園への道標

@sakura-nene

第1話 プロローグ

 始まりの唄




 一人の女と一人の男がいた。


 その二人は同じ場所にいるわけではない。女は色とりどりの花が一面に咲いた花畑に座っているし、男は背の高い木がそれなりに立った森の中にいる。女がいる場所は明るく、何も不自由がないような生活が約束されているようだが、男は何も約束されることのない、暗い場所にいる。


 日差しをいっぱいに受けている場所と日差しが消えた場所にいる二人。


 二人がいる場所には「音」がなかった。自然に満ち溢れた場所のはずなのに、生き物の鳴き声も風の音すら聞こえてこなかった。二人も全く動かず、そこの場所は時間が止まっているようだった。


 場所も違えば、立場も異なる。そのはずなのに、二人は同じく空を見上げていた。二人の瞳に映る物は空の色。その空ですら、同じ物がない。見つめる先に何かの解答が書かれているわけでもなく、とりわけ見つめるような綺麗なものもない。それでも見つめる先は同じ。


 そんな二人の空間で初めて動きが起こった。ただ、口を開けただけ。たったそれだけの動きであるにも関わらず、水雫が水たまりに落ち、波紋を起こすようにその場所へ息吹を与えた。


 そして二人は、その動きの続きをした。


「「今度こそ……」」


 それが初めての「音」となり、この場に「音」を与えた。その「音」もすぐに消え、飽和していった。だがそれはきっかけには十分だ。


 女はそのまま空を見続け、男は顔を正面に戻して歩き始めた。女はそれ以上何かをするわけではなかった。男は目的地が決まっているのか、そこを目指して一心不乱に向かう。


 ここが二人の差異。女は待ち、男は進む。もちろん女は何もしてこなかったわけではない。それでも今は待つ。男はするべきことがわかっているから進む。待った先、進んだ先に何があるのか、ある程度二人はわかっている。だからこそ、二人は呟いた。


 今度こそ、と。















 もう一つの始まりの唄









 英国の片田舎にある日本風の家。周りには森と畑があるだけであり、他の家もないのでその空間だけを見れば違和感はなかった。英国にわざわざ日本風の家を建てるなんて、個人の趣味が露わになっていた。


 その家の中の一室。畳が八畳もある和室。部屋の中の装飾も急須やお盆、掛け軸や洋風とは言えない壺など、日本模様で埋め尽くされていた。その部屋の中に洋風な物など何もなく、ここだけを見るなら日本と言っても過言ではなかった。


 そんな和室には合わない人物が二人いた。金髪に白髪が少し交じった、年老いた男性が一人と、まだ三歳ほどの年齢である金髪の男の子。染めたような色ではなく鮮やかな金髪で、完全なる地毛である。さらに言えば二人とも綺麗な蒼い目をしていて、もちろんカラーコンタクトなどではない。二人の存在が、この場所を英国にしていた。


 二人は座布団の上に正座し、机を挟んで向かい合っている。部屋の横開きの扉はきちんと閉じてあり、この部屋の中には他の誰もいなかった。


 お爺さんの方が男の子の方へ右手を伸ばし、頭を撫でた。お爺さんの手の甲には星が赤い線で描かれており、男の子の右手の甲にも同じ星が緑色の線で描かれていた。


 撫でられたことで男の子は少しだけ笑みを浮かべ、なでなでをもう少しおねだりした。だがお爺さんは撫でることを止め、頭の上に手を置いたままだった。


「宗谷、今からお呪いをかけるからじっとしていなさい」


 お爺さんは流暢な日本語でそう言った。そのことに宗谷と呼ばれた男の子は驚くことはせず、その代わりに首を傾げて質問した。


「魔術じゃなくて?」


 男の子も日本語で聞いた。お爺さんは男の子の訂正を直すことはせず、自分の言葉を貫くために首を横に振った。


「ううん。お呪い。いつか分かる時が来るから」


 そう言い、お爺さんの手に描かれた星が光り始めた。その光は男の子を包み、すぐに消えてしまった。男の子の外見に変化はなく、男の子も終わったことに目を何度か瞬かせていた。


「宗谷、何か変わったことはあるかい?」


「……わからない」


「美也の方は?」


「……美也もわからないって」


「そうか。お母さんの所に戻っていいよ」


 男の子は、宗谷は立ち上がり、扉を開けて部屋から出ていった。そしてその後すぐに母親との笑い声が聞こえてきたのでお爺さんは小さく笑い、窓の外を眺めていた。


 そして、小さく口が開く。


「今度こそ……」


 それは呪詛のように庭へと熔けていき、そのままどこかの空へと昇っていったのかもしれない。


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