72話 未来のその後4
スルーズがアイテムストレージから腕を抜くと、それにつかまって、中から『ずるり』と人が出てきた。
それは確かにエイミーと同じく、犬のような垂れ耳が頭の左右に生えて、腰の後ろにはふさふさの尻尾がある、黒目で、金髪の獣人だった。
けれどそれは、今のエイミーからいったい何年後の姿なのだろう?
わからない。
エイミーは、十一歳のあの日から、なぜだか、全然体格が変わっていないのだった。
スルーズがどんどん大きくなって、『お人形のよう』と言われた可愛らしさは、どんどんと生気を帯びた美しさになって行く。
銀色の髪はどことなく野趣を帯びた跳ね方をして、緑色の大きな瞳は、無垢なだけではなくなっている。
体だって大きくなった。暮らしぶりのせいだろう、細身ではあるけれど、全身は力強く引き締まっている。
モンスターどもが王都に急襲したあの日から、そういう暮らしをしてきた。
子供のままではいられないだけの経験があって、時間が経っているのだ。
だというのにエイミーはそのままだ。
だから、わからない。
目の前のエイミーは確実にスルーズよりも大きかった。
身長が高く、体つきも起伏に富んでいた。
身にまとう真っ黒い、丈の長いローブは体に貼りつくようで、大人びたボディラインを隠す機能に乏しかったから、その成長ぶりがよくわかる。
一方で、表情はどこかぼんやりとして、ここにいるのにどこか遠くを見ているような、エイミーがいつも浮かべるようなものだった。
現れた『大人エイミー』に、スルーズはつい気圧されて、『今のエイミー』の手を握った。
もう一方の腕は『大人エイミー』がつかんだままだ。
二人のエイミーがスルーズと手を取り合ったまま、スルーズの方を見るという、なんとも奇妙な沈黙が、五秒ぐらいあった。
そして五秒ぐらいが経って、大人エイミーは急にハッとすると、背後にあったアイテムストレージの中に手を入れて、何かを取り出す。
それは、紙束だ。
その紙束を押し付けるようにスルーズによこす。
うっかり受け取ったスルーズが目にしたのは、こんな文字だった。
『これは、一人で読んで、内容を決してエイミーには告げないように』
そうしないと齟齬が出る、という小さな小さな注意書きが紙面の右下にあるのを、スルーズは視線で紙面を三度ぐらい往復したあと、ようやく気づいた。
誰の文字かはすぐわかった。
勇者――恋のために勇者と騙って、そしてどこかへと消えてしまった、彼の字だ。
特殊な生まれの彼が人生も半ばをすぎたあたりから学んだ字は、生まれつき文字を習う習慣のある貴族社会においては、珍しいものだった。
独特な癖がある、というのか。とにかく、他にはない、温かみみたいなものがある。
視線を上げれば、大人エイミーが次なる紙束をスルーズに差し出しているところだった。
スルーズは最初の紙束を腰に巻いたポーチにねじ込むと、次の紙束を受けとる。
そこには、こんな文章があった。
『世界をもとに戻す方法がある』
やっぱり文字を書いたのは、『勇者』のようだった。
『決断をしていただきたい』
『世界を滅ぼすか、救うかは』
『これを読んでいる、あなたしか、選べない』
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