53話 再会

 意外な再会があったのは過去世界(仮)生活にもだんだんと慣れが出始めてきたあたりのことだった。


 この時期になると俺とキリコはなんとなく『アダムとイブってどうやって間をもたせてたんだろう』みたいな『話題が尽きてふと見つめ合うことが増えて、しかし決定的な接近ができない状態の二人がどうにか気を散らそうとする』といった意図の会話をよくするようになっていた。


 そんな場合じゃない。


 俺には生活があって、一刻も早く、元いた時代、あるいは世界に帰りたい。


 いっぽうでキリコはスルーズ王女殿下やアレクシス様がいたあの時代にそこまで執着もないようだった。

 けれど、俺にとってエイミーが大事な存在だというあたりを斟酌して、気がせくばかりの俺を温かく見守るという気づかいをしてくれている様子だ。


「というよりも、私たちはお互いに臆病なんだと思うのよね。なんていうか、現状維持がもっとも安全な道だと考えていて、不安とかそういうものがあると、つい、戻ろうとする力に負けてしまう、というのかしら」


 俺の臆病とも言える性質はどうにも、三十代になって『守り』に入ったからではなく、高校時代からのものらしかった。


「いっそ、世界に二人きりならよかったのにね」


 俺たちの『間をもたせるためだけの会話』は、いつだってそんなふうに締められた。


 いっそ、世界に二人きりなら。

 いっそ、元の時代に戻れなければ。


 俺たちは逃げ道があればそこをすぐに言い訳にしてしまう、弱い生き物だった。

 その『逃げ道』は実際には存在しない幻のようなものだったとしても、それが現実にある可能性が完全に排除できない限りは、そこに向かって逃げてしまう。


 どうしようもなく臆病な俺たちは、幾度となく『元の世界に戻るには』とか『とりあえずこの世界を過去と確定させるには』なんてことを話し合って、その都度『確認のしようがない』と合意した。


 少なくとも、この世界に人がいるかどうかは確認できるはずだった。


 俺たちのフットワークは非常に軽い。

 なにせ、俺のアイテムストレージは、作り出した『家』さえ収納できる拡張性と自由度を獲得していた。


 必要が能力を育てる。


 ゆっくりとではあったけれど、確実に、俺の持っているアイテムストレージという異能は進化していた。


 キリコのほうも同じようで、聖女という名前のスキル由来だった格闘能力や回復能力は、もともと高かったところから、さらに進歩の兆しを見せているようだった。


 異能力者として進歩を続ける俺たちは、とんでもない停滞のさなかにいた。


 少年漫画の修行パートについて話すことが増えた。俺たちは元の……もはや俺にとっての『元の世界』は、エイミーのいる時代のことになってしまったので、まぎらわしいのだが……元の、俺たちが同じ高校に通っていた世界での、漫画について語り合った。


 そして、語り尽くしたあとは、互いに妄想をふくらませた。


 俺たちにとって、あのころ普通に読むことのできていた週刊連載は、二度と見ることのできない、戻れない過去の象徴になっていた。

 見ることのできない続きを俺たちは話し合いながら作り出し、いつでも『実際に絵で見てみたいな』と結論する。


 三つぐらいの話題をループさせて俺たちは会話していた。


 なにもない、日々。


 これを終わらせた再会は、過去世界に来てから四ヶ月ぐらいが経ったころのことだった。


 エイミーが、空から降ってきたのだ。

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