第4話 1 母の故郷へ
ちょうど飛鳥が司会に呼ばれて返事した頃、ショッピングセンターの周りを歩いていた十代後半の男が、赤い制服を着た女生徒を見付けた。男の口角は見事に吊り上がり、目は輝いていた。狩猟者が獲物を見付けた時の瞳だ。
「登校時間を逃しちまったから、朝は無理だと思ってたんだが今日の俺はツイてるぜ」
男は黒い手袋をつけた右手を挙げ、女生徒に魔術を使った。
使った魔術は幻術。女生徒に幻を見せて、誰も通らないような路地裏へと誘い込んだ。こうもビルの多い街だと、誰も通ろうとしない路地裏は無数に存在した。煙草や生ごみの腐臭が漂い、近寄る者は少ない。ビルの日陰になっているので、視覚的にも嫌気が差す。
一度に使える魔術は一つだけ。つまり幻術の魔術を使っていると、他の魔術を使うことはできない。ただし幻術を使ったまま他の人間にも見せることはできるし、効果が永続するものもある。顕著なのが誰かを傷付けるものだ。
この男が使っている重力系統の魔術も、一度対象にぶつけてしまえば効果は持続する。傷ができたら痛みがあり、適切な処理をしないと痛みが消えないのと同じだ。
「当たりか?外れか?今回はどうだろうな?」
幻術が解けた女生徒は自分の状況が呑み込めなかった。知らない場所で知らない男が目の前にいる。その男は満面の笑みで自分へと近付いてくる。
その女生徒は悲鳴を上げることすらできずに黒い塊を体に受け、その場に倒れ込んだ。
「さてと、生徒手帳……」
男は女生徒が持っていた手提げカバンから生徒手帳を探し始めた。その過程で財布を見付け、中身のお札は全部抜き取った。だが入っていたのは千円札が三枚。三千円。
「しけてんなぁ」
さらに探し続けてようやく見つけた。名前を確認して、捜していた人物ではなかったので肩を落とした。
「水谷恵美ちゃんね……。惜しいなぁ。中等部なことも二年生っていう学年も合ってるのに。今日も外れなんて、俺ってもしかしてツイてないんじゃね?」
「そうだな。俺に見付かるなんてツイてないよ、お前」
後ろから知らない声が聞こえてきて、さっきの女生徒の時のように驚いた。この路地裏は路地裏の中でも奥の方にあり、通り抜けも出来ないのでほぼ人が通らない。いたとしても不良グループだけだ。
男が振り返ると、金髪に学生服の男が立っていた。学校をサボった不良だと認識して肩を撫でおろした。ただの不良に負ける道理はない。
「あ?何だよ。これから警察に通報しようって魂胆か?やれるもんならやってみろよ。そうしたらお前もこの女のようになるぞ?」
「ならない」
「正義ぶった学生君だねえ。一般人が俺に勝てるわけないんだよ」
そう言った途端、男は腹を抱えて笑い始めた。その間に宗谷たちは右手の包帯を解いた。そして右手の甲を見せつけるようにした。そこにあるものを見て、男の笑い声は消えた。
「……お前も?」
「魔術師だ。魔術を使った悪事もここまでだよ。……開け」
包帯をしまう代わりに出した小さな木を大きくし、そこから刀を抜いた。相手は丸腰であり、魔術さえなんとかすればどうということない相手だった。
「……たしかに、ツイてねえな」
そうは言いつつも、魔術を使い攻撃してきた。やはり重力系の魔術で、黒い塊が飛んできた。避けて路地裏を出た先にいる人間に当たるのを懸念して、宗谷たちは全部消滅させた。風の魔術を当てて、相殺させていった。
途中で倒れている女生徒を助けるために突っ込み、魔術は全て刀を使って消した。ただの刀に魔術が消されたのが不思議だったのか、少しの間魔術による攻撃が止んだ。その間に女生徒を抱え上げ、後ろへ下がって寝かせた。
女生徒を助けた頃にはさすがに正気に戻っていたのか、魔術が再び襲って来た。代わり映えのない重力系統の魔術。宗谷たちも同じく風の魔術で対応した。今度は相殺させたわけではなく、重力の魔術を打ち破って風の魔術が男を襲った。
間一髪のところで男には避けられたが、相手の魔術の質は決して高くなかった。取るに足らない相手だと思い、一気に攻め込もうと思ったが宗谷を頭痛が襲った。
「ッ!」
(―まさか、時間か⁉)
頭の痛みに耐えるために攻撃の手を休めてしまった。その時間は相手に反撃の準備を整えさせるには十分で、黒い塊が五つ飛んできた。
避ければ女生徒に当たってしまう。だから刀で防ごうとしたが、一つだけ腹部に直撃してしまった。当たってすぐ重力による圧迫が襲って来て、頭の痛みと相まって吐き気までしてきた。
時間というのは一人が主人格としていられる時間のこと。大体の周期は宗谷が二日、美也が一日だった。
だがその周期は魔術を使うことで変動し、使えば使うほど短くなる。
今日がタイムリミットであったために、魔術を使い限界に達してしまったということだ。それを知らせるのが頭痛と吐き気であり、主人格を入れ替えない限り、頭痛も吐き気も収まることはない。
(―代わるぞ、宗谷!)
「ま、待て……!」
宗谷の制止も虚しく、二人は代わった。今の主人格は美也であり、今までの美也のように体の内側にはいるが外の人間と関われない状態が宗谷。
このことで変わった大きな点は右手の甲。宗谷の時は星の周りを囲むように円があったのだが、主人格が美也に代わって円が消えた。ただ星が描かれているだけになったのだ。
「急に動きが遅くなったな!さっきまでの威勢はどうした!」
続けて男は魔術を使う。だが、そんなものは美也が一瞬で消した。その行動に男は顔の変化を隠せなかった。
美也は一切動くことなく、魔術を消し去った。
刀を振るうこともなく、魔術を使う素振りもなく、ただ立ち上がっただけ。それなのに何の予兆もなく魔術が消えた。本人の目の前で触れる前に跡形もなく消え去った。
魔術同士で消すということはできるが、基本的にはそれ以外で魔術を消すということはできない。さっき、宗谷が持っていた刀で消したこと自体にも驚きを隠せないのに、それすらもせずに美也は消したのだ。
「どうした?終わりか?」
「な、わけ……!」
正体はわからずとも、逃げるために男は目の前の男を倒さなければならなかった。男にできることは魔術しかないのだ。
黒い魔術は美也たち目掛けて一直線に飛んできたが、今度は風の魔術で消し去った。男にさっきの事象は理解できなかったが、また風の魔術を使ってきたということは、何度も使えないことを裏付けることだと悟った。
「さっきと変わらないな!ずっとこうするつもりかよ!」
「時間かけるつもりはねぇよ」
「風の魔術しか使わない奴が……」
男は言葉の途中で吹っ飛んでいた。顔面に泥の塊でできた拳を受けていた。完全に不意を突かれたのか、たった一発で男は気絶していた。殺すことはしたくなく、大怪我もさせたくないので、ある程度の手加減はした。
「風しか使わない魔術師がいるわけねぇだろ。系統に頼るしかないなんて、野良の魔術師は不憫だな」
相手の男は魔術師を相手にするのは初めてだったらしい。戦っている時に相手に話しかける時は大体騙し討ちのためか、相手を説得する時である。
今回は相手が無知で隙が大きかったからすぐに終わらせることができた。きちんと魔術を誰かから教わっていれば、系統に頼らずに戦うことなどいくらでもできる。それこそ魔術が均衡している時に決定打となるのは武器だ。
美也が使ったのは土の魔術。正確には泥だが、風の魔術しか使ってこないと思い込んでいた男にとっては予想外すぎて一発で倒れてしまった。
「お前もこうやって倒せば良かったのに。つうか、あいつの魔術レベル低かったから最初の風で決められたんじゃねぇの?」
(―周りに配慮したんだよ。ここは全部隠蔽してくれる場所じゃない。……やるべきこと、やれよ)
「はいよ」
倒れた男に触れるために近付いてヤクザのようにしゃがみ込み、右手に触れてみた。それで確証を持ち、右手の手袋を外した。そこから出てきたのは青い線で描かれた星。美也と同じく、星の周りに何も描かれていない。
「ほら、やっぱり青だぜ?」
(―もう関係なくなるだろ?)
美也は持っていた刀を男の星の中心に向けた。刃先は全くずれておらず、振動もしていない。そのまま美也は刀を刺した。それでも男は目を覚まさず、その代わりに右手から小さな光が現れ、刀を包んだ後に消えた。
光が消えたのを確認してから美也は刀を抜いた。そこから血は流れておらず、刀が刺さった痕もない。青い線で描かれていた星が消えただけ。
「あとは……あの子の魔術もか」
男に襲われた女の子にも同じようにしゃがみ込んで、今度は魔術を当てられたであろう腹部を触った。まだ圧迫されているようで、それは美也が魔術を使うことで消し去った。重力操作によって圧迫されているなら、重力操作の魔術を使って相殺すればいい。
(―警察と救急車も呼ばないとな)
「あー、そうか……。今までと随分勝手が違うな」
ポケットから携帯電話を出し、それぞれに連絡をした。理由は適当を言って、とりあえずごまかしておいた。魔術の話をしても通じないのと、その証拠は男からは消えてしまったからだ。
また、警察と救急車を待っている間に千葉県警長に連絡をした。あくまで魔術のことはその時が来るまで一般人には公表しないことになっている。美也たちが警察に追及されないように念を押しておいた。
美也たちと飛鳥は今日本のほぼ全ての権力を掌握していると言っても過言ではなかった。魔術という存在を秘匿するための処理なのだが、ただの十代が日本の中だけとはいえありとあらゆる権利を持っているというのは過剰すぎる。
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