57話 方針

 ゆったりとゆったりと、エイミーの報告はかたちになっていった。


 俺たちが消え去ったあの日、世界がまるっと変わってしまったこと。


 そして、どうにか生き延びた人類が、苦難の道を歩みながら、ゆったりと滅びていったこと。


 その、五年の記録。


「……」


 五年もの時間が経っていると言われて、つい、まじまじとエイミーを見てしまう。


 エイミーの肉体は、どう見たって、一年か二年ぐらいの成長しかしていなかった。

 キリコの言うように、俺と離れた当時のエイミーが本当に十歳だったとして、そこから五年……

 成長にはもちろん個人差がある。高校生の時分、女子の中に身長百五十センチぐらいのやつがいなかったわけじゃない。


 けれど、エイミーの体の成長のなさには、なんだか、違和感を覚えた。


『最後に、スルーズさまから、伝言を』


 机の上で報告を記すエイミーは、疲弊しきった顔で、俺を見上げた。

 やはり表情はないし、記憶や意思を他者に伝わりやすいかたちにまとめる行為は、彼女にとってとてつもない労力がかかるようだった。


 今にも倒れそうだけれど、彼女の筆には、『ここまでは一気に書ききってしまいたい』という、動かし難い熱意のようなものを感じた。


『聖女は、古文書をすべて読んだと聞いています』


 不意に紙面に自分が現れて、キリコは無表情のまま、片眉を上げた。


 俺たちは机に向かうエイミーの背中越しに、紙をのぞきこむように身を乗り出した。


『行動をそれと照らし合わせて。彼女を送った術まで含めて、すべては神殿に伝わっていた技法だったから。きっと、この事態はどこかの時代に想定されていたはず』


 と、そこで、筆は止まった。


 エイミーは『これで終わり』とでも言うように俺たちに向き直って、それから、崩れ落ちるように意識を失った。


 俺はエイミーを支えてベッドに横たえ、それから、キリコを見る。


「気になることのいくつかが書かれていないのよね」


 すでに穴が空くほど読み返したエイミーによる報告書を思い返すかのように、目を閉じて言った。


「うーん、でも、なるほど。王女殿下のおっしゃりたいことは、なんとなくわかったわ」


「本当か? 俺はさっぱりだよ。っていうか、まだまだ事態に頭が追いつけてない。……手に余るとはまさにこのことだ。世界が滅んだとか言われても困る。いや、困ってる場合じゃないんだけど、困るしかない」


「困ってる場合だから安心していいわよ」


「困ればいいのか安心すればいいのか」


「ここからまたちょっと書き物のフェーズに入るから、それまでは行動できなさそうだし。まあ、そっちは私の仕事だから、遅くても明後日には終わらせるわ。それが終わったら人探しをしましょう。最低三人は見つかるはずだし」


「順を追って説明してくれ。たぶん、俺が知らない情報がある」


「『書き物のフェーズ』というのは、私が、読んだ古文書を、記憶の限り文字に起こすフェーズ、ということね。それが私たちの、行動の指針になる」


「……」


「そしてこれから確実にするべき行動というのは、仲間探しね。歴史をなぞるなら、あなたは、三人の仲間を得るはず。そうして旅が始まるのよ」


「ちょっと待ってくれ。……だんだんわかってきた。でも、それは」


 それは。

 聖女にみとめられ、三人の仲間とともに旅したという、それは。


 最終的に、魔王を命懸けで封印することになるはずの、それは。


「勇者」


 キリコはあっさりと言い放った。


 それどころか、絶句する俺の逃げ道をふさぐように、言葉を重ねる。


「どうやらあなたは本物の勇者として、これから世界を救うみたいよ」

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