43話 お茶会の誘い
『しんのなかま』候補としてもっとも有力視されているアレクシス様ではあるが、俺としては彼のことをあまりよく知らない。
王宮にはちょくちょく出入りしているようなのだが、俺がソー王子と接触を避ける目的で部屋に引きこもっているか神殿に出向いているかというのもあり、宮殿内で接触する機会はぜんぜんなかった。
アレクシス様もアレクシス様でやることがあったようで、これまで話す機会がもうけられることはなかったのだが……
『ちょっとお話でもどうでしょう』
部屋にいたところ、例の貴族作法にのっとった言い回しでそんな内容の手紙がとどけられたもので、俺はついつい俺付きメイドのロージーさんに助けを求めるような視線を向けてしまった。
俺が不安や緊張を覚えているのは、アレクシス様がなにやら権力的にすごいところにいるから……というのが主な理由というわけではなかったのだ。
若者だから。
ざっくり言ってしまえばそういうことで、三十歳を超えている俺は、十七、八ぐらいの若者となにを話していいのかさっぱり想像もつかない。
だからこういう『話すことそれ自体が目的で、用事や議題をあらかじめ用意できない会合』というのに、ひどく緊張する。
スルーズ王女殿下ぐらい子供であればまだいいのだが、十七、八ぐらいの若い人とは本当に話題が見つからない。
というか異性相手よりも緊張するかもしれない……
といったような内心を、俺付きメイドのロージーさんはざっくりと感じ取ったらしい。
最近はだんだん打ち解けてきた彼女は、眉根を寄せて困ったように笑いながら、
「そ、そうですね、いわゆる『お茶会の誘い』ですので、作法を覚えておくのが、よろしいかと」
お茶会。
勇者として式典に出たり、貴族・王族から指示をあおぐことはありえるとされた俺ではあったが、平民身分なので、お茶会なんていう優雅そうな催しに招かれることは想定されていなかったっぽい。
というか、こないだ文官のサンドフォード氏とちょっと会話する機会があったんだが、婉曲表現で『いつまで王宮で寝泊りしてるのだろう? いくら勇者とはいえ、平民がこんなに長く王宮の客室を占有するのはちょっと前例がない』と言われた。
勇者の通例について、俺はてっきり歴代勇者たちが全員、お披露目のその日まで王宮暮らしをしているものだと思っていたのだが、どうにも違うのかもしれない。
少なくともサンドフォード氏の知る『勇者対応マニュアル』には、貴族のお茶会に招かれる勇者、というシチュエーションについて載ってはいないと想像できた。
俺はちょっと考えてから、
「ちょっとおかしなことを言ってしまうかもしれませんが」
「は、はい」
「アレクシス様は、けっこう偉いお方なんですよね?」
本当におかしいことを言ったらしく、ロージーさんはしばらくフリーズした。
いや、辺境伯の家柄で、スルーズ王女殿下の兄的存在だというのは知ってるし、それがかなりの権力を持つ座だというのはわかっている。
しかし俺は、アレクシス様の、それ以外……つまり、他者との関係によらない、彼自身の立場みたいなものについて、てんで無知なのだ。
騎士系の職務に就いているのはわかるのだが、それは俺の護衛という仕事においてほぼ一兵卒みたいな役割をこなしていたのを見ただけのこと。
彼の位階というのか、職責というのか、そういうのが想像もついていない。
「ええと」ロージーさんは困った様子で語り始める。俺は彼女をいつも困らせている気がする。「アレクシス様は、あのお歳で騎士であらせられます」
「……騎士団には、もっと若い人もいらっしゃるイメージですが」
さらにいえば、騎士という称号にそこまですごい権力が付随するイメージもない。
俺たち平民は『騎士様』と騎士団所属の人を呼んだりするのだが、それは貴族への敬称みたいな感じではなく、『おまわりさん』みたいなノリなのだ。
俺が困惑していると、ロージーさんはちょっと悩むような間のあとに続ける。
「騎士団に所属していれば、騎士というわけではないのです」
「そうなんですか? 村では騎士団の紋様をつけた剣だの鎧だのマントだのをまとっていれば、たいていは『騎士』という認識なのですが……村の若者が『騎士になる』と言って飛び出していき、半分ぐらいが『騎士になった』と帰ってくる事例も、確認しております」
「……なるほど。たしかに、平民の方はそこまで気になさらないのかもしれませんね。ええと……騎士団というのは、『騎士たちの団』ではなくって、『騎士の率いる団』なのです。騎士団でも、騎士の称号を持つ者は、部隊長以上なのです」
「なるほど……?」
「どのようにご説明すればわかりやすいのか、自信がないのですが……たいていの『騎士』が、十五歳から騎士団に所属して、二十代中盤ぐらいでようやく叙任されるもの……と申し上げれば、伝わるでしょうか」
「……通常十年かかるのを、二、三年でその『騎士』になったってことですか!?」
「はい。辺境伯の家柄ではございますので、多少は、その、有利な補正もございますけれど、それにしても、騎士団の階級制度が現在のようになってからは、異例と言える速度で昇進なさっています」
「すごい……この平和な時代にどうやって手柄を立てたのでしょうか」
興味本位でボロッと出たこの問いかけは、またもやロージーさんを困らせてしまったようだ。
彼女はどう言ったものか探すのに、十秒をこえる時間をようした。
「その……アレクシス様は、もともとソー王子の護衛をなさっていたのです。ソー王子は、その、ご存知かもしれませんが、奔放なお方ですから、それに付き合ううちに、後始末やら事前のケアやらで……」
どうやらめちゃくちゃ苦労人だったようだ。
「……聞けば聞くほど、アレクシス様は権力的にも、能力的にも、私なぞの仲間になっていい方ではないように思われるのですが」
「あの、『勇者の仲間』というのは、かなりの名誉があるものなのです……」
それはなんとなくわからなくもないのだけれど、感覚的な問題というのか。
俺はたしかに世間的には勇者ではあるのだろう。でも、実際には勇者じゃないし、なにより、『うだつのあがらない三十歳の平民に、才能も実力もある十七、八の貴公子がかかずらうこと』に、罪の意識を覚えてしまう。
おじさんになったせいか、才能ある若者の時間を自分のために浪費させるのは申し訳なく思えてしまうのだ。
だがまあ、そんなことを心配して接触を避けるわけにもいかないだろう。
生きていれば『どうして自分がこんな目に』というぐらいの不遇を経験することもあるし、逆に『自分なんかには分不相応なんじゃないか』という厚遇をされることもある。
どちらのケースもだいたい自分より偉い人が雲の上で会議をした結果決まってしまったことには違いないので、グダグダ言ってないで、決まってしまったのだから、決まってしまったなりの対応をするしかないのだ。
「……わかりました。それだけのお方とお茶会というのは、緊張しますね」
「そこまで緊張なさらなくても、アレクシス様であれば大丈夫だとは思いますけれど……」
そういえばロージーさんは、スルーズ王女殿下が辺境伯のところで過ごしていたころからの付き合いのはずだった。
ということはアレクシス様とも旧知の間柄なのだろう。
「勇者様がもし不安なようでしたら、ちょっと緊張の順番があべこべですけれど、スルーズ王女殿下に同伴をお願いするのも、よろしいのではないでしょうか……?」
本来はあちらが王族なので、王族とお茶会のほうが緊張するのでしょうけれど、とロージーさんは小さくつぶやいた。
俺はといえば「考えさせてください」と返答を引き伸ばしにするだけでその場をやり過ごすことになる。
そもそもお茶会という枠組みに対してひどく緊張して手に余らせている始末で、いま、冷静な判断ができるようには思われなかったのだ。
……お茶会当日までは、残すところ一週間ほどか。
決断は今日明日にもしなければならない。
勇者業もなかなか、へんな苦労をするものらしかった。
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