第12話 3 監視付きデート

 デートの朝。宗谷たちは寝間着から私服に着替えて、小さなバッグを用意した。中に入れるものは折り畳み式携帯電話と財布。ポケットに魔具である小さな木を入れ、左腕に腕時計を着けた。


 右手に包帯を巻き、その上から黒い手袋をした。掌と甲だけが隠れ、指は出ているタイプ。学校に行くのなら手袋をずっとしているわけにもいかないのだが、休日はずっと手袋をしていて怪しまれることはあまりない。夏とかであれば別だが、今は春だ。


 朝飯はいつものようにコンビニで買うことにした。トースターを持っていないので食パンを買って焼くということもできず、朝からご飯を炊くというのは面倒臭い。


 前の夜にタイマーをセットして炊けばいいのかもしれないが、そこまで食にはこだわらない。太って脂肪がつかなければいいのだ。


 もう三日も朝飯をお世話になっているコンビニに入り、パンを買うことにした。菓子パンは甘すぎたので、クロワッサンやコッペパンなど、甘くないパンを買った。宗谷たちはパンを食べる時はコーヒーか紅茶を飲むのだが、この前はコーヒーで失敗したので紅茶にした。


 買うものを入れたかごをレジの上に置くと、店員にか細い声で対応された。


「い、いらっしゃいませ。お預かりしますね……」


 不良だと思われて怖がられているのかと思ったが、店員の顔を見てそうではないと知った。クラスメイトの瑠花が店員だったのだ。


「瑠花?……アルバイト?」


「はい、経済的な事情で……。昨日からですけど」


 慣れていない手つきで商品のバーコードを読み取っていく。その間に宗谷たちは財布をバッグから出し、レジに表示されたお金を出した。


「五百三十六円です」


「はいよ。無理はするなよ?」


「はい。レシートです。ありがとうございました」


 瑠花からレシートを受け取り、財布と買ったものをバッグにしまった。そのままATMに行き、お金を少しだけ降ろした。何にどれだけ使うかわからないのだ。


 コンビニから出て、駅の近くで朝飯を食べられるような場所を探した。座れる場所ならどこでもいいのだが、ベンチは空いていなかった。仕方がないので駅舎の中に入り、待合室で食べた。電車を待っているわけではないのだが、不可抗力だ。


 食べ終わって時計を見ると約束の時間十分前。駅のどこへ行けばいいのか悩んでいたが、東口の前で待つことにした。東口の方がショッピングセンターなど、遊べる施設が多いからだ。


 壁に寄りかかって待っていると、魔術師の反応が一気に増えた。エレナと監視の魔術師が集団で動いているからだろう。感じた方向を見てみると、エレナと亜希が歩いてきた。昨日と違い、こちらも私服。


 中学生にしてはずいぶんおませな格好をしていた。二人ともミニスカートにブラウスというお揃いの格好をしていたが、華美すぎる気がしなくもない。


「お待たせしましたか?」


「そこまで待ってない」


「そういう時は『今来たところ』、ですよ?デートの常套句です」


「そこまでする必要はないだろ……」


 デートというが、ただ遊びに行くだけだ。しかも男女比は合っていない。本当の目的は休日の護衛であり、デートをすることではない。デートの形になっていればいいはずだ。


「護衛、何人だ?」


「あたしを含めて八人です。それ以上増えたら敵と考えてくれて結構です」


「わかった。で、二人はどこに行きたいんだ?」


 エレナと亜希は一度顔を合わせ、意見が合ったのかエレナの方がうなずいていた。二人の意見を代表して亜希が答える。


「洋服見てみたい。最近できたばかりのお店があるから、そこで」


「わかった。案内してくれ」


 二人が先を歩き、それに宗谷たちがついていく形になった。女子中学生の買い物に付き合わされた荷物持ちのようだが、護衛をするのが宗谷たちの目的だ。デートを楽しむつもりはなかったが、街案内だけはきちんと聞こうと思った。


 洋服屋は駅から徒歩十分ぐらいの場所にあり、あまり大きくはない店だった。個人経営のようで、外から見る限り女性向けの店。


「……入らないといけないのか?」


「デートですから。観念してください」


(―母さんと妹の買い物に付き合ってる感覚でいいんだよ)


(それもそうか……)


 美也の言葉に無理矢理納得して、宗谷は中に入った。店員も客も全て女性で、男なんてどこにもいなかった。カップルで来ていることもない。


「エレナ、見て回ろ!」


「そうね。結構品揃えいいみたい」


 二人は先行して奥へ行ってしまった。小さい店なので見失うことはないのだが、離れて一人で店に来たと思われるのは嫌なのでついていった。女性が服屋に入った時の反応はわかっているので、宗谷たちは立って待っていた。


 宗谷たちの母親と妹も服屋に入ると、テンションを高くして服を見比べる。そして似合っているかを確認し合う。そういう役回りに今回もなると思っていたのだが、エレナと亜希だけで確認し合っていた。下手に言葉を選ばなくていいので楽だった。


 試着室に行くこともあれば、その場で考え込む。たまに財布の中身を確認する。その繰り返しだった。


 宗谷たちは服を見ることもなく外ばかりを気にしていた。魔術師の反応もそうだが、怪しい人物が店の中に入ってこないかも気にしていた。


 人間の犯罪者は感知できないうえに、捕まらないように様々な努力をしている。一般人と見比べてもわからないように、一般人であると演技する。その演技が上手いから、または逃げる時に犯人だと知られないように何かしらの努力をしている。そういう人間の方が魔術師よりも恐ろしい。


 エレナと亜希の二人は会計を済ませて、宗谷たちに近付いてきた。結局宗谷たちの目に怪しい者は見えなかった。下手したら女性ものの服屋にいる、外ばかりを気にする男の方が怪しかったかもしれない。


「お待たせしました」


「すいません、長い間二人で盛り上がってしまって……」


「あんたは構わないよ。ただ、エレナ。お前は護衛としてそれで良かったのか?」


「……まずかったですよね。すいません。以後気を付けます」


 エレナは素直に頭を下げてきた。さっきまでのエレナはただ買い物を友達と楽しんでいる普通の女の子だったのだ。今という状況と、魔術師としている以上、さっきまでの態度は感心しない。実質亜希の身辺を宗谷たちだけで護衛しているようなものだ。


 なのに宗谷は、真逆のことを言った。


「別にいいんじゃないか?魔術師になんてなりたくてなったわけじゃないんだし、今回の件を引き起こしたのはイギリスだ。お前はプロの殺し屋でもなければ、彼女の専属ボディガードでもない。友達と買い物を楽しんでるだけだろ?」


「それでも今は護衛です。魔術だって使えます。……買い物に来たわけではありません」


「説得力ないってわかってる?」


 宗谷はエレナが手に持っているこの店の袋を指差して言うと、恥ずかしいのか顔を赤くして逸らしてしまった。


「それだけ外にいる仲間を信用してるんだろ?だったらいいじゃないか。実際に戦闘になったら一番近くで亜希を守ればいい。今ぐらい楽しそうな方が一般向けの偽装になる」


「ですが……あなたの方に負担がいってしまいます」


「俺が信用ならないのはいいけど、イギリスの問題はイギリスに解決してほしいんだろ?俺が何とかするのは当然なんじゃないか?俺だって戦争なんて起こしたくないし」


 宗谷はそう言って一番最初に店から出ていった。女性向けの店にずっといるというのは男として居心地が悪いのだ。エレナと亜希も続いて出てきた。


「……エレナ。たぶんだけど夏目さんは信用できるよ?今回私たちの味方をしたらイギリスの組織の中で危なくなるかもしれないんでしょ?それなのに味方してくれるっていうことは、本当に戦争を起こしたくないからなんだよ」


「あんたはもっと他人を疑え。誰でも信じていたら、裏切られた時がきつい」


「うーん……。でも、夏目さんのことは信用しようって思う。裏切られるのがきついって教えてくれる人が裏切るとは思わないよ」


 そうやって信じることを止めろと言っているのにこの少女には通じない。どうすれば通じるのかわからず、宗谷たちは大きくため息をついた。


「口が上手い奴なんていくらでもいるんだよ……。考えを一つに決めつけないで、たくさんの可能性を考えておいた方がいい」


「夏目さんはご自分で口が上手いと考えているつもりですか?あたしも誤魔化せない人が」


「あれは試してただけだろ?んで、次はどこに行くんだ?ここだけで終わりじゃないだろ?」


 時計を確認すると、もう少しで十二時になる頃。昼飯を食べるにはちょうど良い頃合いだ。店を探していれば、少しは席が空くだろう。


「お昼ご飯にしてもいい時間ですよね……。ファミレスかどこかで食べますか?」


「えっと……ファミレスより少し高くなっちゃうけど、いいお店知ってるんだ。そこ、行ってみない?」


「俺はどこでもいいよ。腹が満ちて、不味くなければ」


 ファミレスの値段がどんなものか知らなかったが、財布には余裕がある。日本国民の税金ではあるが、銀行に行けばお金に余裕はある。イギリスにいた時に仕事の報酬として稼いだお金もあり、それを半分程度日本の銀行に預けてある。そのお金で三年ぐらいなら暮らしていけるのだが、貰えるものは貰っておいた。


「あたしもどこでもいいよ。亜希、そのお店に案内してくれる?」


「うん。じゃあ二人ともついてきて」


「ちなみに何系のお店?」


「イタリアン」


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