63話 謁見(王側)

 俺にステータスは見えないのだが、そいつが『勇者』であることは一発で理解できた。


 もはや懐かしい未来の話だ。


 俺が勇者であると偽装していたその世界において、仲間として共に旅立つ候補であった人がいた。


 そこにおいて紛れもなく貴重な『信頼に足る仲間』の一人と頼りにしていた人に……

 ふわふわした金色の髪をもつ少年……

 勇者は、アレクシス様に、そっくりなのだった。


「……」


 謁見の場を手配したはいいものの、特にコメントも考えていなかった……

 いや、考えていたコメントが飛んでしまった俺は、目の前でひざまづく少年を見て、それから、目だけ動かして玉座の左に立つ女を見た。


 キリコがそこにはいかにも聖女というような、気高い様子で佇んでいる。

 やや顎を上げた状態でどこか遠くを見ているその面構えは、俺がしていたら『なにぼーっとしてるんだコイツ』って感じなのだが、キリコがしてるとムカつくぐらい聖性を感じさせた。


 さて、俺は、『勇者』がステータス的に勇者たるものだという話は聞いていたのだが、ここまでアレクシス様に似ているとは全然聞いてない。


 キリコも何らかの事情で容姿の確認をしていなかった、みたいな話ではないだろう。

 だって俺が視線を向けた時に、一瞬笑ったもん、あいつ。


「陛下、勇者がお言葉を欲しておりますよ」


 聖女はいけしゃあしゃあとそんなことを言った。


 お前覚えてえろよ――なんて思いながら、この、さほど小さくないサプライズを通しての、気安い絡みにちょっと嬉しくなる自分を発見してしまう。


 俺自身の思想はどうあれ、王というものは接する相手に緊張を強いる。

 法整備をしているし、俺は出身もあってここを法治国家であるつもりでいるのだけれど、やっぱり黎明期の国家特有の、王の権力の大きさみたいなものはある。


 そうなってくるといかに頼っている部下でも俺の勘気を被るのを避けるような保身というか、遠慮というか、距離感が、透けて見えてしまう。

 まああんまりにも気安く接せられるのも、それはそれでもとのコミュ力の低さのせいで『何だろうこの人は』と思ってしまうので、このへんが難しいところでもあるのだが……


 こうやって『いたずら』をされることにより、俺はキリコとの間にある絆を実感できて、少し、嬉しい。


 ……結局のところ、俺の精神は案外すり減っていたのだろう。


 エイミー失踪にさほどざわめいていないように感じられた自身の心は、見えない場所で疲弊していた。

 今回のいたずらは、久々の癒される出来事として、俺の緊張をちょっとやりすぎなぐらいほぐす役に立ったというわけだった。


 さて、懐かしいアレクシス様のご尊顔ではあるのだが、目の前にかしずく者は、アレクシス様その人ではない。


「名は?」


 手順がすっぽ抜けてしまった俺は、相手に顔を上げさせる前にたずねてしまった。


 一瞬、ビクッとした気配があったあと、アレクシス様にそっくりな少年は、かたい声で応じた。


「シグルドと申します」


 さて、もしも『勇者』の血筋を王族にするのが正史であれば、彼をこれから王族にすえねばならない。

 しかし勇者は『命と引き換えに魔王を封印する者』であり、もしも血筋を残すならば、それは、旅立つ前ということになる。


 しかし俺には彼にあてがえるような娘はいない。


 それらの状況を考えてみれば、多分、そういうことになるんだろうなあ、という『未来予想図』があった。


 アレクシス様にそっくりな彼を見て、彼の名を聞いて、何となく今後の未来の予想もできたことだし、事前に立てていた流れ以外はありえないと確信めいたものもできた。


 だから用意してた通りの命令を、勇者に降すことにする。


「勇者よ。そなたはこれより、魔王討伐の旅に出るのだ」


 勇者が拝命して、謁見の間に集った面々から称賛の声が上がる。


 俺はようやく、俺の立ち位置が定まったのを確信した。


 多分、一年か二年ぐらい先の話になると思うけれど――

 俺は魔王として名乗りを上げると思う。


 そこに行くのはもちろんいくつかの分岐の先になって、全然違う未来もありうるかもしれない。

 けれどルートの一つとしての『魔王僭称』が、かなり現実味を帯びてきたように感じられるのは、確かだった。

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