46話 未来のための決断

 まずは人払い。


 そうして王女殿下と、アレクシス様と、俺と、それから俺付きにしていただいたメイドのロージーさんだけになった空間で、俺の能力を見せた。


 アイテムストレージ。


 この能力はそもそも『あらゆるものを保存した時の状態のままとっておける』というのがもっともすごいところなのだけれど、他者に見せる場合、演出の都合でもっぱら『合成』を披露することになる。


 二種類のアイテムを出し入れし、それから、その二つを合成してみせる。


 王女殿下やキリコには一定の感動を与えたこの演出方法は、果たして、


「なるほど」


 という感想をアレクシス様からいただいた。


 ……まあ、なんていうか、予想通りといった感じだ。


 たとえばキリコにこの能力を見せた時。

 彼女が二度と口にできないと思っていたフライドポテトを仕上げた。

 油はたしかにこの世界だとまあまあ貴重だ。とはいえそれは、一般村民が『少し大事に使おう』と心がける程度の貴重さでしかないが……

 そしてキリコは、神殿、というか王都のお偉いさんのあいだで流行っている、塩などをあまり添加しない『自然食』のせいで、『塩は貴重』と思い込んでいた。

 そこに俺が提供したから、感動があったのだろう。


 スルーズ王女殿下は、装飾品などの細かいところをしっかり見る方だ。

 俺の能力による完成品の『継ぎ目がない』という、俺さえ気付いていなかった特徴に初めて気付いたぐらいの鑑定眼を持っている。

 だからこそ、アクセサリーの合成工程そのものよりも、『現実にはありえない完成度』についておどろいてくれた。


 だが、アレクシス様は男の子だ。


 ぶっちゃけ、俺がこのアイテムストレージという権能についてあまり『いい能力だ』と思っていなかったのも、俺が男の子だったからかもしれないぐらいで……

 なんていうか、この能力は、非常に地味。


 もちろん『生きていく』という目的において、おそらく並ぶもののない優れた力なのは、もう、わかっている。


 だが、俺たち男の子は、『百万人の敵を一撃でぶっとばす』とか、『どんな火力を叩き込まれても傷一つつかない』とか、そういう能力に興奮するのだった。


 俺がそんなことを考えているあいだにも、スルーズ王女殿下が一生懸命、俺の能力のすごさをアレクシス様に説明してくださっている。


 周囲にはもう顔馴染みしかいないからだろう、わあわあとまくしたてる王女殿下は、『学校でこんなすごいことがあったんだよ』と興奮しながら兄に語る妹そのものだった。

 アレクシス様のほうも、スルーズ王女殿下の興奮に共感できないまでも、その語る様子を愛でるように、優しい顔をして、彼女の言葉を受け流している。


 そんな二人を見やるロージーさんはおろおろしていて、見ていると辺境伯の家での彼女らの過ごしぶりが目に浮かぶようだった。

 アレクシス様には王女殿下と同い年? の妹もいらっしゃるようだし、実際はもう少し騒がしい生活をなさっていたのかもしれない。


 まあ、微笑ましがっている場合でもない。


 実のところ、俺は俺の能力でアレクシス様の心をつかむ必要があった。


 俺たちは魔王を倒すための仲間になる予定だ。

 どうにもこの世界で生まれ育ったわけではない俺には実感をもって把握することが難しいが、『勇者の仲間』というのはすさまじい名誉のある職分のようだ。


 実感はないが想像はできる。

 勇者が国を創り、勇者が宗教であがめられているこの世界において、勇者に随伴するというのは伝説に名を刻むということだ。


 そしてそれは、数百年経っても、人の口の端にのぼる物語となる。

 この国の子供は勇者の物語を聞いて育ち、人々は勇者を祀る宗教に祈りを捧げる。

 それを『くだらない』と吐き捨てる者は、歴史に名を遺す難易度を想像するだけの力がないのだ、と軽蔑されることだろう。


 だから、アレクシス様には勇者の仲間になるだけでもメリットがある。

 俺はアレクシス様の、血統イコール実力のこの世界において、辺境伯に連なるすさまじい戦闘能力をあてにできる。

 国家事業なので資金は国から出るし、心なんかつかまなくても、互いにビジネスライクにウィンウィンの関係を築いていけるはずだ。


 もしも魔王が本当にいるならば、それでいいだろう。


 だけれど魔王はいるかいないかわからない。俺は勇者じゃない。

 俺たちにあるのは世界救済のための無私の大儀ではない。身分差を打ち破って世間に受け入れられたいというだけの、恋愛にまつわるエゴイズムだ。


 これに付き合わせる。

 あわよくば全部明かしてそれでも手伝ってもらう。


 そのためには心をつかむ必要があった。

 第一段階として、だ。能力で心をつかめば全部トントンとうまくいくわけではないだろう。まずは心をつかんでおかないと、その後の展開がよろしくないという話なのだった。


 能力を見せてそれで一目置いてもらえるのが最良の展開だ。

 でも、そうはならなかった。覚悟していた通り、それだけでワクワクするほど、男の子は甘くない。


 元辺境伯の言葉が頭の中でリフレインする。

『あれを仲間に引き入れるには、力を示さねばならんだろうな』


 ……そうなんだよ。それが一番、わかりやすいんだ。

 でも、あまりにも、か細い賭けだから、やりたくなかったんだ。


 けれどどんなに検討してもアレクシス様を仲間にしない選択肢はない。

 王女殿下との関係性、戦闘能力、これ以上の人材はひょっとしたらいるのかもしれないが、それは、可能性にすぎない。

 俺たちがすでに出会えている中では、アレクシス様以上に条件がそろった人材は存在しないのだ。


 そして早い段階で秘密の共有ができる仲間がいることのメリットは、王女殿下との付き合いの中でさんざん感じている。

 性急かもしれないが、俺には『聖剣ができあがるまで』というタイムリミットさえある。


 人生における、賭けどころ。


 もちろん小心者だから賭けたくない。

 安全確実な道があるならそこだけ歩みたい。


 でも、今はそういう状況じゃあないんだ。

 安全そうで確実そうな道はもちろん『このまま引き下がる』ことなんだけれど、ここで引き下がってしまったら、それは結果的に未来の自分を苦労させることになるのがありありとわかってしまう。


 それでもなお葛藤し、苦悩し、煩悶しながら、どうにかこうにか、なけなしの勇気を振り絞って、


「アレクシス様」


「ああ、はい。なんでしょう?」


「この能力について、お見せすべき……側面が、ございます」


「……ふむ。側面、ですか」


「なので……」


 もう一息。

 もう一言。


 それがなかなかつっかえたように出てこない。

 勇気が必要だ。

 それはテンションに任せたノリのいい勇気ではない。

 歳をとるとまま必要になってくる、『冷静に検討し、これ以上によく思える選択があることを認め、今後の展開によってはまったく状況がよくならない可能性のある決断を、理性をもって推し進める』という、理性的な勇気が、必要なのだ。


 本当にここが勇気の発揮しどころなのか、わからない。

 直感なんてものを頼ることができない。

 過去現在で持っている限りの手札を見て、それでつかみうる最良の未来をよく検討したうえで、進まなければならない。

 心は『でも、もっといい状況になるかも』と『もっと悪い状況になるかも』のあいだで反復横跳びをしていて、もはや自分の精神状態がわからない。


 だから、あと一押しは、直感でもテンションでもなく……

 心の中のキリコがGOと言いそうかどうかで、決めた。


「……アレクシス様に、私との立ち合いをお願いしたいのです」


 それはあまりに出し抜けだったからか、アレクシス様のみならず、王女殿下もおどろいていらっしゃるようだった。


 今ならまだ『言い間違えました』だなんてごまかすこともできるかもしれない。

 俺は言う。


「アレクシス様、あなたと勝負がしたいのです」


 言ってしまった。

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