67話 閑話7

 彼女のもともとの性質といえば、わりと社交的な方だったらしい。


 こればっかりは彼女自身おどろいたことだ。


 なにせ、元いた世界で『穴』が見えている秘密を抱えていたころ、彼女は周囲と会話していてもなんとなく打ち解けられず、他者とは常に心の距離みたいなものを感じ、友情や愛情などを取り扱うドラマを見ては『まあ、自分には無縁だろうな』と思うような日々を過ごしていた。


 ところがこの世界で冒険者という職業は肌に合ったのか。

 あるいは、肌を合わせるしかなかったのか。


 冒険者をやっていくうちに仲間はできた。友人と呼べる存在も一人や二人ではない。


 特に長い時間を一緒に過ごしたのはムチワチニという、子供みたいな見た目のおばあさんだ。


 どうにもおばあさん属性を持つ者と相性がいいらしい。

 ムチワチニはひねくれていて、無気力で、それから友人だというふうに信頼すると会話の中で抜き取った情報を知らないところに売ってしまうというとんでもない人ではあったけれど、うまく付き合うことはなんとかできたし、楽しく付き合うことは余裕でできた。


 彼女はこのひねくれた老婆のことが好きだった。

 この世界に彼女の家族は当然いない。けれど、家族という言葉を投げかけられた時には、ムチワチニと、そして、あの魔女の少女のことを思い出した。


 それから、あと一人。


 こちらは家族というよりは近所の男の子という感じだ。

 どうにも異世界転移者らしい。


 色々と語り合いたいこともあったけれど、自分が異世界転移者であることは伏せるようにムチワチニにアドバイスされていた。

 老齢の、しかも情報を取り扱う彼女が無償でよこした忠告だ。従わないわけにはいかない。


 同じ世界から来たっぽい後輩くんと『元の世界トーク』ができないのはなかなかつらいものがあった。

 けれど『理由は言えないがとにかく異世界転移者だと明かすな』と日に三度も言われては忠告を忘れるいとまもない。


 酒が大好きなムチワチニをたらふく酔わせてどうにか聞き出したことによれば、以前、この世界で起こった『勇者騒ぎ』が関係しているらしい。

 それ以上のことは聞けなかった。


 ……ともあれ。


 家族という言葉を投げかけられた時に連想する二人のうち一人が、赤ん坊誘拐を──それも、赤ん坊の両親を殺してまでの強奪をしたというのだから、相談すべき相手はもう、ムチワチニ以外にいなかった。


「そいつは、まずいな」


 普段は軽薄で無気力なムチワチニが真剣な顔をする時、放たれる言葉には年齢相応の重みがあった。


 別に無法を許さないという正義感があるわけでもないこの老婆が『まずい』と言う時、それは、自分たちの身が危ないか、法だの国家だのさえ意に介さないほど大きな事態が進行しそうになっているか、どちらかだった。


 今回はどうにも後者かもしれないな、と予感する。


「まずい、そのうえ、手に余る。……国からの依頼が出るのを待つしかないねぇ」


 そう述べた一週間後ぐらいに、国から依頼が出てきたのだから大したものだ。


 特別なコネクションでもあるのかもしれないが、この老婆の過去には謎が多い。

 情報を扱うムチワチニは己の情報を安売りしないのだ。


 かくして国の依頼で赤ん坊を取り戻す作戦が発令され、彼女はそれに参加することとなった。

 ……なのだが、赤ん坊を取り返すのは真の目的ではなくって、むしろ、抹殺をすることになってしまった。


 それは、とても受け入れられることではない。


 彼女は元の世界特有の正義感から赤ん坊を助け、ある村に隠すこととなった。


 この選択が正しかったのか、間違っていたのか。


 それを見届ける前に彼女は死んでしまった。


 モンスター討伐の依頼を受けさせられて、その最中に命を落としたのだ。


 こうして魔王は生き残った。


 彼女の異世界の正義感に基づいた行動の結末は、じきに出ることだろう。

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