二章 過去世界生活
52話 過去世界(?)にて
実感する。
自分ではどうしようもなく役立たないとか、『まあ便利だけど大活躍の機会はないよな』だなんて思っていた能力も、案外日の目を見る時がある。
ようするにケースバイケース。
役立つ、役立たないなんてどれほど真理を知ってるかのように自分の力をカテゴライズしても、状況が変わってしまえばそんな分類なんかなんの役にも立たなくなるということだった。
俺たちは、異世界転移をしなかった。
俺たちはどうにも、時間遡行をしたらしかった。
正確にどれぐらい前に飛んだのかはわからない。
ただ、一緒にこっちに来たキリコは、こう言った。
「たぶん初代魔王の時代だと思うわ」
それは、例の神殿に保管されていた古文書だとか、キリコが小間使いみたいにしている子らから聞いた『むかしばなし』とかからの、判断らしい。
とはいえ、ツッコミどころは大量にあった。
この世界は口伝で大事なことを伝える文化があって、それは秘匿性の高さという長所と、正確性の低さという短所がある。
さらに古文書というのは、キリコが言っていたように、木簡とか粘土板だ。そう多くの文章を書いておけるものではない。
言い回しも比喩的というのか、正確なところだけ抜き出そうと思ったら、二十行の文章が三行ぐらいになりかねないしろものだ。
そしてなにより、俺たちは周辺の地形とかから『どうにも、王都ができあがる前の過去に飛んだらしい』と結論したが……
まったく同じような地形の、ぜんぜん違う世界だという可能性さえ、否定しきれない。
そういう疑問に対して、キリコはこう答えた。
「初代魔王の時代だって考えたほうが、なにか運命的で楽しいじゃない?」
……おそるべき強さ、たくましさだ。
キリコのお陰で、俺はわかりもしない事態の究明や、安心を得るための答えを見つけようという衝動をどうにかおさえこんで、生活基盤の作成に集中できた。
そばにこいつがいるだけで、安心する。
そういった相手は世の中に一人ぐらいはいるものらしく、俺にとってのキリコがそうで、キリコにとって、俺は、どうなのだろう。
ともかくキリコは強気でたくましい。
けれどサバイバルもしたことがない生存の素人だ。
彼女がこの、なにもない小高い丘で生きていけるかは、俺の知識、技術、そして『アイテムストレージ』にかかっている。
……というかほぼ『アイテムストレージ』かかりっきりで、安全かもわからない水を安全にしたり、安全かもわからない食材を安全にしたり、家具を作ったり、屋根を作ったり、そういうことを、ほとんどこれ一つでこなしてしまった。
周辺の見える場所に集落らしきものは見つからない。
これだけ広く見通しがよく、緑あふれる丘に、なぜか人がいない……
ここが本当に過去世界だとするならば、人類がいないはずはない。ましてキリコの説を信じて魔王復活当時なのだとすれば、俺たちがアダムとイブというわけでもないだろう(この人の見かけ無さも、俺がこの時代を魔王復活当時と認めきれない理由でもある)。
ならばいるはずの人が、いない……
なぜか?
その疑問はすぐに解消された。
ここには、モンスターが出る。
それも、かなりの頻度で、出る。
この世界のモンスターはRPGでレベル1の勇者に狩られるような雑魚ではない。
専門の訓練を積んだ、武装した複数人が陣形を組んで取り囲んでようやく倒せるような、凶悪な存在だ。
まず特徴として、でかい。
種類にもよるが、硬くて、生命力も強い。
速い。
もちろん力も強い。
おまけにこの世界では王侯貴族しか魔法を使うことができないわけだが、その魔法めいた特殊能力を普通に持っている。
これをキリコは素手で倒す。
細身のあいつの十倍の体長があって、百倍ぐらい重そうな化け物が、パンチ一発でリアルにへこまされているのを見るのは、圧巻というか、唖然とするというか……
そんなふうに俺たちは、移動もせずに、丘の上で、過去世界生活を始めた。
終わりの見えない二人暮らし。
俺たちには生活以外にこなすべき行動がなにも思いつかなかったけれど……
ふと忙しさの中に余裕ができた瞬間、俺は、やっぱり思うのだ。
あの時代に帰りたい。
エイミーに会いたい。
けれど、どうしたら戻れるのかは、ぜんぜん、まったく、わからなかった。
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