔術師として、ローマ教の一員として生活していくために教員になった。教育という仕事に楽しみはあるが、主な目的は護衛なのだ。


「さてと、三人のことを追いかけましょう。何かあっては困りますから」


「ですね。歩きながらでもお昼をいただきましょうか」


 二人の教師は歩きながら事前に買っておいた昼飯を食べ始めた。前を歩いている三人のことを追いかけているとわからないように、二人ででかけていることを装って歩いた。



    





 亜希に案内された場所は言われていた通りイタリアンの店。入り口の前にメニュー表があったが、それを見てもそこまで高くなかった。中学生のお小遣い感覚だと相当高いかもしれないが、驚くほどではない。


 メニューは大体セットで、大半がサラダと飲み物のおかわり自由、主食を二品まで頼めて、デザートまでついてきた。内容は言うまでもなく、味も十分美味しかった。


「次はアクセサリーショップに行ってみたい」


 亜希の発言により、いくつかのアクセサリーショップに行った。商品を買った店もあれば、何も買わずに出ていった店もある。一番大きな理由はお金だ。無制限に使えるわけではなく、ましてアルバイトをして自分で稼いだお金ではない。エレナは宗谷たちと同じように組織から仕事の関係でお金をもらっているかもしれないが、使えば減ってしまう。


 三店目であるショッピングモールの中にある店へ梯子した頃、魔術師の反応が一人増えた。そのことにエレナも気付いたのか、顔を合わせてきた。


「夏目さん……」


「ああ。外の連中に風貌だけでも確認取れないのか?」


「電話してみます」


 エレナはスマートフォンを出して、電話をかけた。相手はファイ。


「あ、ファイ先生。魔術師の姿見えていますか?……長身で、茶髪に茶色い瞳、それに眼鏡ですか……。見た感じ十代ですね?」


(―なんか見覚えのある顔が浮かんだんだが……)


(奇遇だな、俺もだよ)


 宗谷たちの相方としてイギリスから来た魔術師。その風貌によく似ていた。もし本当に今近付いているのが宗谷たちの思い浮かべている人物だったら、邪魔でしかなかった。


「俺が見に行く。もしかしたら俺と一緒にイギリスから来た奴かもしれない」


「あ、行く前に夏目さん。携帯電話出してもらえませんか?」


「ん?ああ」


 新しく近付いてきた魔術師の方へ向かおうとするとエレナに呼び止められてしまった。時間も惜しいので言う通り携帯電話を出すと、エレナはそれを受け取って少しだけ操作した後返してくれた。


「あたしの電話番号を入れておきました。何かあったら連絡を下さい」


「わかった。少しの間頼むぞ」


 宗谷たちは走って向かうと、意外と近い場所にその人物はいた。私服姿ではあるが、予想していた人物であった。


「よお、飛鳥。買い物か?」


「本気でそれ言ってるのか?こんなに魔術師の反応が一か所に集まってたら気になって仕方がないだろ?何か企んでるとしか思えない」


「企んではないが、あることを阻止しようとはしてる」


 宗谷は隠すことなく飛鳥に言った。色々後から聞かれるより、今言って邪魔立てしてほしくなかった。


「これだけの魔術師、ローマ教だよな。……ローマに肩入れしてるのか?」


「一時的にな。俺たちが撒いた種だし」


「イギリスを裏切ってるって自覚、あるのか?」


「イギリスが俺たちを裏切っているって考え方はできないのか?」


 宗谷は言ってみたものの、飛鳥はそんなこと一切考えていないのは丸わかりだった。自分の所属する組織が絶対だと信じ切っている。


「本国に連絡するぞ?いいのか?」


「じゃあイギリスの牢屋に投獄中の魔術師が日本に、ここにいることを俺たちに知らされていないのは何でだ?」


「……は?」


「俺はその後始末でローマに力を貸してるだけだ。それならイギリスに貢献してるだろ?」


「……そんな情報、俺には届いてない」


「じゃあ信用されてないか、独自に動きたい理由があるんだろうな。そこにどんな理由があったとしても、被害者が出るなら止める。それだけだ」


 宗谷たちはいくらでも理由を付けて、イギリスを裏切っていないことを主張する。付け入る理由は並べられることと、裏切っていないと主張しなければ、家族の安全が侵されるからだ。


 実際過去の事件の際、イギリスが知られたくないことを隠蔽するために他の組織に泥を被せたことがあった。


「お前は……何のために組織にいるんだ?」


「お前みたいな奴にはわからないだろうな。……組織を良しとせずに、変えようとする人間もいるんだよ。俺は今の組織を良いものとは思ってないからな」


「俺には……わからない。今の組織で直すべきことがあるなんて……」


「全体のことが見えてないんだよ。お前は今まで通り、組織に忠実に生きればいいんじゃないか?俺は後悔したくないから、自分でやるべきことを考えて行動するけどな」


「それが今回はローマと手を組むことか……」


 飛鳥はしばらく考え込み、答えが出たのか、背中を向けて歩き出した。


「わかった。お前は好きに動けばいい。俺は調査に行ってくる。何かあれば携帯で連絡くれ」


「年下が年上にそんな口調で話すな。結構ムカつく」


「そう言うなって。日本にいる間だけだから。イギリスに帰ったらこんな口調じゃ話せないよ。歳もそうだけど、階級も上だから」


 飛鳥はそう言い、帰っていった。これで紛らわしい邪魔者は消えた。


 宗谷の言葉通り、本来なら飛鳥は宗谷たちよりも一歳年下だ。それなのに同じ学年にいるのは書類の偽装だ。大方、宗谷たちの監視目的でイギリスが謀ったことだ。飛鳥の系統は魔術師である宗谷たちの監視にもってこいだからだ。


 宗谷たちがエレナと亜希の元へ帰ろうとした時に、魔術を使ったような反応があった。どちらかというと魔具。その反応は一直線に二人がいる場所へ向かっていった。それにエレナが気付いたのか、エレナも魔術を使った。おそらく魔術結界を店に張ったのだろう。


(―宗谷、路地裏だ!)


「ああ!開け!」


 宗谷は一番近い路地裏に駆け込みながら、ポケットから小さな木を出して大きくしておいた。刀も抜き、風の魔術を使って一っ跳びで店の屋上へ行った。そこから屋根を伝い、二人がいる店の屋上に着いた。


 すでにファイとメイアーも屋上に来ていて、魔術の迎撃用意を済ませていた。そこから見えたのは白い塊。何系統の魔術かはわからなかったが、ファイとメイアーが魔術を当てた。それでも白い塊の速度は変わらず、まだ向かって来ていた。


 宗谷は風の魔術を使ってもう一度跳び、白い塊の前に立った。そして塊を刀で受け止めた。徐々に白い光はだんだん小さくなり、最終的に光は消えた。そこに残ったのは一本の矢であり、それを握ってから屋上へと戻った。


「ナイト君、それは……?」


「あの塊の中から出てきた。矢に魔術を加えたのか、魔具による攻撃なのか……。判断は付かないが、相当の威力だぞ?店どころか、辺り一帯消し炭になっていてもおかしくない」


「ちょっとごめんね」


 メイアーは着信があったのか、スマートフォンで連絡を取っていた。ここにいない仲間からの連絡だろう。


「……わかりました。引き続き調査を」


「何だって?」


「あの白い塊がどこから放たれたものか不明って話。たぶん私たちの感知範囲の外から放たれたんでしょうね。方角で調べてはいるらしいけど……」


「……奴が神器を持っている可能性も頭に入れておいた方がいいかもな」


 宗谷が左手を見ながら言うと、そこを覗き込んだ二人が目を疑った。さっきまであった矢がどこにもないのだ。宗谷は魔術を使っていないし、二人に気付かせずに消滅させることなどできはしない。


「……どういうこと?」


「投擲に使われた武器が使用者の手元に戻る武器が神話にもあるだろ?クーフーリンのゲイ・ボルグのように。それと同じで、矢も持ち主の元に帰ったんじゃないか?」


「弓か……。調べさせてみる」


 いつまでも屋上にいるわけにはいかないので、三人は屋内へ続く扉から中へ入っていった。迎撃のためなどで必要なら魔術を使わなければならないが、必要最低限で留めなければならない。魔術師に居場所を教えるようなものだからだ。


「場所が割れていたってことは、人間の仲間がルーベニックにいるってことだ。または、内通者がいるんだろうな」


「内通者はあまり考えたくないけど……。とりあえず二人をここから離れさせてくれるかな?同じ場所に留まるメリットはないから」


「ああ。矢が放たれる直前にこの近くから逃げ出した奴がいないか確認しておけよ?そんな簡単に尻尾を掴めるとは思わないけどな」


 三人は階段を降りながら話していたが、重要なことを話していなかったと思い、今伝えることにした。


「イギリスには魔術刻印を隠せる魔具がある。それをルーベニックが使っているかもしれない」


「ちょっと、どうしてそんな重要なことを教えてくれてなかったのよ!」


「それを使うと自分も魔術を使えなくなる。感知すらできないんだ。まともな魔術師なら嫌がるんだよ」


「それを使っていても、魔具は使えるのかい?」


「いや、使えない。それも含めて、奴の武器は神器だと思うんだが……」


 宗谷たちはエレナと亜希に合流し、ファイとメイアーはさっきと同じく離れて護衛を再開した。エレナは魔術結界に集中しているのか、その場から動こうとしていなかった。


「エレナ、もう解いていいぞ。早くここから出た方がいい」


「……そうですか。では行きましょう」


「襲われたのに、まだデートするの……?」


 亜希が不安そうに小声で二人に尋ねた。その答えは二人とも同じで、うなずいた後エレナが説明した。


「亜希には悪いけど、敵を炙り出すことが目的だから。全員捕まえないと、この事件は終わらないわ。いつまでも襲われる危機感が漂うのは嫌でしょ?」


「さっさと終わらせるための処置だと思って我慢してくれ」


(―大元は捕まえられねぇだろうがな……)


 宗谷たちが考えている人間が今回の事件の首謀者なら、捕まえることなどできない。本当の黒幕は表に出てくることはない。戦争の時の上層部のような偉い人間が戦場に出てこないのと同じだ。


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