26話 指揮官

 村でたまっていた仕事を片付けるのには、偽装工作のせいもあって五日ほどかかってしまった。


 偽装用倉庫として使っていた建物は、最初のうちこそ空っぽだったが、偽装のために俺のアイテムストレージにあるかなりの量の素材が乱雑に積まれることになった。

 こうなって発生した意外な問題が『保存』だ。


 木材も金属も腐食する。


 アイテムストレージにある限り、俺はこういった現実的な問題に対して頭を悩ませる必要がなかった。


 まあでもほんの数日だし大丈夫だろう、という油断がよくなかった。

 特に金属が錆びるのは思っていたよりずっと早く、溜め込んでいた素材のいくらかをダメにしてしまったのはくやまれる。


 こうなると金属とヤスリを『合成』しないといけない。

 その程度の手間で目に見える質量の減少もなく元どおりになると思えば、それほどの被害でもないのかもしれないが、改めて『隠すべき能力チートがある』ということの洗礼を受けたような気持ちだった。


 村の仕事をある程度済ませてしまったら、そろそろ王都に戻らないとならない。


 しかし、ここで今まで放置していた問題がついに発生してしまった。


 娘のエイミーが、ついてきたがったのだ。


 もともと甘えん坊気質の強いエイミーではあった。

 しかしもう十歳にはなるだろう(実年齢を知らないので、間違っているかもしれない)彼女は、そろそろ男親から離れたがる時期に来るだろうと思っていた。


 これがまったく勝手な思い込みでしかなく、エイミーは甘えん坊のままだし、俺は俺で、彼女が甘えてくるのを跳ね除けるほどの強さがない。


 嬉しいというのは否定できない事実だが、そもそも、エイミーには、色々なトラウマがあり、その後遺症なのか、表情が変わらず、声を出すのに非常なエネルギーを要するという症状さえあった。

 そういった事情が、彼女を突き放すことをためらわせるのだ。


 エイミーは最低一度は育ての親に捨てられている。


 その『育ての親』というのは、俺の先輩のことだ。

 先輩は無責任にエイミーを捨てたのではなく、仕事中にやむなくその命を落としてしまったのだけれど、エイミーがそんな事情を斟酌しんしゃくできるようになるのは、まだもう少し先のことだろう。


 だからこそ俺が王都に出向く機会が増えた現在、ちょっと不安定というか、帰るたびに密着度が高かったので、『そろそろついて来たがりそうだな』とは予想していたところだった。


 予想はしてても、対策は立てられなかった。


 ここで『聞き分けのいい子』というロールを押し付けてしまうのは簡単で、ちょっとした脅し文句なんかも付け加えればエイミーはたぶん言うことを聞くとは思う。


 ただ、俺たちは、俺が勇者の役割を終えても親子でい続ける予定だ。

 なので正直な感想を述べさせていただけるならば、『世界の命運とか勇者の使命よりも、十年後の親子関係のためにエイミーのわがままを聞きたい』という思いが強い。


『忙しいから』というのはまあ事実ではあるのだけれど、自分が子供のころを思い出してみれば、親がいくら親なりに正当性のある理屈をこねてこちらを押さえつけても、子供心にはただただ不満が残るのみなのだ。


「一緒に行くか」


 熱意に負けた。折れた。でも、『渋々』という感じは出さないように気をつけて言った。


 そうしたらエイミーはしっぽをちぎれんばかりに振って抱きついてくる。

 こうして甘えるのも幼い時分に限ったことだろう。成長したあとそっけなく扱われるだろうという勝手な想像にひどくストレスを覚えながら、護衛騎士に『王都への復路は一人増えるがいいか』ということをたずねた。


 そうしたらおしゃべりな騎士はこう答えた。


「いいと思いますけど、僕らには決定権がないんですよね。指揮官に許可をとっていただかないと」


 そういえば、『おしゃべりな騎士』と『寡黙な騎士』、『まじめな騎士』とその相方の騎士という四名が交代で護衛についてくれているが、同行している騎士自体は五人いたのだ。

 あと一人が護衛についたことがない。

 その人が指揮官なのだった。


 顔合わせはしたのだが、それきり会話もない。

 姿を見かけることはあるが、直接かかわることはほぼない。


 俺はその人のどこか冷徹そうな面立ちを思い浮かべて、少しばかり気が重くなってきた。

 完全に見た目からの印象だけで申し訳がないのだが、その人はいかにも貴族的で、俺という平民や、まして子供の心情などに配慮しないように思われたのだ。


 まあ、話してみれば意外といい人かもしれない。


 そういうふうに自分を説得し、騎士用の馬車で待ち受けるその人のもとまで案内されて向かい、中から出てきた長身の美丈夫に気圧されながら事情を説明し……


「まあ、よろしいでしょう」


 たったそれだけの承諾の言葉を引き出すのに、ずいぶんな緊張を強いられてしまったのだった。

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