第6話 1 母の故郷へ
美也たちは目的の病院に着いたが、どうやって患者に会いに行けばいいのかわからなかった。学校の名前も患者の名前もわからない。最近倒れた女生徒たちに会わせてくれなど言っても無駄だとわかっている。怪しまれるだけだ。
受付の前に来てはいるものの、どうすればいいのかわからず立ち尽くしていた。そもそも面会ができるかも怪しかった。
そんな時に深緑色のスーツを着た老人が受付に近付き、こう言った。
「ミトラ学園の理事長です。今日も一人襲われたと聞いて来たのですが……」
「あ、はい。彼女なら意識があると聞いています。それに犯人も捕まったそうです」
「そうですか……。部屋は?」
「五○六室です」
老人は受付の女性にお礼を言って階段を上っていった。部屋の番号はわかったが、用事があるのはさっき助けた少女ではない。
(―どうする?)
(もちろんあの爺さんを追う。言ってやりたいこともあるからな)
階段を上って三階に着くと、さっきの老人が待っていた。美也たちが睨むと、老人は小さく頭を下げてきた。
「助かった。君が犯人を捕まえてくれて助かったよ」
「……あんたの学校にも魔術師はいるだろ?どうして自分たちで動かなかった?」
「あの犯人がイギリスの手の者だったからだ」
その言葉の意味がわからなかった。理解するのに二人とも時間を必要とした。
「……ちょっと待て。あいつは野良の魔術師だろ?所属を表す模様なんて何もなかった。ただの星しか描かれていなかったぞ?」
「所属はしていないさ。雇われていた。雇ったのが君たちイギリス。それがわかったから我々は手が出せなかった」
「魔術による抗争を防ぐためか」
老人は本当に小さくうなずいた。理由はどんなに小さくても、所属の違う魔術師同士が争っていたら組織同士の争いに発展する場合がある。どちらに問題があるとしても、抗争に発展してしまったら多くの人間が犠牲になる。魔術師も一般人も関係なく。
「証拠を握ってるなら、それを提示すれば魔術談合の時に糾弾できる。あんたたちに非はないと証明できる」
「敵の魔術鳩から得た情報でね。それも消えてしまったから証拠がないのだ。復元もできない。紙による証拠もない。イギリスを糾弾できる材料がないのだ」
魔術師がよくやる手段だった。消えてしまった魔術を復元させる方法はない。情報さえ伝達してしまえば消える魔術鳩なら犯罪行為は証拠がなくなる。魔術による犯罪行為がなくならない原因の一つだ。
「イギリスがあんたたちと戦争したがってるってことか?」
「我々はそう考えた。まぁ、戦争促進派なんてどの組織にもいる。エデンへの鍵を誰が持っているのかわからないのだからね」
「……ははっ!まただよ。エデンエデンエデン!誰も見たことのない魔術の楽園だ?……そんなあるかもわからないもののためにどんだけの人間を犠牲にしてきた?そんな犠牲まで出して、その楽園とやらは見付かったのかよ?」
馬鹿馬鹿しい。
見たことのない場所。
どこにあるのかもわからない場所。
そこに行けるはずの、どんなものかわからない鍵。
わからないことだらけなのに存在していることだけを信じて戦う魔術師。
「見付かってないな。もちろん鍵も。ただエデンが存在していると考えた方が納得のいく事柄もある」
「未知の何かでいいだろ?全部に答えなんてあるわけはない。答えがある方が少ない」
「至極ご最もだ。私も信じてなどいないよ。ただ、それを信じて争う輩がいる」
目の前の老人も争うのが嫌で、拒み続けた。その結果として今がある。どこの組織でも抗争は起こっていない。
「その抗争を防ぐために自分の生徒を犠牲にしてたんだろ?……もしオレが何もしなかったら、どうしていたんだ?」
「その可能性はなくなったんだ。話す必要はないと思うが?」
「……被害が大きくなりすぎたら、正当防衛にするしかなかっただろ?結果として抗争になってたぞ?」
美也の解答にも質問にも老人は答えない。ただ無言を貫くだけ。
「生徒が一人でも襲われた時点で正当防衛でも良かったはずだ。それがたとえどこかの組織の傘下の人間であったとしても。やらなかったのは、イギリスの尻尾を掴むためだったんじゃないか?」
「それは、何故?」
「この日本はどこの魔術組織も領土を手に入れてない。ある意味中立国なんだ。そこで魔術の問題が起これば、起こした人間の属している組織は手に入れる権利を失う。イギリスのせいだと露見したら、イギリスは日本から出ていかないといけない」
日本で産まれた魔術師自体は少ないが、魔術的な土地としては十分貴重である。都市部は建物が建ちすぎていてそうでもないが、都市部から離れれば自然が多く、山や川が残っているのは大きい利点だ。そういった自然が魔術に作用し、普段より強力な魔術を使えるようになる。
「日本を手に入れられれば、無所属の魔術師を配下にできる。人数が増えて、困ることは少ない。それにこの国にはおそらく、見付かっていない神器がある。エデンへの鍵かもしれない神器が」
エクスカリバー、ケリュケイオン、ミョルニル、キャリバーン等。神話に出てくる様々な武器。それは一概に魔術で作られたものだ。それを英雄と呼ばれる者が見つけ、使った。だからこそエデンに続く鍵だとされている。
「神器は実際にあるから、存在は信じているよ。エデンへ行くための鍵、なんていうことは信じていないがね」
「武器として使っても優秀だ。それは神話が語ってる。……あんたは組織の上層部から日本を傘下に置くことを命令されているんじゃないか?」
「正解だ。……冷たい人間だと思ってくれて構わないよ。命令のために、生徒たちを見殺しにしてきた。……状況を打開してくれて助かった。ありがとう」
老人はもう一度頭を下げてきた。この老人がやってきたことはただの他力本願だ。自分たちの組織の利益のために時間稼ぎ。関係のない一般人を見殺しにしてでも守ったもの。抗争が起こるよりはましだったのかもしれないが、抗争が起こる可能性自体は高かった。
「最後に一つだけ聞いていいか?狙われていたのは誰なんだ?女子生徒しか狙われていないってことは、誰か狙いがいたんだろ?それか、あいつの趣味か?」
「狙われていたのは私の孫娘さ。今年で中等部の二年になった」
「ああ、人質には最も適してるな」
身内の人間を人質に取られて、どちらかを選ばなくてはならないというのは人間の心理的に厳しい選択だ。事実美也たちも家族を人質に取られているから、イギリスの組織に属している。
「君は他にも被害に遭った子を助けようと思ってここまで来たのだろう?それは私がやる。……良ければ名前を教えてくれないか?」
「……夏目宗谷。あんたは?」
「桜ヶ丘昌也。本当にありがとう」
三度目のお礼を言って、桜ヶ丘は階段を上っていった。病院に来た目的がなくなってしまったので、美也たちは大人しく家に帰ることにした。
家に帰ってから美也はピアノを弾いた。防音対策はされているので、心置きなく弾いた。
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