第8話 2 中学生の護衛

 放課後になり、円と源氏と別れ帰路に着くことにした。飛鳥から連絡もないので仕事が入ったわけでもない。魔術が使われたわけでもなく、どうせなら街の探索に出ようと思った。三年間も住む街なのだから、詳しくなっておいて損はないはずだ。


「あ、夏目君も帰るんですか?」


 下駄箱で靴を履き替えようとして上履きを脱ごうとしている時に後ろから話しかけられた。瑠花だった。


「部活に興味ないから。そういう瑠花は?」


「わたしも入らないつもりです。忙しいですから……」


 その理由はわからなかったが、靴を履き替えるために下駄箱の扉を開けると、靴の上にピンク色の封筒が置いてあった。それを手に取って裏側を見たが名前は書いてなかった。


「手紙……ですか?」


「らしいな」


 封筒を開け、中からまたピンク色の手紙が出てきた。中身を見ると、内容はこういったものだった。


『拝啓、親愛なるイギリスのナイト様。

 昨日は我々が巻き込まれていた事件の解決に尽力していただき、誠にありがとうございます。

 昨日の件を見込んで、貴方にお願いがございます。

 実は、昨日の事件は完全には解決していないのです。

 そこで、今度こそ終わらせるために話し合いができませんでしょうか?

 イギリスとローマで抗争を起こさないために、我々に協力してほしいのです。

 詳しいお話は今日の午後五時に本郷公園で。

 快い返事を期待しています。

                              赤い制服を着た中学生より』


 宗谷たちのことを知っているローマ教の人間からの手紙だった。裏でイギリスの人間が手を引いているのならば、無関係とは言えない。


「なぁ、瑠花」


「はい、何ですか?」


「本郷公園ってどこにあるんだ?」


「……呼び出し、学外からだったんですか?」


 ―――


 瑠花は時間に余裕が少しだけあるからということで本郷公園まで案内してくれた。場所は駅と学校の中間地点。通学路から一本外れた道にある、そこそこ大きな公園だった。案内してくれた後、瑠花は用事があるということだったので帰っていった。


(―宗谷、手紙の内容信じてるのか?)


「ある程度はな。ローマとイギリス、どっちが信用できるかはわからないけど、対立するのはまずいってことはよくわかってる」


(―調べれば宗谷がナイトってことはわかる。赤い制服っていったら桜ヶ丘の学校の生徒だろうが……。罠って可能性、忘れるなよ?疑え)


「もちろんだ」


 宗谷は時間を確認したが、まだ約束の時間まで十分ほどあった。


 適当にベンチに座り、小学生くらいの子供たちが遊んでいる様子を眺めていた。同じ年くらいの宗谷たちは、友達と遊んだ覚えはない。


 家族と遊ぶか、魔術や剣術の稽古ばかりやっていた覚えがある。美也はその他にピアノを母親から習っていた。


「あいつも、今頃友達と楽しく遊んでたらいいけど……」


(―どうなんだろうな?あいつ、性格難しいところあるから……)


 二人が話しているのは十歳になる妹のことだった。妹は魔術師ではないので変なごたごたには巻き込まれていないだろうが、宗谷たちのせいで一般人とは異なる生活をしているかもしれない。両親は心配するなと毎回言うが、心配なものはどうしようもない。


「……待たせてしまったようですね」


 声が聞こえてきた方を見ると、赤い制服を着た女生徒が二人。ボーイッシュヘアで灰色の髪の少女に、赤みがかった髪が肩にかかった少女。どちらも中学生程度にしか見えない。話しかけてきたのは灰色の少女の方だ。


「手紙くれたのはお前か?」


「はい。来てくださって、ありがとうございます」


「ほ、本当にこの人で大丈夫なの……?この人、強そうに見えないけど」


 初対面の人間にずいぶんと失礼なことを言われた。魔術師は見た目では判断することはできず、その証拠に宗谷はイギリスのナイトなのだ。そんなこともわからない茶髪の少女の言葉に、灰色の髪をした少女が訂正した。


「大丈夫よ、亜希。この夏目宗谷さん、あたしよりずっと強いから」


「そもそも私は、エレナが強いかどうかも知らないけど……」


「……おい。誰だよ、その見るからに一般人は?」


「あなたに護衛してほしい少女です」


 エレナと呼ばれた少女の回答に、二人は少しだけ考え、答えが浮かんだ。昨日までの事件で狙われていた少女だ。


「理事長の孫娘か」


「はい。彼女はまだ狙われています」


「イギリスの魔術師に?戦争の引き金として利用しようとされてるってか?」


「桜ヶ丘昌也様はそうお考えです」


 その発言はあの老人の弱点は孫娘だと明かしているようなものだ。


「日本という国の異常さを考えれば当然だと思います。魔術に関わるものはたくさんあるのに、魔術師の数が異様に少ない。政府も実態を確認できていない。そして、どこの魔術組織とも連携を取っていない。……まぁ、数日前にイギリスと仮のものを結びましたが」


「あれは日本が他の国と対等に渡り合えるまでの援助を約束したものだ。日本もイギリスも、連携を決定づけたわけじゃない。お手伝いだよ」


「日本にとってはそうでしょうけど、イギリスにとってはどうでしょう?連携を取っていたから他の組織が介入してくるのはおかしいと、いくらでも口実ができますよね?」


 魔術のことは世間的には知らされることなどない。それでも交わした契約はきちんと文面で残る。それはきちんとした、一般社会でも通じる契約の証なのだ。


「事件を例え起こしたとしても、対処できなかった非礼は認めるが、介入は認めないってことだな?」


「それが日本を手に入れる最適な、簡単な方法ですよ」


「あのー……。話についていけてない」


 亜希と呼ばれる少女に事情説明をしていないことに宗谷たちは呆れた。この場にいるのだから今の状況や組織同士の間柄程度は知っていると思った。


「……この子はどこまで知ってるんだよ?」


「ほぼ知りません。あたしや昌也様が魔術師だと知ったのも最近のことですから」


「今の状況ぐらい教えておいてやれ。そうじゃないとこの場にいる意味がないだろ?」


「後できちんと教えます。亜希、そういうことだから少し待ってて」


「……うん」


 宗谷は頭の後ろの方を掻くと、二人の少女を交互に見て、手紙の内容に触れることにした。


「で?抗争が起こりそうだから協力してほしいと。その亜希って子が人質にされたら万が一があると。だから護衛してほしい。趣旨は合ってるか?」


「間違っていません。イギリスが撒いた種はイギリスで処理してほしいというのが本音です。そうすればいざこざはイギリスで収まる」


「ローマのために俺は犠牲になれってことだな?」


 エレナは肯定も否定もしなかったが、間違っていない。これでイギリスの戦争促進派の目はローマから宗谷たちに向き、ローマは時間稼ぎができる。抗争を起こさないための手段が講じられる。


「そこまで俺がローマに義理立てすると思うのか?」


「抗争を起こさないためなら協力してくれると信じています」


「……お前たち、その『前提』が間違ってたらどうすんだ?」


「え?」


 亜希が呆けた声を出して、エレナは怪訝そうな顔をした。理解できていないようなので、宗谷は笑いながら続けた。


「ハハッ!俺は戦争促進派じゃない。だからイギリスの戦争促進派を止めてくれる。そう考えて接触してきたんだろ?」


「そう……だよね?エレナ」


「ええ。一応ね」


「俺は、戦争促進派じゃないなんて言ってないぞ?」


 情報源がどこかは知らないが、宗谷たちは一言も戦争促進派ではないと言ってはいない。情報源が桜ヶ丘昌也だとしても、あの老人にも言っていないのだから知っているはずもない。


「俺がいつ、戦争促進派じゃないなんて言った?お前たちが勝手にそう信じてるだけだろ?」


「あなたは、昨日までの事件の犯人を捕まえてくれたでしょう?その行為は抗争を防ぐための行為です」


「浅はかだなぁ。それともまともに戦いを経験してない奴は楽観的なのか?」


「……話全部は理解できてないけど、あなたの発言は矛盾してると思う」


「何故?」


 宗谷は楽しそうに亜希へ続きを促した。矛盾していると考えた経緯が聞きたかった。


「だって、戦争やりたい人が戦争を起こそうとしてる人の行動を止めたりしないでしょ?」


「単純な思考だな。あいつが使えないとわかって、切り捨てたって考えがどうしてできない?」


「何のために?」


「お前を捕まえるためだよ」


 その一言で亜希は宗谷たちから数歩離れ、亜希の前に立って庇うようにエレナが宗谷たちを睨んできた。


「あんな当てずっぽうより、ずいぶんと効率が良いだろ?実際、そっちから来てくれた」


「エレナ!私たち騙されてたの⁉」


「……かもね。昨日襲われた人が入院してる病院に行ったのは?」


「あの老人に会うためだよ。直感的に来ると思った。騙すために好印象を植え付けておこうと思ってな。実際騙されただろ?」


 ここに二人が、しかも守るべき存在である桜ヶ丘亜希がいるというのが結果だった。ここまで全て宗谷たちの策にはまっている。


「それはあなた自身の意志ですか?」


「所詮俺はイギリスの狗だ。個人の意志なんて組織の中では潰される。事実、あの老人もそうだっただろ?組織を守るために生徒を見殺しにしていた」


「……そろそろいいじゃないですか?夏目宗谷さん」


「何が?」


「あたしたちを試すのが、です」


(―気付くには頃合いだな)


 美也は心の中で笑ったが、宗谷はまだ二人を試し続けた。魔術に関わることにおいて無条件で人の手助けなどできない。組織が違うならなおさらだ。


「お前たちを試す?試してどうするんだ?」


「あたしたちに協力できるかを判断するため。協力して自分の利益と不利益を比べるため」


「エレナって言ったな。お前、俺を疑ってないのか?」


「亜希を捕まえるなんて無駄ですよ。こんな人目の付く場所でやっても、すぐバレます」


 それなりに大きい本郷公園では子供たちがたくさん遊んでいる。子供を待っている親もいる。宗谷たちの学校の通学路から一本逸れているが、この道も交通量は多い。女子中学生が攫われたら目にすぐ付く。悲鳴を聞かれることもある。


「この場所を指定された時は困った。だが、魔術を使えば簡単じゃないか?」


「幻術を使うつもりですか?それは亜希には効きません。魔術結界を昌也様が張っています」


「……用意周到だな、あの老人」


 魔術結界は魔術であるが、感知しずらい。そういうジャミングの意味もあるが、最も厄介なのがその強固さだ。使った魔術師よりランクの低い魔術師又は同等の魔術師が使う魔術では、魔術結界を破壊することはできない。


 魔術師のランクで言うと宗谷たちは下から二番目。この日本を任されている老人が宗谷たちより下とは思えない。つまり、破壊できないのだ。


「だが、日本の権力を大体俺は使うことができる。一人の少女が消えたくらい、いくらでも日本政府が揉み消せる。実力行使でどうとでもするさ」


「そういうことを話してしまう時点で、嘘だとわかります。本当にそういうことを考えてやろうとしている人は、敵に対して言いませんよ」


「余裕の現れだろ?」


「それにしては、捕まえようとも、襲おうともしないですね?」


「……ま、合格か」


 宗谷たちは辺りをもう一度見渡した。隠れているような人物は見当たらないし、感じられない。公園の近くに潜んでいるくらいの距離にいる魔術師なら魔術を使わなくても感じることができる。


「ん?合格って……?」


「この人の見極め試験に合格したってこと。亜希のこと守ってくれるって」


「でも、どうしてそんな回りくどいことを……?」


「下手したら自分の所属してる組織を裏切って他の組織に肩入れすることになるんだ。肩入れするほどの奴らなのか判断しないといけないだろ?俺にだって守りたいものはある。それを危険にさらすわけにはいかないからな」


 人には必ず優先順位がある。それは社会や団体、思想が決めることなのだろうが、最後に決めるのは自分自身。自分を殺して貫くことと、自分を殺さずに貫かなければならないことが必ずある。


「で?詳しい話はどこですればいい?」


「こんなところでする話ではないでしょうね。あたしの家でどうでしょう?」


「エレナの家族も、魔術師なの?」


「我が家は全員ね。というよりそれが普通。あなたの家が魔術師の家らしくないだけ。魔術師の血縁は魔術師っていうのがあたしたちの常識だから」


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