69話 未来のその後1

 未来世界で人類がたどった命運について。


 勇者お披露目の日、勇者が消え去った。


 そこからは狙ったように魔物どもが襲来してきて、人類の領地は急速に滅ぼされ、いつしか地上で覇権を持つ者は人類ではなくなってしまった。


 最初のころは軍を擁する人類も抵抗できていたのだが、そもそも、人とモンスターとでは、モンスターの方が圧倒的に強い。

 一体のモンスターを軍隊で囲み、貴族・王族などの力ある者がその中で弱らされたモンスターにトドメを刺す、というのが通常の戦いかただ。


 モンスターに急激な、そして戦術的な襲撃をされてできることなど、少なかった。


 そして、軍隊は人類に確かな基盤がないと維持が難しい。

 大量の人員が軍事訓練だけできるような確かな食料基盤があり、武装をはじめとした様々な軍需品を生産できるだけのラインが維持できており、何より訓練により力を得た者たちが風紀を守ろうとするだけの『心の余裕』が必要だった。


 一致団結すべき時だから、一致団結するというほど、人類は純粋ではなかった。


 軍隊は瓦解し、いくつかの集団に分かれた。

 一つの大きなまとまりではなくなった軍団は一つひとつモンスターに滅ぼされて行った。


 追い詰められた時、再びの団結はあったけれど、それはすでに遅すぎた。


 そういった滅びが決定した流れの中で活躍した一団があった。


 もとより仲が良いことで知られた王族と、それに従う貴族たちの集団だ。


 最初期に活躍したのはソー王子率いる正規軍だったのは言うまでもない。

 この集団は王都に攻め入ったモンスターの集団に最後まで対応し、民が逃げ出す時間を稼ぎ、そして消滅した。


 逃げ出す民の背を守ったのは老いた元辺境伯で、何度かのモンスター撃退を経て、元辺境伯とそれを慕い同道した兵たちは最後の一人まで削り取られた。


 民たちは連なって辺境伯の領地を目指し、これを元辺境伯の孫であるアレクシスが率いた。


 辺境伯の領地には精強な兵が多いのだ。

 正規軍を失った彼らが頼る武力は、そこ以外に考えられなかった。


 残っているはずの王族や他の貴族もまた、分散してそれぞれの領地を目指した。

 これは単純に集団の和が乱れて割れただけではない。リスクの分散……『どれかの集団が滅びても、どれかの集団は生き残るだろう』という目論見があった。


 だけれど人類が『全員で力を合わせて生き残る』と『分裂してわずかでも生き残る』の二つの道から、分裂の方を選んだところには、各人の思惑がなかったわけではないだろう。


 そうやって細分化した集団のうち一つに、スルーズの率いるものがあった。


 この幼い王女は、主に贅沢品産業に従事していた者たちの心を集めた。


 宝飾品や高級衣類産業に従事していた者たちは、この追い詰められた状況下において、厄介者扱いされていた。

 もちろん彼らの技術は応用できる。だが、『王侯貴族に愛されて富を貪っていた』と見られる彼らは民からどこかよそもの扱いされ、かと言って王侯貴族のように力もないので、貴族側とも言えなかった。


 もともとこちらに顔が利いたスルーズが彼らを迎え入れて、コミュニティを形成し、スルーズ自身の持つ領地を目指したのだった。


 これにアレクシスは同行したがったが、辺境伯と顔つなぎができるということで、同行はできなかった。


 選択肢を与えられたエイミーは、スルーズの一団に加わった。

 ……『こんな時にいない勇者の娘だ』ということでエイミーを見る目もまた厳しかったのだ。

 また、彼女の声を発せないという症状に対し理解を示すほどの余裕が誰にもなく、その沈黙や無表情が、多くの人の心をささくれ立たせるばかりだった。


 スルーズのところには、このように逃亡生活を強いられる民たちのストレスをぶつけられる立場の者が多く、エイミーも似たような立ち位置だったせいか、この集団に助けを求めたのかもしれない。


 ……武力と呼べるのは、スルーズ自身と、この幼い王女に付き従ったわずかな兵のみだ。


 愛されていた末王女を守るほどの余力は誰にもなかった。


 誰もが『スルーズ王女殿下の一団は、真っ先に消え去るだろう』と思っていた。

 そして、概ねその通りになった。


 一月を待たずしてスルーズ王女率いる集団は、十分の一以下にすりつぶされた。


 それはモンスターのせいばかりではなく、先の見えない、そして『真っ先に消えるだろう』と目された集団に属しての逃亡生活のストレスによる自壊とも言えた。


 また、王族が強いのを理解はしていても、それとはまた違ったところから『成人もしてない箱入りのお嬢様に従う』という状況に対する不満も湧き上がったようだった。


 そんなことを言っている場合ではない、というのは誰もがわかっている。


 けれど、そんなことを言っている場合ではない時ほど、どうでもいいようなことに信念だとか生き様だとかいうテクスチャをひっかぶせて神格化し、それに殉じることを誇りとする悪癖が人類にはあったようだ。


 現実を直視せねばならない時ほど、人の精神は現実を直視できないようになっている。


 誰も悪くない状況ほど、すべての責任を被せた誰かを作り上げてこれに石を投げたい衝動は強く強く現れる。


 そうして集団は瓦解していった。

 ……あるいは、スルーズの率いる以外の集団も、このような内紛は起こったのかもしれないけれど、それを知ろうと行動するほどの余裕はもうなかった。


 気づけば地上にはモンスターがあふれていて、連中から身を隠しながら人々は生きざるを得ない。

 集団と集団の連絡は途絶えて、自分たち以外が絶滅してしまったのかもしれないという不安がたえず襲ってくる。

 眠れる時には眠るべきだとわかっていても、横になるたびに胸を押しつぶすような不安の塊が襲ってきて、呼吸もままならず、寝付けない。


 スルーズの率いる集団はほんの数人になってしまった。

 生き残ったのはスルーズと付き合いの深い者ばかりで、付き合いが深いからこそ、この幼い少女を最後まで信じて裏切らなかったのだった。


 スルーズ自身の領地にたどり着いた時、彼女とその供回りは、合わせて七人にまで減っていた。


 もはやただ生活することもままならない。

 領地があったところで、ここを運営していくことなどとてもできないような人数だった。


 備蓄食料を食いつぶして生きるだけが精一杯だったし、それでもいいという意見もあった。

 特に忠誠心にあつい者などは、スルーズの食べるものを増やすため、自決を選ぼうとすることもあった。


 壊れていく。


 世界が、人が。


 そんな中で、スルーズは新しい行動指針を打ち出した。


「この、モンスター世界規模侵攻の、原因を究明しましょう」


 今さらそんなことを知ったところで、どうにもならないだろう。

 そんなものは、後世の――『後世』があればの話だが――歴史家にでも任せるべきだ。


 けれど、スルーズの周りに最後まで残った者たちは、一人残らず賛成した。

 全員がこのままでは『ただ、死んでいくだけ』なのを理解していた。

 だから、何もせず生き延びるよりは、何か、意味がありそうなことをしたかったのだ。


 こうして、スルーズたちの冒険は始まる。


 未来に――過去につながる、大冒険が。

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