33話 忘れていた項目

「いいじゃない。あなたも『強くなりたい』っていうモチベーションがわいたんじゃなくて?」


 一日の終わりに神殿へ向かうのはもはや日課のようになっていた。


 世間にはよくよく信仰心にあつい人物だと思われているかもしれない。


 まあ実態は聖女との内緒話に向かっているのだから、信仰はかけらほどもないのだけれど、それはそれとして、『神から選ばれる勇者が信仰にあついとみなされるのは、イメージがいい』という理由で、俺の日課の参殿は王女殿下も推奨してくださっている。


 俺たちの内緒話はいつだって狭い真聖堂で向かい合って行われる。


 椅子が二脚とテーブルが一つしかないこの部屋は、面積の狭さもあってどこか懺悔室を連想させた。


 対面に座る聖女は艶を取り戻した黒髪を楽しむように指で梳いており、話題もあって、自分の美しさを再確認し、嬉しそうにしていた。


「しかし困ったことになった。俺の出資者が武具関係なんで、そっち方面に影響力が強いソー王子は、いつかは面通しをしなきゃいけない相手なんだけれど……よりにもよってその相手と、お前をめぐって戦わなきゃいけなさそうっていうのは……」


「負けないようにがんばって。負けたら最悪、私が死ぬわ」


「いや、戦うのは俺なんだけど」


「展開によっては舌を噛んで死ぬかもしれないでしょう? ほら、公的に王子の嫁にされるようなことがあれば、あとはあなたと心中するか、拒絶の意を示すために死ぬしかなくない?」


「舌を噛むのマイブームなの?」


「無手でできるもっとも妨害の入りにくい自殺方法なのよ」


「メンタルが強すぎる」


「はあ、しかし、私が王子様にねえ。話したこともない気がするのだけれど」


「……まあオリエンタル美女だしな。見た目だけでも惚れるやつの一人や二人いるだろう。っていうか、高校のころもモテてなかったのか?」


「誰にも連絡先を教えてなかった私に隙はなかったのよね」


「……それはなんていうか、大変失礼なことを聞いてしまったようで」


「私は望んで孤高でいたの。コミュニケーションをとりたいのにとれなかったみたいな同情はやめてちょうだい。おかげで『下駄箱にラブレター』という実績を解除したわ」


「やっぱりあったのか……」


「ラブレターの贈り主はかなりダイナミックに私を誤解していたようだから、そのあたりを懇々こんこんと言って聞かせて断ったけれど……」


「断ったんだ……」


「無視はさすがに失礼かなって」


「いや、うん、まあ、そうだね」


「だいたい、私を彼女にしたいならもっと有効な方法があるのに、ラブレターっていうあたりがもう、私の人格をわかってないわよね」


「有効な方法って?」


「『衆人環視の中で告白する』」


「ああー……外面に影響するから断れないだろうなあ……」


「あとそのぐらいのリスクを相手にも背負ってほしいのよね。ほら、私も隠してた中身をさらすリスクを負うわけでしょう? 私がリスクを背負うところを、なんのリスクも負わずに秘密裏に告白っていうのは、許せないわ」


「……王子にさ、もし、衆人環視の中で告白されたらどうする?」


「その時はあなたが颯爽と駆けてきて、私をめぐった勝負が始まる予定になっているから、安心しているの」


「鍛えなきゃ……」


「というか王子の実力については知りたいのよね。私より上か下か」


「お前バトル漫画の戦闘狂みたいな思考回路になってない?」


「せっかく力があるのだから、自分の位置を知っておきたいじゃない? ほら、王子が私より弱いなら、あなたの代理で私が戦ってもいいもの」


「俺の格好が全然つかないのでやめてほしい。やっぱ力をつけて、普通に勝つよ」


「可能そう?」


「『銛一本でクジラを倒せ』って言われてる気分」


「前人未到ではないのね。じゃあいけそうじゃない」


「そうだな。俺もそう思ってる」


 俺は笑った。

 キリコも笑った。

 その表情のまま、言った。


「ところで疑問があるのだけれど」


「どうした?」


「私のところにエイミーちゃんを連れてこないのはなんで? 王都には連れてきているんでしょう?」


「……いやいや。……いやいや。え? いいの?」


「なぜダメなのよ」


「なぜって言われると……なんとなく、ほら、この真聖堂で話すことになるじゃないか。俺は勇者でお前は聖女だけど、エイミーはどういう立場としてここに入るんだ?」


「私が産んだ子なのよ?」


「過去を捏造ねつぞうしないで」


「私もただ神殿で自分磨きをしてるだけじゃないから、そこそこの人脈を作りつつあるのよ」


「お前に世界一にあわない言葉だと思う。『人脈』」


「そうね。自分でもそう思うけれど、まあ、生きていくためには、身のまわりの世話ぐらい任せられる人材が必要でしょう? そこでチョロそうな幼めの女の子を捕まえて、いかにも聖女な外面で信仰させて、手足のように使ってやろうという思いつきをしたわけなのね」


「善悪で分けるなら完全に『悪』の発言なんですが、聖女さまとして大丈夫なのでしょうか」


「ここでの会話はオフレコなので平気よ。……まあそういうわけで、あなたやその連れが真聖堂で内緒話をしたいと言うぶんには、通させるぐらいの権力はあるから、エイミーちゃんを連れてきなさい」


「おいてくるたび心が痛むから、連れてきていいならありがたいんだけど……でも、お前からエイミーに用事はあるの?」


「『私をママだと認めさせる』という大事な用事があるのよ」


「……いや、まあ、わかるよ? わかるけど、年齢差的に『ママ』に無理やりおさまらなくてもいいんじゃないか? ほら、美人なお姉ちゃんって感じで」


「後妻感が出るので、イヤ」


「……」


「『妻を失った男のもとにあとから嫁いだ』みたいなイメージになるのがイヤなのよね……ほら、私たちは同年代なのに、今ではあなたが年上でそのうえ子持ちでしょう? どう考えても『後釜におさまった美人で若い愛人』ってイメージにならない?」


「なるか……なるか……? うーん……ああ、うん、なる、かなあ……」


「あなたに『ソー王子』という乗り越えなければならない大きな壁があるように、私にも乗り越えねばならない壁があるのよ」


「壁?」


「あなたのイマジナリー前妻」


「……」


「いや絶対、いたと思われるでしょ。実際にいたかどうかはともかくとして、『エイミーちゃんの実の母でありあなたの前妻』みたいな空白を、人は絶対に感じとるわ」


「あーあーあー……言われてみれば……感じそう……」


「それが私には許せないのよね。……ところで、私が初婚になる予定?」


「結婚はしたことない」


「初彼女?」


「俺ももう三十歳なので察して」


「許せないわ」


「さすがに許してほしい」


「私がレベル一のあいだに、あなたはレベルが上がってるのね」


「許して」


「まあ実際、これで初彼女だったらちょっとひく・・のはあるけれど、それと『許せるか』はまた別な話なのよね」


「お前の求めている存在は矛盾を抱えている」


「矛盾の中に人は夢を見るものでしょう?」


「いいセリフすぎて感動しかけた」


「とにかく私は人妻感を身につけるから、あなたは剣術を身につけて」


「人妻感は修行で身につくもんなの?」


「もしも目的が前人未到なら、私が人類初のいただきを踏めばいいのよ」


「もう一周回って神々しささえ感じるよ。神様はわからないけど、お前のことは信仰しそうになってきた」


「それから今度、下町とか付き合って」


「いいけど、なんで?」


「あなた忘れてるわね……」


 キリコはあきれたような顔を作った。

 これは『キリコは知ってるけど俺は知らないこと』を語ろうとする時のこいつの癖で、こういった顔をしたあと、だいたい、俺が失念していたことをドヤ顔で話し始めることになる。 


 案の定、あきれたような顔も一瞬で終わり、キリコは顎を上げて、口元をわずかに笑ませると、小首をかしげながら述べる。


「勇者の仲間探し、しないといけないでしょう?」


 ガチで忘れてたやつなので、俺は静かに「そうでした……」とつぶやくしかなかった。

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