第7話 2 中学生の護衛
次の日、朝食は再びコンビニで買った。おにぎりとお茶にしてみた。おにぎりは温めてもらった。
学校に向かったのだが、土手に上がってから学校に行くのが面倒になってしまった。腕時計を見てみたが、今は八時。学校が始まるまであと四十分もあった。
せっかく温めてもらったので、美也は土手に座っておにぎりを頬張った。
(―学校、行かないのか?)
「面倒になった。学校に行って、オレたちに何がある?勉強するために行くんじゃねぇし、友達なんて作ったらそれこそ奴らの思うつぼだ。仕事のためなら本来学校なんて行かずに任務だけしてればいいのさ」
(―それはそうだろうけど……)
おにぎり一つ食べきるのに時間はかからなかった。だがもう一つ食べようとすると話ができない。だから食べながら心の中で会話することにした。別段声にする必要はないのだ。
(桜ヶ丘の話を真に受けるわけじゃないが、イギリスは信用できない。なにせトップがあの女王だ)
(―ま、信じろって方が無理だよな。……昨日までの事件に女王が絡んでいるか、戦争促進派が画策したことか……)
(十中八九、女王。ああいった他人を犠牲にしてでも利益を求めるところなんてそのまんまだろ。……五年前のことだって、絶対あいつ絡みだ)
美也のおにぎりを食べる手が止まった。五年前、野良の魔術師からイギリス傘下の魔術師になった原因。そこに二人は女王が裏にいると確信している。
(―飛鳥が面倒だよな……。学校休んだら、絶対報告入れるぞ?あいつ女王のこと疑ってないし)
(あいつ将来絶対騙されるタイプだ。魔術教会だって、女王のためだけの組織だしな)
二個目のおにぎりも食べ終わり、三個目のおにぎりも封を切って食べ始めた。お茶も適度に飲み、川を眺めながら会話を続けた。
(―でも、だからこそ学校には行くべきだぞ?あいつの命令は聞かないと皆に被害が及ぶかもしれない……。あいつは何が原因で不機嫌になるかわからないんだ)
(それが今のオレたちの立場だよな……。本当に思うぜ。もっと力が欲しいって。女王を簡単にねじ伏せられるぐらいの力が……)
(―……なら、星を描く線が金色にならないとな)
「……だな」
美也は自分の右手を見た。包帯に隠れて見えはしないが、緑色の線で星が描かれているだけ。金色ではなかった。宗谷も緑色であり、金色になるにはまだまだ道のりが遠かった。女王を倒すという願いが叶うのはまだ先のことかもしれない。
「まぁ、今日は学校休む。昨日戦って疲れたしな。オレは野良の魔術師が暴れてたから倒しただけだ。背後に誰がいたのか、誰が目的だったのかなんて『知らない』。日本には貢献したから、仕事としては充分だろ?」
(―だから休暇か?ったく……)
呆れながらも宗谷はそれ以降何も言ってこなかった。美也はその場に寝転がり、空を見ていた。雲はゆっくり動いており、子供の頃やっていたような、雲の形を何かに例える遊びをしていた。
空も、風も、空気も風景も、何もかもが英国とは違った。日本にいると実感するほど、英国に帰りたいという感情が芽生えてくる。
英国にいればこっそり家に帰ることもできるし、女王の動向を見ていることができる。こんな極東にいてはわからないことが多すぎる。有り体に言えば左遷だ。
「え……?な、夏目君⁉そんなところで何やっているんですか!」
聞き覚えのある声が土手の上の方から聞こえてきた。上半身だけ起き上がらせて上の方を見てみると、小鳥遊瑠花がいた。ここまで走ってきたのか、肩を上下させながら美也たちの方を見ていた。
すると、瑠花の方が降りてきて、美也たちの隣に来た。
「夏目君、こんな所で寝ていたら遅刻します!」
「ん、別にいいよ。今日は行くつもりなくなったから」
「今日行かなかったら大変なんです!今日は朝からテストがあるんですよ!」
そう言って瑠花は美也たちの左腕を掴んで、必死に引っ張った。だが小柄な少女がいくら頑張っても男の美也たちを持ち上げられるわけがない。生き残るために体は鍛えていたから、それなりに筋肉は付いている。同じ体型の人間よりも幾らかは筋肉の分重いのだ。
瑠花の必死さが伝わったのか、いつまでもそうされているのが嫌だったのか、美也の方から立ち上がった。瑠花は一度安堵のため息をつき、美也たちの顔を見て言った。
「走りましょう!そうすればまだ間に合います!」
美也が腕時計を確認すると、時間は八時二十五分。着席の時間まであと十五分。ここから歩いて大体十分程度で着くのだが、美也たちと瑠花では歩幅が違うのでかかる時間も違うのかもしれない。
「あんたが間に合わなくなったらオレのせいか……。人に迷惑かけるわけにもいかないよな」
美也は先に土手の斜面を登り、瑠花が上がってくるのを待った。上がってきたのを見て走り出したが、瑠花の走る速度は決して速くなかった。彼女の速度に合わせて美也たちも走り、結局学校に二人が着いたのは着席七分前。しかもまだ下駄箱だ。走っていなかったら瑠花は本当に遅刻していたかもしれない。
「はぁ……はぁ……。ま、間に合い、ましたね……」
瑠花は靴を履き替えながら、先程よりも激しく肩を上下させていた。息は荒く、深呼吸を何度かしている。
一方美也たちは一切疲れていなかった。全速力で走ったわけでもないし、距離もそこまで長くない。トレーニングにもならない、朝の準備運動程度だった。
「そんなに学校遠いなら自転車で通えばいいだろ?それとも寝坊でもしたのか?」
「い、いえ!寝坊じゃなくて、朝から履歴書を書いてて……。それにわたし、自転車乗れないので持ってないんです……」
美也にはよくわからなかったが、朝から忙しかったということはわかった。それで遅刻しそうになっているのに、昨日知ったばかりの不良のクラスメイトを放っておけなかった。お人好しすぎる。
「テストって、そんな大事なことか?」
「夏目君、特待生ですよね?成績特待生にとって、一年以内にテストで三回は名前が張り出されないと、次の年では特待生じゃなくなってしまうんです。特待生制度を受ける時にそういう説明聞きませんでした?」
靴を履き替え終わり、廊下を並んで歩きながら話す頃には瑠花の息は整っていた。教室は二階にあるので、階段を上らなければならない。
「聞いてないな」
「そ、そうですか……。一回目のテストは中学校の内容なので、特待生は張り出されやすいんです。特待生に対する配慮らしいですよ?」
「ふーん……。でも特待生以外の人間にとったら、入学式早々テストをやらされるんだろ?」
「それもそうですね……」
美也の最もな指摘に瑠花は小さく苦笑した。何十人かのために良かれと思ったことを数百人巻き込んでやる。これが学校という組織だ。
テストのことや特待生制度の話を聞いても、美也たちに心当たりがあるはずがなかった。美也たちも飛鳥も成績特待生ではなく、魔術特待生なのだ。たとえテストで成績が良くなくても特待生であり続ける。
「ってことは、瑠花も特待生なのか?なら頑張らないとな、テスト」
「え……あ、はい!お互い、頑張りましょうね」
瑠花は席が前の方ということだったので、教室の外で別れ、瑠花は前のドアから入っていった。美也たちは一番後ろの席だったので、後ろのドアから入っていった。
「あ、夏目君おはよう。今日は頑張ろうね」
「ああ、おはよう……」
隣の席の円が挨拶してきた。それなりに返しておくと、円の前の席の源氏も話しかけてきた。
「なぁ、夏目。何で昨日の入学式で脱走したんだよ?不良だから喧嘩でもしに行ったのか?」
「……That,s right」
喧嘩とはまた違うが、争ってきたことに変わりはない。魔術の反応があったということは魔術師にとって戦いの前触れだ。魔術の練習ということもあるだろうが、ここ日本では事件の現れだ。
「なぁ、夏目。……今何て言ったんだ?」
「はぁ?」
「……源ちゃん、よくこの学校受かったね。今の、英語だよ?」
「英語⁉今のが……⁉」
高校生にもなって今の英語がわからないとは思わず、美也たちも円も唖然とした。ここは仮にも進学校のはずだ。
「円、今の中学校で習わないのか……?」
「もちろん習うよ。一年生で。……源ちゃん、今日の英語のテスト、リスニングあるって」
「リ・ス・ニ・ン・グ~⁉……終わった。白水、俺の骨はきちんと家の墓に頼む……」
「えー?骨拾わないと駄目?」
テストは午前中に国語、数学、社会総合、理科総合。午後から英語だった。内容は中学で習うものであり、美也たちにとっては簡単だった。
勉強はある程度していた。日本と英国では勉強速度が違うのと、美也たちの勉強方法は家庭教師のような人に教わっていたので日本の勉強速度より遥かに先に進んでいた。
数学の解答が終わってから美也と宗谷は主人格を入れ替えた。頭痛が起こってからではテストをやる気力が削がれてしまう。
ちなみに二人の人間が同じ体の中にいるが、知識はほぼ同じ分しかない。記憶などは二人分別々にあるが、知識でお互いを補うということはできないのだ。
理科総合のテストが終わり、昼休みになった。昼飯は特に用意していなかったので、学食に行くことにした。学校の中にカフェテリアもあるのだが、軽食ばかりと聞いていたので、学食に行くことにした。
「夏目君、学食に行くの?」
「ああ。昼飯用意してないから」
「僕もなんだ。一緒しても良い?」
「……構わないよ」
できれば学食へ案内してほしかった。生徒数が多い学校なので、それだけ学校自体が大きく、どこに何があるのか把握していなかった。校長室と下駄箱、講堂と自分の教室の場所以外自信がない。
「源ちゃんは?ご飯どうする?」
「俺も用意してねえんだよ。お袋、忙しいから自分で買えって」
「僕の家と同じだね」
簡単な話し合いの結果、全員学食に行くことになった。学食を利用している生徒はそれなりに多く、満席ではないが大体埋まってしまっていた。食券を先に買って、カウンターにいるオバサンたちに渡して交換する制度だった。
宗谷たちは自分で作ると時間がかかりそうなもの、食べたことのないようなものを頼もうとした。そこで目に留まったものはカツ丼。惣菜としてカツを買ってくれば簡単に作れるが、作ることを考えると面倒なメニューだ。
一人暮らしで揚げ物というのは油の処理が大変なのだ。それと、大きな鍋もない。
メニューを受け取って周りを見渡すと、先にメニューが来た円と源氏が席を取ってくれていた。セルフサービスの水付き。
「夏目君。放課後にある部活動見学、どこに行くか決めてる?」
「部活動入らないって決めてる人間も見に行かないといけないのか?」
「そういう人は別に行かなくてもいいだろうけど……。見てみたら変わるかもよ?」
「放課後と休日は忙しいから」
いつ仕事が入るかわからない宗谷たちにとって放課後と休日に束縛される部活動に入ることはできない。
「そっか……。僕は文化部見てみようと思ってるんだ。源ちゃんは?また剣道部に入るの?」
「剣道はもうやらない。女子に臭いって言われるの、かなりへこむんだぜ……。実際防具臭いしな。適当に見て回るつもり」
「その前にお前は英語の勉強しろ」
「うっ……。英語以外も、ひどかったんだよな……」
教室に戻ってから円はずっと源氏の英語を見ていた。付け焼刃ではあるが、やらないよりはましだ。
チャイムが鳴った後、英語のテストが始まった。入試の時も思ったが、日本の英語はおかしい。十五年英国で暮らしていた宗谷たちでも知らない単語がそれなりにあった。
―――
テストの次の時間、六時限目はクラス役員及び委員会を決める時間だった。まずクラス委員を男女一人ずつ選出して、その他の役職を決めていった。クラス役員及び委員会は全員がならなければいけないらしく、一番仕事のない簡単そうな役職を二人で話し合った。
クラス委員は男子が知らない奴。クラスの中で知らない奴の方が多い。女子は西山彩音がなった。この二人には同じ感想が浮かんだ。一番忙しい役職になるなんて物好きだな、と。
その次に決まったのがクラスの書記と会計。書記に小鳥遊瑠花がなり、会計は知らない女子。円と源氏は進路係という、進路関係の書類を運ぶ係りになった。
宗谷たちは結局学習係という役職になった。進路係と大差なく、学習関係の書類を運ぶ係り。これは一人で担当することになった。
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