第18話 4 魔術を望まぬ魔術師
ファイと男は銃撃戦を重ねていた。エレナを人質として利用することもなく、傭兵の男はファイとの勝負に乗ってきた。人がいないことがわかりきっているのか、男は容赦なく弾丸を連射してきた。
ファイは相手のリーチに合わせるために銃を使っていたが、あまり使い慣れていない武器だったのでまともに戦えていなかった。今も林の中で体を隠している状態なのだ。
(やっぱりナイフの方がいいけど……この距離だと当てるのは厳しいな)
傭兵の男は銃では届くが、他の武器では届かないような距離を持続していた。お互いに相手の場所はわかっていたが、決定打に欠けた。ファイは相手の弾切れを待っていたが、プロがそうそう弾切れを起こすとは思えなかった。
ファイが片手の銃を消した後、何かが転がってくる音が聞こえた。音が聞こえた方向を見てみると、小型の丸いものがあった。本来ピンがあるはずのものが、当たり前のように外されていた。
(手榴弾⁉)
草むらの影を利用して体を隠しながら手榴弾から距離を取った。どれほどの威力なのかは分からないが、できるだけ離れた方がいい。
手榴弾が爆発したのを確認して、ファイは火の魔術を使って壁を作った。爆風から身を守るためだ。その内に一本ナイフを作り上げ、男の方へ投げておいた。距離的に男へ届くことなく、木の幹に刺さっていた。
「魔術師!普通の戦闘でプロに勝てると思うなよ!」
「……思わないよ。ボクたちは戦闘のプロじゃない。魔術のプロってだけだから」
だからこそ、魔術の側に引き寄せる。そのために今小細工を始めたところだ。
銃撃戦を再開させる。二人とも当たったような感覚はなかった。ファイは隙があるごとに魔術で作ったナイフを投げていた。傭兵の男は届くことがないとわかっているからか、ナイフを破壊することはなかった。
「ボス、悪いな。やっぱり俺は死にたくないからさ、保険は用意しておくんだ」
傭兵の男は闇雲に撃っていたわけではなく、手榴弾を転がした位置も全て計算していた。戦闘慣れしていない素人がどのように距離を取るのか熟知している。
事前に仕掛けていた罠がある方へファイを誘導していた。その罠は、男が持っている起爆スイッチで動く。
ファイが罠を張っているエリアに入り込んだことを確認して、起爆スイッチを押した。起爆といっても爆弾ではなく、クレイモア地雷。中は鉄球ではなく先の尖った針。
「くっ⁉」
ファイの呻き声が聞こえたため、クレイモア地雷が当たったと男は確信した。仕掛けてあったクレイモア地雷は三個。それを全部使えば、致命傷は与えられる。動きが遅くなったところに止めを刺せばいい。
実際ファイは左側いっぱいに針を受けていた。他の方位から来た針は避けるなり魔術で防ぐなりしていたのだが、体の左側だけは防ぐことができなかった。刺さったところから血が流れていることと、神経が麻痺するような違和感があった。
(毒針か……。解毒くらいは習ったな)
立ったまま木に寄っかかり、左手の解毒を魔術で行った。毒の種類は神経を侵すタイプだと断定して、解毒を始めた。大雑把ではあるが、解毒の種類も毒に合わせなければならない。毒によって概念が異なるからだ。
魔具である腕時計の力を借りたことに加えて、毒のタイプが当たっていたのか、腕を動かすことに対する神経の違和感がなくなった。腕を動かせば痛いが、それは針が刺さっている痛みだと思い込んだ。
「形は不安定だけど、しょうがないか……」
ファイは最後の一本であるナイフを作り出し、寄っかかっている木に差した。そのナイフを握ったまま頭の中に概念を思い浮かべ、他にも刺した四本のナイフの場所を明確にして魔術を発動させた。
魔術は概念があれば発動させることができるが、言葉という「音」が加わることで安定感が増す。日本でいう言霊のようなものだ。魔具と併用することで、暴発する可能性を緩和できるのだが、今からファイが使う魔術は暴発する可能性の高い魔術だった。
「束縛術式、五つの頂を源とし、彼の者を捕らえろ」
対人用の魔術。幻術の一種であるが、名前の通り相手を束縛するための魔術。暴走する人間の鎮圧用に開発された術式だった。魔術の源を頂点として範囲を定め、その中にいる人物を強制的に無力化させる。
本来は魔術師数人がかりで行う術式なのだが、ファイは自分が作り出したナイフを代用として使った。範囲の中にいる人間が一人だけだったのと、使った代用品が自分の魔術で産み出したものであることが成功の大きな理由だ。一人でやるには難しい構築式であり、失敗してもおかしくない魔術なのだ。
そんな魔術を成功させたファイ・ムースという魔術師は優秀な部類に入る。
「……はぁ。何とかなった……」
ファイは休むことなく倒れていた傭兵の男の元へ行き、魔術で縄を作り出して縛り上げた。一週間程度は動けない魔術ではあるのだが、念には念を入れておいた。
男を運ぶには体の左側が痛く、また面倒であったのでそのままにしておいた。左足を引きずりながらファイは元の場所へと戻っていった。ルーベニックを止めなくてはならないという目的があったが、ファイにとってはもう一つ大きな理由があった。
どれだけの時間がかかったかファイにはわからなかったが、移動している間ずっと魔術を使っている反応があった。まだイギリスのナイトとルーベニックが戦っている、という証拠だった。
開けた場所に着いた時、すぐに捕まった状態の少女が目に入った。その少女がファイの体に針が刺さっているのを見て驚いていたが、声には出なかった。ファイは微笑みを返して、少女のすぐ脇に座り込んだ。
「ちょっと待っていてね」
ファイは魔術でナイフを作り出し、少女の足を縛っている縄を切っていった。縄を切り終わった後、手錠もナイフで切ろうとしたが、なかなか切れなかった。
「この手錠、魔術結界の役割がある魔具だって言っていたわ。あたしが魔術を使ってでも逃げられなかったのはこの手錠のせい」
「魔術刻印の反応は消せないのに、魔術を使えなくさせるのかい?イギリスも凄いものを創ったものだね」
「感心していないで、どうにかできない?」
ファイは手錠を調べて、鍵穴があるのを見付けた。魔具といっても、鍵穴があるのは本物と同様のようだ。
「手錠の鍵の在り処を知らない?」
「知っているけど……。ルーベニックのポケットの中」
「なら、鍵を作った方が早いか」
ファイは鍵穴を覗き込んで、指で確認して魔術で鍵を作った。入らなかったら形を微調整していき、きちんと奥まで入り込む鍵を作りだした。それを回すと、いとも簡単に手錠は外れた。
「お待たせ。長く待たせてごめんね、エレナ」
手も足も自由になった少女は、目の前の男の胸へ飛び込んだ。そのことで男はバランスを崩して尻が地面についてしまった。男を抱きしめる少女の手は震えており、瞳には大きな雫が溜まっている。
「……怖かった……!怖かったよ、お兄ちゃん……!」
「……うん。ごめん」
「来てくれないかと思った……!二つの組織のこと考えたら、来てくれないって……。あたしは亜希じゃないから、誰も来てくれないって……!」
「大丈夫だったでしょ?ボクはちゃんと、ここに来た」
「……うん、うん……!」
男の方も少女のことを抱き返した。体の左側の痛みなど気にせず、左手で体を抱きしめ、動く右側の手で頭を撫でてやった。まだ魔術による争いが終わっていないのに、二人は戦場のすぐ近くで穏やかに抱き合っていた。
(ボクにはこれぐらいが限度みたいだ……。あとは任せるよ、ナイト君)
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