34話 修行(ファッション)
「何着ても目立つんだよな……」
『勇者の仲間』探し。
キリコは『身分を偽り市井に混じって、信頼できそうな(操縦しやすそうな)、無垢で純真でものを知らない少年少女を見つけよう』という方針らしかった。
たしかに、信頼できる誰かを探すよりも、まっさらで、これから共犯者にしてしまった時にあとに退けなくなりそうな誰かを探した方が話が早い。
良心と倫理観の悲鳴を無視すればそれはたしかに効率的で、それどころか、ほとんど唯一の『仲間探し』の方針であるように思えた。
そして良心とか倫理とか言ってられない状況なのは、俺も充分にわかっていた。
俺たちは今、あらゆることで神殿と競っているような状態だ。魔王捏造、仲間探し……すべて『神殿より早く終わらせる』という条件がついている。
なので俺は同意して、よしじゃあ仲間を探そうということになり、キリコを市井に紛らせるために仮装をさせているところなのだが……
ここで『何を着ても周囲から浮く』というキリコの特徴が仇となっているところだ。
「もうちょっと存在の彩度落とせない?」
「あら、勇者さまったら。『存在の彩度』とは素敵な表現ですね」
俺たちが服を見繕う時にはスルーズ王女殿下に一声かけるのが暗黙のルールと化しているので、今回も前日のうちに手紙を送った。
そうしたら例の俺付きメイドとなったロージーさんから「昼に二人で王女殿下の採寸部屋に来るようにとの仰せです」という伝言をいただき、聖女同伴でそのようにしたのだった。
そうしたらすぐさま、部屋でのファッションショーが始まった。
そうして何度か俺は部屋から追い出されたり呼び戻されたりを繰り返して、そのたびに衣装替えをしたキリコに感想を求められてるのだが……
「いや、お前、あらためて
「光栄ですわ」
キリコの口調にも表情にも外行きのアレコレがあふれていて、一瞬、誰と会話していたかを見失いそうになる。
しかし仕方がないのだった。
なんせ王女殿下が用意してくれた服は、一人では着れないようなものばかりで、あたりには殿下付きのメイドたちがあっちこっち移動している。
この状況で二人きりの時のような、ざっくばらんな会話ができるはずもない。
むしろ俺の方こそ砕けた口調を改めるべきだろう。いや、べきだろうっていうか、やるのが必然であり必要だ。
でもキリコ相手に砕けてない口調が思い浮かばないという大問題が発生していた。
聖女に対するように話すべきなのだけれど、目の前の女性を『聖女さまだ』と思うと、何を話していいか全然浮かばず、合いの手にさえ困るほどの有様なのだった。
つい目を逸らしてしまえば、そこにはふかふかの椅子の上に腰掛けたスルーズ王女殿下がいらっしゃる。
お人形のようにすわったままニコニコしている彼女の、緑色の瞳が俺を捉えた。
目が合ってしまって話を振らないのも妙に気まずく思えて、俺は適当な話題を捻り出す努力をする。
「……えーっと、王女殿下、ちょっと失礼な物言いになってしまうかもしれないのですが」
「遠慮なさらないで。あなたとわたくしの仲でしょう?」
「では厚意に甘えさせていただいて、忌憚なく申し上げますが……ここには『市井に混じる』のに適した服が、一着もないように思われるのです」
仕立てのいいドレスしか存在しねぇんだ。
どうだろう、もしもこれをガチで『市井にいそうな服』と思っていると困るので言い出せなかったけれど、やっぱり言っておかないと、のちのち面倒を背負いこみかねない。
すると王女殿下、にこりと微笑を浮かべる。
小柄なのに手足がほっそりと長くて顔が小さい彼女が、ふかふかの椅子の上で緑の瞳を細め、銀の髪を揺らす姿は、妙に人形めいた非現実感があった。
「言いたいことはわかるわ。きっとあなたは、わたくしに、普段のあなたが着ているような服を用意してほしいのだと、そういうことを期待していたのでしょう?」
「ええまあその、服に関係することですので、話を通しておくのが筋かなと思った次第でございまして……許可をいただけるのなら、そのへんで適当に見繕います。私としましては、そのー……礼儀を通したといいますか」
無断でキリコの服とか用意したら、あとからすっごい色々言われそうな気がしただけなんです、とはさすがに言えない。
だが王女殿下は俺の内心を汲み取ったように、にこりと緑色の瞳を細めた。
……最近だんだんわかってきたのだが、キリコの無表情と王女殿下の微笑は、イヤな展開の前触れみたいなものだ。
「じゃあ聞きますけれど、カイト、あなた、この聖女に、市井の者が普通に着るような服が似合うと思って?」
「いや全然思いませんね」
「でしょう? だからもう、いっそ開き直って、どこぞの貴人ということにしてしまって、顔にはこう、薄布を垂らしてしまったらどうかなと、わたくしは考えているのよ」
「未亡人感ありますね」
「そうね、テーマは『未亡人』でいきましょう」
いらない閃きを与えてしまった気がする。
「王女殿下、その、我々の目的は、昨日、手紙にて上奏いたしました通りでして……そういった服装だと、寄ってくるのは『なにかを売りつけようとする商人』とかになってしまうような予感がするのですが」
「ああ、そうそう、『勇者のお仲間』の話だけれど、枠の一つはわたくしのために空けておいてくださる?」
「……まさか王女殿下が?」
「まさか。わたくしはお留守番です」
「ですよね」
「陛下に反対されましたから」
ついてくる気だったらしい。
おてんばというか、無鉄砲というか、冒険心が強いというか、そういうお方なので、確認したのだが、正解だった気がする。
「わたくしがつけようと思っているのは、アレクシスです。彼ならばあらゆる面で役に立つでしょうから」
「ああ、兄妹のような関係……で、よろしいのでしたか?」
「そうですね。そこの面での信頼もあります。彼か、彼の実妹を遣わすことになると思います」
「アレクシス様に妹がいらっしゃったのですか」
「それは、アレクシスの母親がわたくしの
「あ、そうですね。たしかに」
「アレクシスとは六つも離れていますからね。……まあどちらにせよ、あそこは武門なので勇者とともに旅立つことを断りはしないでしょう。……そうそう、このあいだあなたの村まで警護についた者は、それぞれが『勇者の仲間候補』です」
「……そうなんですね」
「もちろん『警護』という職務の都合優先での人選もありましたし、緊急でのことなので人数合わせもおりましたが、神殿派、貴族派、それからわたくしのねじ込んだ三名といった編成でしたね」
「なるほど。たしかにあの中ですと、アレクシス様は朗らかで、気配りもしていただきましたし、仲間として過ごすのであれば、この上なく心強いことでしょう」
「……なにか、気遣いの気配を感じます」
まあ実際はちょっと『おしゃべりで、うさんくささあるかな』って思ってたのは内緒だ。
あの警護の時点で王女殿下から派閥内訳を教えてもらっていれば、また違ったファーストインプレッションを抱いていたことだろうけれど、当時は誰がどこ派閥だかわからなかったからな……
「……まあ、いいでしょう」王女殿下は全然よくない感じで引き下がった。「お父様には引き続き、わたくしもついていっていいか、打診を続けますが……」
「いえ、そこは引き下がっていただけると……」
「血筋は間違いなく王家のものですから、こう見えてわたくしも、かなり強いのですけれどね。……まあいいでしょう。勇者がそう言うのであれば、わたくしは城であなたの帰りを待ちましょう」
と、言った次の瞬間ぐらいに、妙に空気がざわついた感じがあった。
どうやらメイドたちがいっせいに俺と王女殿下に視線を向けたっぽい。
だが、その圧さえ感じる視線に反応して俺が顔を向けたら、サッと顔をそらしてそれぞれの職分に戻ってしまった。
なんなのだろう……
思案するヒマもなく、王女殿下から次の話題が放たれる。
「というわけなので、次は黒を基調にしてみようと思うのですけれど、いかがかしら?」
「は? ……あ、ああ、キリ……聖女さまのお召し物、ですよね?」
「ええ、もちろん。聖女は髪も目も世界に二人といないほど深い黒でしょう? だから黒を重ねるのは少し印象が沈みすぎるかなとも思ったのですけれど、いくらか着せ替えてみて、あの目と髪はなにを重ねても鮮烈だなと感じたのよ。カイトもそうは思いませんこと?」
「私には服のことはよくわかりませんので……」
「そうね。教師をつけましょう。わたくしが出資するのですから、そちらも造詣を深めてもらわないとね」
「努力します……」
「ええ、ええ、そうしてちょうだい。やはり淑女に見立てる宝石の目利きぐらいはできないといけませんからね。あなたは献上されたブローチをそのまま女性に贈るような男になってはいけなくてよ。そんな男は女性に見限られますからね」
最近会ってない文官サンドフォード氏の、青白い
王女殿下に何もかも知られてしまったらしい彼の恋は、どうやら俺の知らないうちに終わっていたようだ。
「高貴な女性に結婚を申し込む時には、愛の言葉を彫り込んだアクセサリーを贈る習慣さえ、知らないでしょう? そのあたりもふくめて、わたくしがあなたを一流にしてあげましょう。あなたは一刻も早く、わたくしのお兄様が『この男なら仕方ない』と思うような紳士にならなくてはね」
例の、キリコに惚れているらしい、ソーお兄様のことだろう。
しかしナチュラルボーン王族に認められるようなセンスを身につけるというのは、本当に並大抵のことではなさそうだ。
ひょっとして剣術の修行よりもきついんじゃないだろうか……
うーん、逃げたい。
まあ、やるけど。
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