64話 気持ちの名
エイミーについて。
彼女がどこかで見つかったという報告は未だにない。
俺がエイミー捜索にあてている部隊はごくわずかなものだったけれど、キリコの方で、各地の神殿と連携して『市民の目線』での捜索は行ってくれているようだった。
その結果、どこにもいないことがわかった。
つまるところ、エイミーは俺が築き上げた文化圏に留まっている可能性が非常に低いということだ。
国家と呼べる土地の外か、蛮族と呼ばれる者の縄張りか、あるいは、もうこの世界、この時代にいないのか……
可能性を考え出せばキリがないけれど、とりあえず俺たちは『国外』にいるものとあたりをつけた。
なぜって、初代魔王は国の領土の外に出現したと古文書が示しているからだ。
そして国外にエイミーがいる、というところから考えていくと、ちょっと意味深なデータがある。
それは最近勢いを増してきたモンスターの流れだった。
モンスターの強さをある程度データベース化したところ、ある方向に行くほどモンスターが強くなっていくという傾向を分析できたのだ。
そこは俺の街から北東方向。
そのさきに、モンスターどもを発生させ、操っている源がいるだろう、という分析がとりあえずできた。
つまり、エイミーが本当に昨今の状況を引き起こしている主犯ならば、そちらの方にいるだろう、という予想ができるのだ。
……まあ、もちろん、エイミーはそんなことをする子じゃない! と叫びたい気持ちもあるのだけれど。
エイミーが魔王のスキルを使ってモンスターを操り、エイミーに近いほどモンスターが強くなるのだという前提でものを考えないと、手がかりはまたゼロに戻ってしまう。
俺たちはその可能性にかけた。
だから勇者はとりあえず北東方向に旅立ってもらうこととして、今は武器などの準備を行っているところだ。
俺とキリコは、その勇者歓待の間に、どうにか王位やらなんやらを後身に譲って、さっさと北東方向でエイミーを見つけよう、と計画中なのだった。
そして俺たちでエイミーを見つけて、救って、あるいは説き伏せて……どうにか助けて、『モンスターの大群に人類を襲わせる』などという蛮行を終わらせ――
俺が代わりに魔王を僭称し、勇者に俺自身を封印させる。
その功で勇者が王族の仲間入りが果たせるように準備はしておく。
まあ、『封印』については勇者がわにそんな力はないようなので、俺の仕込みで俺が勝手に封印されたように振る舞うだけなのだが、ともあれそういう手順を踏むことで、古文書は再現され、王家は勇者の血筋になるだろう、という見立てだ。
「綱渡りよね」
未来にあった王城を記憶の限りで再現した都合上、今の城にも『内緒話用の部屋』が存在した。
引き継ぎをだんだんと終えて行って暇ができた俺とキリコは、こうして悪巧みを相談する時にこの部屋を使うようになっている。
ワクワクしている場合じゃないのはわかっているが、この部屋で話していると、今より身軽だった頃に戻ったように思えて、心がなんとなく浮き立つのだ。
最近は何かを楽しむことにさえ遠慮がちになってしまっている。
立場があって責任があって、そして娘は失踪中の上、昨今のモンスター災害の首謀者かもしれない。とても素直に何かを楽しめる状況にはない。何より、俺自身が俺に楽しむことを許さない。
だからこそ、ちょっとでも舞台が必要だった。
心が沈み切って俺が俺を失わないように、ささやかな、けれど必死の抵抗、なのだった。
「私たちの議論はいつも可能性の上に成り立ってる空論よね。失敗して失うものが多くなるほどに、『本当にそれでいいのか?』が付き纏う」
「……まあ、だからさ。何度か言ってるとは思うけど、ここで、お前と別れたっていい。お互いにもう子供じゃないし、お互いにもう、立場もある。別々な人生を歩む礎が俺たちにはそれぞれあるんだから」
「次にそんなこと言ったら神の御許に召すわよ」
最近のキリコは表現が柔らかくなっているので、今のが『ぶっ殺すぞ』という意味の言葉だと理解するのに、一拍かかった。
「もうね、私たちは、好きだの嫌いだのじゃないのよ。運命的な出会いで、運命的な関係性だってはしゃいだ時期もあったけれど、さすがに二十歳を超えて権力を得てくると、考えも変わってくるわ」
「いや、だからここからは俺一人でやってもいいって話をしたんだけど」
「今はもう、あなたのスキャンダルが、私のスキャンダルになるの」
「……」
「あなたは計画の都合上、自分が王様だとバレないように魔王を名乗って勇者に封印されるつもりなんでしょうけど、万が一ばれた時の、累の及びようが今までの比じゃないのよね。私の立ち位置わかる? 『魔王の女』よ。人里でそれまで通りに聖女ができると思う?」
「いやあ、SNSもない時代だし、そんな最悪なことにはならないんじゃないかな……俺の顔写真を勇者がアップするわけじゃないだろうし」
「だからこそ英雄の言葉は重いのよ。世界からモンスター災害を取り除いた勇者が『魔王は国王だった』って言ったらみんな信じるわよ。あなただって、この時代の英雄が受ける恩恵を受けて王様になったんだから、わかるでしょう?」
確かに俺が王様までたどりつく過程を思い返せば、『ものすごく簡単に意見が通った』というのはあった気がする。
普通は意見を通すのに政治力やら根回し力やら(その二つは同一のものかもしれないが)が必要なのだろうが……
俺が王様になる過程で、そういったものを要求されたのは、最初も最初、点在していた集落の人たちを平原に招いていた時代にまで遡らないと見つからない。
それは俺の言葉が『英雄の言葉』だったからだろう、というのは、言われてみたら納得できる。
客観的事実というのが保証しにくいこの時代、発言は『何を言ったか』ではなく『誰が言ったか』というのが、俺の知る現代以上に尊重されるのだ。
「……まあお前の言ってることはわかるんだけどさ。それにしてはお前、止めないよな。エイミーを助けたいっていう俺の気持ちは、まだ共感しにくいものじゃないかなと感じてるんだけど」
「あの子との付き合いは長いけど、まあ、確かに、あなたほどの愛情があるかと言われると弱いわね。一緒に過ごしたし、仲良くしようと努力もしたけれど、あの子とは決定的なところで合わない部分があったから」
「まあ、だろうなと思ってさ」
「だからどちらかと言えば、私が救いたいのは、エイミーちゃんじゃなくてあなたの方ね」
「……」
「運命だなんてうそぶくには、ちょっと現実を見過ぎたけれど。あらゆることの動機を『恋』の一言で済ますには、私の心は冷たくなっているけれど……でもね、若い頃に、あなたとの運命を信じて、愛情を原動力に活動してきた事実は変わらないのよ。こうなったらもう意地がある。あなたに賭けて、あなたと過ごした意地がね」
「……そっか」
「惰性だけれど、純粋な気持ちだと自負してるわ。あなたがうっかり手を取ったのは、とんでもない面倒くさがりで、新しい依存先も見つけられないとっておきのコミュ障なのよ。ざまあみなさい。死ぬまで離してやらないんだから」
「……俺は、年々愛が深まってる気がするよ」
「召すわね」
「お前のノリ変わらないよなあ!?」
「ごめんなさい、びっくりして。……だってあなた、そんなこと言わないじゃない」
「まだ三十代だけれど、忙しさのせいか、心労のせいか、白髪が増え始めたんだ。顔にも老いが出てきて、きっと俺は五十か六十で死ぬんだろうなっていうのが冗談でもなく予感してる」
「……」
「でも、おかげで、大事なことを言わないと、永遠に言いそびれる実感がようやく湧いてきた」
「……そう」
「最初は気になる女子って感じだったよ。高校で、お前の秘密を知って、付き合いが増えてからは、『ひょっとしてこいつ、俺のこと好きなんじゃないか』って、わりと頻繁に思ってた」
「あなた、意外と男子だったのね……」
「この世界で再会した後は、美人だし尽くしてくれるしっていうので、なんとなく一緒にいた」
「ぶっちゃけたわね」
「愛だの恋だのはわかんないからさ。……でもまあ、こうやってここまで来て、他の選択肢がなかったおかげもあって、お前は俺から離れなくって。王様になって、いろんな人間関係を見て……隣にいたのがお前で良かったと、本当に思ったんだよ」
「……」
「だから多分、俺たちは恋愛をしてたんだと思う。ロマンチックなことが全然なかったけど、俺たちは相棒で、俺からお前への信頼を、愛情と呼ぶのに、もうためらいは全然ないよ」
「そうなると私の方がちょっと自信なくなってくるわね。だって私は惰性だって言い切っちゃったし」
「愛って言葉の意味するところは本当に広くて、人それぞれに答えがあると思う。俺は自分の気持ちを愛だって呼ぶのがしっくり来た。お前の方も、しっくりくる呼び名を探してみてくれよ」
「あなたが死ぬまでには頑張るわ」
「死んだ後だっていい。お前が生きてるうちなら」
「……ここで『死ぬときは一緒よ』とか言えたら綺麗よね」
「そうかもな。でも、綺麗じゃなくても生きててほしいよ。年老いてしまった俺よりも、長く先まで」
「もう、古文書再現で未来に戻るとか、本当はどうでもいいのよね」
「急にどうした?」
「あなたがやるから、付き合ってるだけ。惰性でね。……まあ、だから、一切のしがらみから離れて、人のいない場所で静かに過ごしたくなったら、付き合うから言ってちょうだい。やっぱり私にはあなただけだから。それ以外は、世界まで含めても、どうなったって関係ないわ」
それは俺の語る愛よりも、よほど深く強い情念で……
全然惰性なんかじゃないと思ったけれど、言葉にするのは、やめておいた。
もう、付き合いも長い。
また照れ隠しで『召すわよ』とか言われるのが、わかり切っていた。
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