49話 閑話2

「あの子は?」


「さてねぇ。アタシにはさっぱりさ。あれじゃないか? 魔女どもが使うっていう、例の、『精神魔法』ってやつ。五十年前にもいくらかあったんじゃなかったっけ? うん? 六十年前だったかい? どうにも酒がないと調子が出なくてね」


 どうにも自分は人の声が好きらしくて、記憶としてよみがえるのはいつも、誰かの話し声のようだ。


 記憶さえあいまいな幼いころの話ではあるのだけれど、それはただの夢と切り捨てるにはあまりにも不自然で、違和感があって、それから、たしかに昔、こんな会話を聞いたのだという実感に満ちていた。


 部屋の壁の材質さえ思い出せないその夢の中で、声だけがリアルな質感を……酒に焼けた喉の調子だとか、どうしようもないモノに対するあきれたような声なき笑いだとか……を持っている。


「というかアンタ、いけないよ、これは。誘拐だよ。まいったねこりゃあ。娘も同然に育てたアンタがまさかいたいけな赤ん坊をさらってくるだなんて。善良な市民であるアタシはどうしたらいいのか……」


「はいはい。酒でもあげたらいいんでしょ。……っていうか、ばあさん、あんたも共犯じゃないの」


「しょうがないじゃないか。それは成り行きさね。……んで? どうするんだい? 勢いでさらっちまったってわけでもないんだろ?」


「うん。育てようかと思って」


「……なんでまた」


「だって『殺せ』って話だったじゃない。さすがに赤ん坊を殺すのはハードすぎると思うの!」


「アンタが手を下さなくっても、道端にほっとけば野良犬が食うかもよ」


「それ殺すのと変わんないじゃん!」


「寝覚めが悪いってか? そういう時は酒に浸って寝るといい。起きたあと、頭痛で最悪な気分になれる。他のことなんか思い返す余裕もないぐらいにね」


「不健康だなあ」


「とっとと死ねるなら文句はないさ。まあ、苦しんで死んだりするのは絶対にイヤだし、自殺するほど思いつめてもいないけどね。アタシは酒の見せる夢の中で死んでいきたいねぇ」


「……でさあ、ばあさん、どうしようかこの子。あたし、子育てとかしたことないんだけど」


「アンタはもう少し頭使って生きなよ」


「後悔しないようには生きてるよ」


「…………獣人種を隠すのにちょうどいい村が、ないことはないね。そこの村長代理にはちょっとした貸しもある。そこにあずけりゃいいだろ」


「いろいろ言うけど協力してくれるじゃん!」


「アタシが落っこちてる赤ん坊をほっとけるんなら、アンタは今ここにいないんだよ。……いいかい、その子の出生は誰にも語るんじゃないよ」


「預ける村長ぐらいには言うでしょ?」


「頭を使え。……巻き込むなって言ってるんだよ。知りつつ匿うのと、知らないで押し付けられるのとじゃあ、責任がまったく違う」


「でも責任押し付けて村ごと焼かれるような状況なら、そんなこと言ってられなくない?」


「どんな発想だい。……ああ、もういい。考えるのはアタシがやる。アンタは余計なことを言わず、余計なことをするな。あと酒。酒持ってこい。アンタのせいで増えた手間をどうにかしてやる賃金代わりにね」


「だから酒は控えて長生きを視野に入れてってば」


「こちとらほっといてもあんたら人間族より長生きするんだよ。……いいかい、とにかく、巻き込みたくなきゃ情報は明かすな。『あなただから話すけど』って信頼できる相手に秘密を明かしまくってみろ。いずれは世界中に秘密が出回る。世の中ってのはそうできてるんだよ」


「なんだかわからんけど黙ればよし! ……ってこと?」


「……もうその理解でいい」


「んじゃああとは任せた! あたし、行ってくる!」


「……その華麗な押し付けっぷりは本当に……ああ、ああ、いい。アンタはそれでいい。んで、最近お気に入りの子のところに行くのかい?」


「うん。いやだって見過ごせないでしょ。異世界転生者の先輩として。……あ、これも言ってないからね! ばあさんに言われた通り秘密にしてるから! ご安心を!」


「……」


 言いたいことがたくさんありすぎて言葉にならない、というようなうなりが聞こえた。


 いつごろの話なのかはわからない。

 なんだか急に思い出した、とある過去の記憶の夢だ。

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