第2話 1 母の故郷へ
日本の東京都内にある首相官邸。政治家やマスコミ、その他招待された人しか原則入ることができない場所。
その首相官邸の一室に現総理大臣が豪華な革製の椅子に座り、肘を目の前のテーブルに乗せて微笑んでいた。
彼の目の前には金髪碧眼の十代半ばの少年が一人、茶髪で茶色の瞳をして、眼鏡をかけた十代半ばの少年が立っていた。茶髪の少年の方が若干背は高く、二人は黒いスーツで身を固めていた。手には二人とも白い手袋をしていた。
金髪の少年の方は着こなせているが、茶髪の少年は着させられているという印象がある。
総理大臣は二人が目の前にいるのが嬉しいのか、歓迎するように口を開いた。
「ありがたいよ、君たちが来てくれて。これで日本も魔術的な接点が各国と持てた。魔術先進国にも後れを取らなくても済みそうだ」
「日本は魔術についてはほぼ無知ですからね。我々若輩者ではありますが、女王の命に従い、この国に尽くさせてもらいます」
茶髪の少年がそう言いながら頭を軽く下げると、隣の金髪の少年も続いておじぎした。金髪の少年は嫌々やっているようで、真面目に頭を下げているようには見えない。
総理大臣は何故か笑っていて、二人が頭を上げると茶髪の少年を見た後に金髪の少年の方をじっと見つめた。
態度に出ていたかと金髪の少年は一応心配したが、次の言葉でその考えは杞憂に終わる。
「若輩者とは言うが、君はナイトなのだろう?夏目宗谷君。女王から噂はかねがね聞いているよ。魔術の実戦経験も豊富だとか」
「……お褒めいただき、光栄です」
宗谷と呼ばれた少年の右耳には、チェスのナイトをかたどった銀色のイヤリングがついていた。茶髪の少年にもポーンをかたどった銀色のイヤリングが同じように右耳についている。
「イギリスにもナイトは十二人しかいないのだろう?それだけ強い人物が来てくれたなら、私は安心して任せられる。三年間の間、よろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
そう答えたのは茶髪の少年の方で、宗谷はやはり無言で頭を下げただけだった。その後二人は黒服の男に案内されて停まっていたリムジンに乗り込み、首相官邸をあとにした。
―――
「宗谷、もう少し愛想よくできないのか?」
「してどうする?魔術師がそもそもいない国で、魔術的要素を見付けたとしてもどうにもならない。ただのかねづる金蔓だよ」
宗谷と茶髪の少年、栗林飛鳥はリムジンの中で会話していた。二人を乗せたリムジンはただいま首都高を走り、湾岸線に乗って千葉県へ向かっている。
二人ともイギリス人であり、日本での仮住まいは千葉県にあるため向かっているのだ。栗林飛鳥は日本の中での彼の名前であり、本名ではない。
「たしかに政府に関わりのある魔術師がいないって、すごい話だよ。そんな国で魔術調査なんてやったって無駄なのもわかる。……メインの仕事は魔術師が関わっている事件の解決だろうな」
その言葉を聞いて宗谷は深いため息をついた。
要するに一般人では解決できない凶悪犯罪、魔術師にしか倒せない相手を捕まえるための協力をしろという話だ。魔術は現代科学ではどうしようもできないこともある。魔術には魔術を、というだけだ。
そもそも遥か古代から存在する魔術を二百年程度で確立できた科学でどうにかすると言うのが土台無理なのだ。使う魔術、科学にもよるが、質は遥かに魔術の方が高い。
科学は物がないと火すら起こせない。だが魔術は魔術師がいれば人間が考え付くある程度のことはできる。ただし、限度と制限はもちろんある。
「どうせ事件を起こしている奴なんて、野良の魔術師だろ?金だけが目当てなら政府に協力した方が手に入るのにな」
いくら日本という国が小さいからといって、日本の事件解決に送られてきたのがたった二人。片方はクイーンとキングの次であるナイトではあるが、もう一人は最弱であるポーン。戦力としては貧弱すぎる。
その上魔術に関わる物の調査までしなくてはならない。三年という期間であるとはいえ、なかなかにしんどい仕事である。毎日出かけて調査をすればいいのであれば一年もあれば終わりそうだが、二人は日本の高校に通わなくてはならない。調査に行くのは基本的に学校が休みであったり、半日の日だけなのだ。
「で?今怪しい事件はあるのか?」
「もちろんある。それこそ俺たちの住む街で。ある中高一貫校の女子生徒ばかりが襲われる事件だ。しかも襲われた人間が目を覚まさない。腹部に強い圧迫を受けている」
「はいはい。重力操作の魔術師だな。系統がわかればすぐだ。魔術を使えば感知できる。それで終わりだ」
系統とはその魔術師の得意とする分野のこと。その系統が得意であるというだけであり、別段他の魔術が使えないというわけではない。ただそれは個人にとっての自信であるため、系統を戦闘の時に多用する者が多い。
魔術師は魔術に敏感であるため、魔術が使われると感覚によって察知できる。その範囲は人によって様々だが、宗谷と飛鳥はそれなりに広い。今回選ばれた要因の一つだ。
「で?襲われる原因は何だよ?魔術絡みか?」
「おそらく。その学校が熱心なローマ教で、理事長は魔術師らしい」
「生徒を襲って脅してるってことか?」
「詳しいことはまるでわからない。女生徒だけ襲うっていうのも理由はさっぱりだ」
「あっそ」
宗谷は耳からイヤリングを外し、手袋も外した。右手の甲には緑の星が現れ、その星に沿うように円も描かれていた。
イヤリングと手袋はスラックスのポケットに突っ込み、あとは着くまで外の風景を見ることにした。ずっとビルのような高い建物が乱立していて、自然が少なく見ていて何も楽しくなかった。
―――
リムジンに乗ること一時間。千葉県の県庁所在地にほど近い街で一度止まった。首都圏ということもあり、ビルがたくさんあり、商業施設も栄えていた。お金さえあれば生活に困らないだろう。電車に乗れば東京まで乗り換えなしで行ける、アクセスも良い場所だった。
ひとまず自分の荷物だけ降ろし、中身を確認した後車のドアを閉めた。
「明日入学式だからな!ちゃんと来いよ!」
飛鳥がそう言ってからリムジンは発進した。宗谷だけこの場所で降ろされ、一人で暮らすマンションへと向かった。
最寄り駅まで徒歩三分ほどの場所にある十階建てのマンションで、そこの九階の一室が宗谷の部屋だった。まずは大家に鍵を貰わなければならないので、大家に渡す物を荷物から出しておいた。
大家から鍵を貰い、その代わりに用意しておいたものを渡しておいた。
現れたのが外人の容貌だったからか、まだ十代だったからかはわからないが、大家は驚いていた。どちらもかもしれない。またはスーツ姿だったからだ。
簡単な説明を受け、宗谷は早速部屋に行った。荷物は全て中に入っており、段ボールから取り出すだけだった。中は玄関を入ってすぐキッチンとトイレ、ユニットバスがあり、そこを抜けるとリビングがあった。
ベランダの近くにはピアノが置いてあり、大家の話だと調律は終えているそうだ。あとは寝室が一つと、物置部屋が一つ。
まずは届いた荷物の中身を確認し、スーツを脱いで普段着を着た。すぐに必要のない物は全て物置部屋に置き、必要のある物は全て使いやすい場所に置いた。
ある程度片し終わると、空が茜色に変わりかけていたので食材を買いに行くことにした。その前にご飯を炊くために米を研ぎ、炊飯器に任せた。リムジンに乗っている時にスーパーの場所は確認しておいたので、そこへと向かった。
買ってきた物は肉じゃがの材料となるものと、調味料各種。宗谷は母親が日本人なので、日本料理にはある程度精通していた。一人で食べる程度には料理もできるので、生活自体には困らなかった。
肉じゃがができる頃にはご飯も炊けていたので、さっさと食べて洗い物も済ませた。明日は入学式ということだったので、学校に行く準備をしなければならない。とはいえ、半日で終わるということだったので筆箱しかカバンには入れなかった。
それ以外にも入れたものがある。
小さい木。大きさはナイフ程度。これは宗谷にとってとても大事な物だ。体以外の、対魔術師用の武器。
(―宗谷。日本でもそれ、使えるのか?)
「使えるんじゃないか?土地自体は悪くない。ただ国の政治が魔術を知らなすぎるだけだ」
この部屋の中に夏目宗谷以外の人間はいない。透明人間がいるわけでもないのだが、宗谷は聞かれたことに答えた。そもそも、他の人間がいたとしても質問の声は誰にも聞こえない。そもそも音として確立していないのだ。
それもそのはずで、声は宗谷の内側から聞こえてきたものなのだ。ただそれは宗谷の心の声ではない。宗谷は自分で質問して自分で返すような人間ではない。
夏目美也。
宗谷の体にいるもう一人の人格。宗谷は人間だと認識している。
二人は自覚があった頃から一緒にいるし、いつから一緒なのかもわからない。
ただお互いをお互いとして認めている。周期があるが、体の主人格を交換している。
これはやらないと頭痛が止まらないからだ。
また二人でできることも異なる。宗谷は右利きで、美也は左利き寄りの両利き。宗谷は水泳ができるが、美也はクロールしかできない。その代わりクロールはそこそこ速い。宗谷は楽器が一切弾けないが、美也はピアノを弾くことができる。
この部屋にピアノがあるのも美也のためである。
魔術でいうのならば宗谷は系統があるが、美也には系統がない。魔術師としての腕は宗谷の方が上なのだ。だが肉弾戦となると、美也の方が圧倒的に強い。
魔術師同士で争う時に魔術しか使わないわけではなく、普通の人間のように武器を使う。飛鳥は銃を使うし、宗谷たちはこの小さな木だ。
「開け」
その言葉に反応し、小さな木は大きくなった。宗谷が先の方を持ち、木から何かを抜いた。それは鍔のない日本刀であり、刃こぼれは一切していなかった。これが二人の武器だ。
仕組み自体は魔術でできているのだが、誰がどうしてやったのかは知らない。祖父から受け継いだだけなのだ。
(―たしかに反応したな。安心したぜ)
「それは何より。閉じろ」
今度は元の小さなサイズに戻った。これを護身用としてカバンの中に入れ、これから始まるであろう戦いに備えた。
日本にいる以上助けは求められず、要請はいくらでもくる。飛鳥は戦力としては頼りなさ過ぎる。二人で何とかするしかないのだ。
(―学校ねぇ……)
「行かないといけない。別に生徒と関わらなくていいんだ。ただ行けばいい」
(―巻き込むだけだぞ?敵に弱み握られるだけだ。デメリットしかない)
団体行動を取るということにメリットもデメリットも存在するが、勉学のために学校に行くわけではないのならメリットはなくなる。たとえ三年一緒に過ごしたとしても、その後宗谷たちが日本に来ることは少なくなる。やることが英国でたくさん残っているからだ。
「……とりあえず、皆への手紙書くか。日本に着いたって。エアメールになるけど」
宗谷たちは携帯電話を持っていたが、家族に電話もメールもできなかった。ある人物によって禁止されている。手紙と、一年に一回の帰省だけが許されていた。その時以外は家族には会えない。
そういう組織に属しているのだ。
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