50話 そして勇者になる日が来る

 たぶん俺たちの冒険は結末も定まらないままに始まって、自分たちで設定した仮初の終わりをこなして、そうして終わるのだろうと思っていた。


 気分的には『旅行』に近い。


 だから準備は大変だけれど、その先には楽しいことを思い描いていた。

 剣術を習い、旅に役立つ技能を覚え、例の『秘策』をアレクシス様の助言なんか受けつつ、貴族以上の能力の持ち主にも通じるように鍛えていく。


 アイテムストレージの能力拡張はもともとやってきたことだった。

 最初は複雑な工程を必要とするものの『合成』はできなかったところから、合成でフライドポテトぐらいは作れるようなところまで鍛えたのだ。


 では、これの効率的な訓練方法は? という話になると、これがぜんぜんわからず、黙り込むしかない。

 けれど、きっと、目的意識が重要なのだろうなとは思う。

 この能力を戦いに活かそうという発想は今までなかった。けれど、今はその発想をもとに鍛錬している。ならきっといつか、できるようになるだろう……というのが俺の、なんの根拠もないけれど、わりと確信のある見立てだった。


「あなたは、そうね、才気走ったタイプではないものね。そういう泥臭いことを黙々とやり続けるの、好きよね。そういうところ、けっこう私は評価してるのよ」


 格ゲーで延々とトレーニングモードにこもるタイプよね、とキリコに言われた。……そういえばそうだった。もはや懐かしい、元の世界での記憶。


 俺は自身に美点というものを見出すのが苦手だけれど、それでも、キリコに評価していると言われると、素晴らしい美点のような気がしてくる。

 不思議というか、単純というか。


 たしかに地道なのは嫌いじゃない。

 努力なしで自分がなにかをなし得るとは思えないからだ。


 ……自分にはなかったと思える情熱というか、欲望というか、そういうものがここ最近はむくむくと大きくなっているのを感じる。


 英雄願望。


 これから始まる勇者の冒険譚は、自作自演の『冒険』にしか過ぎないけれど。

 それでも、もしも魔王が本当に現れたとしたって、今の俺なら、ちょっとぐらいは英雄に……

 主人公みたいに、いや、そこまでじゃなくても、物語の名前付きの端役ぐらいには、活躍できるんじゃないかっていう、欲目が出てきている。


 魔王なんか出ないにこしたことはないけれど。

 平和と平穏を望む気持ちは変わらないけれど。

 今の、王家や貴族なんかとかかわる前の、牧歌的な生活を愛している。あのなにもない平坦な日々を俺は案外好いていたのは、間違いがないけれど……


 きっとなにもないのだと思いながら、思春期の少年みたいに、日常の中に起こるちょっとした非日常を望んでいる自分がいた。


 ……ちょっと恥ずかしいぐらい、はしゃいでいる。


「あなたと私の精神成熟度は二人で一定の量あって、あなたが幼くなると、そのぶん、私が大人になるのかもしれないわね」


『勇者』たらんと己を鍛える日々の中で、年下になった同級生は、年上の女性みたいに微笑むことが増えた。

 そのたびはしゃいでいる自分を自覚するのだけれど、どうにも俺の脳みそはうまく自分を戒めることができないらしく、翌日になるとまたはしゃぎ始めて、キリコに年上みたいな顔をさせるのだ。


 そんなふうに、日々が流れていった。


 着々と準備が整っていき、そして……


 いよいよ、聖剣ができあがり、勇者お披露目の日が、訪れた。

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