32話 採寸と脳筋について
体のすみずみまでたっぷり採寸された。
「いえほんと、時間があればすぐにでも取りかかりたかったのよ。でもあなた、わたくしが色んな準備をしている最中に『故郷に帰る』だの『神殿に行く』だの、全然つかまらないんですもの。こちらもこちらで忙しかったし、ようやく機会がおとずれたわ」
そういうことで、七日ぐらいで俺たちに新しい衣装が下賜されるそうだった。
どうだろう、細工師として俺も製作系の仕事は一通り情報だけは知っているつもりなのだが、いきなり『このサイズの服を! 七日で!』と王族から言われた職人さんは、多忙とプレッシャーで死なないだろうか。
どの程度の意匠をこらすつもりかはわからないが、かなりデスマーチな日程だと思う。
「お披露目までに、あなたには『勇者』たる実力を身につける必要はあるけれど、それはそれとして、わたくしが筆頭後援者である以上、衣装や身だしなみにも気をつけてもらいます」
いや、まあ……
必要なのは、なんとなく、わかる。
「あなたには素敵な紳士になる義務があるのよ。なにせ」
と、そこまで言って、王女殿下はシチュエーションに目を向けた。
ここは王宮の中でも特にスルーズ王女殿下がよく利用する部屋のようで、そこかしこに彼女サイズの服がかけられたハンガーラックが存在した。
ちょっとしたデパートの子供服売り場といった様相のそこは、部屋奥にある程度のスペースが設けられており、どうやらそこで、王女殿下は気に入った相手に服を贈るため採寸などさせるのが常らしい。
彼女の侍女たちは採寸の手際がとてもよく、何度も何度もこういうことをやらされているのだろうなというのがうかがえた。お疲れ様です。
そして俺は服を着たままあちこち測られたばかりで、あたりには採寸のための道具を片付けている侍女がまだ存在する。
彼女たちは派閥で考えるならばスルーズ王女殿下の派閥ではあるのだろうが、俺とキリコとがやろうとしている機密を明かすほどの信頼まではないらしい。
王女殿下が口をつぐんだのだから、きっとそういうことなのだろう。
だから王女殿下はちょっとだけ間をおいてから、
「あなたのお相手は高貴で素敵な女性なのだから、釣り合うようにならないとね」
と、微妙に言葉を濁したのだった。
キリコはどうにもロイヤルファミリーの目にさえ高貴で素敵な女性に見えていたようだ。心からよかった。でもあいつ庶民なんですよ。
事実をバラして殿下の見立てにケチをつけるのも恐ろしいし、なによりキリコを素敵と言われてはこちらも鼻が高い。
俺は黙ってあいまいに、そして意味深にうなずいた。
「ああ、ところで王女殿下、質問よろしいでしょうか?」
採寸を終えたエイミーがタタタと駆けてきてひしっと抱きついたのを待ってから問いかける。
クッションをたっぷり使った椅子の上で、王女殿下は「布が二人分は必要ね」と俺のサイズを見てつぶやき、それから視線はそのままに、
「そういった前置きは省いていきましょう。わたくしとあなたの仲じゃない」
「……ありがとうございます」いやしかし、と言いそうになったが、我慢した。「私はお披露目までの詳しい日程を存じ上げないのですが、それはいつごろになるのでしょうか?」
「詳しい日程はまた後日だけれど、そうね、少なくとも、あなたの剣が出来上がるより早くなる理由はなさそうね」
「剣?」
「勇者に持たせる聖剣よ。今は、それを作る職人選び……の、準備の段階ね。……ロージー」
王女殿下の呼びかけに応じて、メイドが一人歩み出てきた。
背の高い、紫髪の少女だ。年齢は十五、六だろうか。どことなくおびえるような、うつむいた視線が印象的だ。
「あなたを勇者付きにします。わたくしが与えた情報を、彼にも逐一伝えること。……そういうわけでカイト、日程などの細かいスケジュールはロージーに伝えます。様々な事情がからみあって日程は細々と動くでしょうから、わたくしがそばにいない時には、彼女に聞いてちょうだい」
なんと秘書がついてしまった。
俺は「よろしくお願いします」と言う。
するとロージーさんは消え入りそうな声で「よろしくお願いいたします」とささやいて、俺から視線をそらして、悲しげに目を伏せてしまった。
人選大丈夫だろうか……
さすがに本人の前で『彼女はそういうコミュニケーション的なことに不向きなのでは?』とは言えないが、あとで人選の理由を聞いておくべきかもしれない。
「彼女は、わたくしがアレクシスの家にいたころから、わたくしの身の回りにいるの。判断は任せるけれど、なにを話しても他に漏れることはないわ」
人選理由がさっそく明かされた。
なるほど俺付きということは、かなり長い時間、それこそプライベート空間でも、俺に従う前提なのだろう。そこで信頼度最優先で選んだ、というわけだ。
しかし信頼できるロージーは、気が弱いのか、さっきから俺と視線を合わせてくれない。
無理もない。俺の見た目は無骨な村男だ。大柄だし、貴族界の洗練された貴公子しか知らないような人からすれば、恐ろしいのかもしれない。
なるほどな。
うん。
理屈はわかるんだけど、けっこうヘコむよな……
理解できればそれで終わりというわけではない。
十五、六ぐらいのお嬢さんに怯えられるというのは、なかなかどうして、説明のできない負荷がかかるものだった。
「ああ、それから、あなたにソー兄様から面会の打診があるのだけれど、わたくしが断っているから、与えられた部屋からはあまり出ないようにね」
「わかりました。でも、一度ぐらい面会しておいたほうがよろしいのでしたら……」
「そりゃあいつかはするべきだけれど、まだ早いのよ。だって、絶対に『手合わせしよう』っていう流れになるもの」
「は? な、なぜ?」
「そういう人だから」
「……」
伝わっている逸話から、かなり脳筋度の高い王子であることはうかがえた。
しかし伝わっている逸話は言ってもデフォルメというか、細かい流れをすっとばしているというか、『逸話』として尾ひれがついたり、語るべきことがいくらか抜かれていたりするものだと思っていた。
だが、このスルーズ王女殿下のあきれはてた顔を見ていると、むしろ伝わっている逸話に輪をかけて脳筋なんじゃないかという疑惑すら浮上する。
そもそも一国の王子にして軍部の最高幹部が、勇者とはいえ一介の村民と出会ったとたんバトル展開になるってどういうことだ。
「いえもう、お兄様はね、『言葉はいらない。剣で語れ』を素で言う人なのよ。ああ、もちろん、個人対個人の範疇に限る程度の分別はあるのだけれど、うん、その、困ったこともあって、その、これは言うべきか、言わざるべきか、わたくしも非常に迷うのだけれど」
王女殿下が歯切れ悪いのは、かなり珍しいし、不吉だ。
聞きたくないが、聞かずにはいられない。
俺が目でうながすと、王女殿下は幼い面立ちに似合わない苦悩を表情ににじませて、
「あなたの思い人に、うちのお兄様も惚れ込んでいるのよ」
「……」
「だから、あなたが思い人と相思相愛である事実が知られてしまえば、間違いなく『彼女を懸けて勝負だ!』となるから、ボロを出すのを避ける意味でも、しばらく接触は控えたほうがいいわ」
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