55話 魔王

 エイミーからゆっくりと話を聞くことになった。


 やはり彼女は一言しゃべるごとに絶大な気力を必要とするようで、声で語ってもらうには、かなりの時間が必要そうだった。


 幸いにも紙とペンは俺が用意できるものだから、そちらで筆談してもらうことになる。


 ところがこれにもなかなか問題があった。


 今まで俺は、エイミーのことを『勉強が嫌いな子』というような、単純な見方をしていた。

 俺だって勉強が嫌いだったからだ。というよりも、『勉強というのは子供に嫌われるもの』という、以前にいた世界での常識みたいなものが、抜けていなかったのだろう。


 エイミーは別に、勉強が嫌いではなかった。


 ただ、言葉を記すのがつらかっただけだ。


 どうにも彼女の症状は、『言葉を話すと気力を消耗する』ではなく、『意思を言語に直そうとすると常人からは想像もつかないほど疲弊する』というもののようだった。


 表情を変えない、言葉を発さない、というのは、バラバラの原因を持つものではなくって、ともに、『意思の明確な発露が難しい』という、同じ根っこにある問題だったのだ。


 だから、エイミーから、未来世界(暫定)の状況を聞くのには、彼女の快復を待ちつつ、ゆっくりとやっていくしかなかった。


「それにしても、不自然よね」


 エイミーの記したわずかな文字を読みつつ、キリコは首をかしげた。


 紙にまとめたそれは、劣化をふせぐために基本的には俺のアイテムストレージに入れている。

 だけれど、エイミーが休んでいるあいだにはもうやることもない俺たちは、ゲームを買った帰り道に説明書を熟読するかのように、エイミーの報告書を穴が開くほど読むしかなかった。


「『世界は滅びた。魔王が出たからだ。それを勇者に伝えるために私は送り出された』。……まあ、ざっくりまとめるとこういうことなのだろうけれど」


 俺たちが状況把握をなかなかできない理由の一つに、エイミーは文章を書くのがうまくないというのがあった。


 文章というか、話をするのが、と言ったほうが正しいかもしれない。

 ようするに、伝えたいことの要点を見出して、それを核に据えた話題展開をする習慣がないのだ。

 また、俺たちも彼女が一番伝えたいことがなんなのかわからないので校正もできず、結果として、雑多な情報が薄く引き延ばされるかたちでどんどん紙面を埋めていく。


 だから俺たちはまだ答えのない文面を見て頭をひねり、色々妄想してみるのだけれど、やっぱり情報がまだでそろわなくて答えが出ない、ということを繰り返していた。


 キリコが来てからの、俺の人生そのもののように。


 なにかをしなければならないのに、具体的になにをすべきなのかわからず、無駄話だけが堂々巡りしていくという時間ばかりが、ここにはある。


「なんで、エイミーちゃんなんでしょうね」


 紙面の上をすべるばかりのような俺たちの時間……

 それに終わりを告げるかのように、キリコが違った角度からの問いを投げかけてきた。


「……なんで、っていうのは?」


「いえ、メッセンジャーとして誰かを送る技術があったとしてよ。よりにもよって、もっともメッセンジャーに向かない特徴を持ったエイミーちゃんが、なぜその役割を負ったのかは、気にならない?」


「それは……他にいなかったとか、エイミーなら俺と縁が深いから俺のいる場所に送りやすいとか、そういうのがあったんじゃないか?」


「あなたの立場では、そういうふうに理解したいかもしれないけれど……ごめんなさいね。私はもうちょっと薄情なの。もし私がメッセンジャーを選定できる立場なら、たとえあなたとの縁がどうこうという話があったとしても、エイミーちゃんだけは選ばない。だって、一言話すだけで倒れるようなディスアドバンテージは絶対に無視できないもの」


「……それは」


「本当に選択肢がなかったから彼女なのか。あるいは、彼女以外に私たちのところに来る者がいなかっただけなのか」


「その二つは同じ意味じゃないのか?」


「……彼女を送り出した者がいるか、彼女が彼女の力と意思だけでここに来たのか……と言い換えたら伝わるかしら」


「……ああ、うん。なんとなく……伝わるけどさ、でも、それって、後者だとすると、エイミーに時空間を飛び越える能力があるって話にならないか?」


 そこで、キリコは黙った。


 都合の悪い話の展開になったんだろうということは、なんとなく察した。『しまった』みたいな顔をしたからだ。


 こいつはなかなか『うっかりする』ことはないのだが、たまにうっかりすると、特大のをやらかす。

 うっかりするたび人生が変わる女、とひそかに俺の中で思われているキリコなので、今の表情と沈黙は気になりすぎた。


 けれど、『どうしたんだよ』みたいなざっくりした聞き方では、はぐらかされるに決まっていた。


 こいつはなにを知っていて、俺はなにを知らないのか。


 ……むしろ、エイミーについて、俺が気づかなくて、キリコが気付くことなんか……

 ああ、うん、あるなあ。

 たぶん、エイミーがちょっと成長してるのに気づいたの、俺よりキリコのほうが先だ。


 でも、そんなことじゃないとは思う。

 他になにかないだろうかと十秒ぐらい考えて……


 ふと、気づいてしまった。


「キリコ、お前、なにが見えてる?」


「……あなたと同じ景色を見てるわ」


「ステータス」


「……」


「エイミーのステータスに、なにが見えてる?」


 キリコは黙った。

 それは崖のふちにギリギリ指を引っ掛けるような小癪な抵抗でしかなかった。

 俺がシリアスに知りたがっているのを察したのか、観念したようにため息をついて、


「彼女のスキル欄に『魔王』っていうものがあるのよ」


 この時代に落ちてきた時からね、と、吐息のような声で補足した。

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