27話 『勇者』に使う時間でできること
王都と村とを往復することが増えてくると、やはり気になるのは移動時間だった。
この世界は魔法があるので、科学文明との単純比較はできないが、やはり流通、移動の面を見てしまうと二十一世紀の日本からはだいぶ遅れている感が否めない。
王侯貴族であれば『魔法』というものが使える。
それには移動やらなんやらをだいぶ便利にする効能があるらしく、王侯貴族はこの『魔法』というものをもって貴族たりえている。
けれどそれは『誰にでも使えるもの』ではなく、『修練によって身につくもの』でもなく、百パーセント血統&才能による個人の能力なのだ。
いくらかの魔道具と呼ばれるものはあるらしいのだけれど、それの管理はやはり王侯貴族が行っているので、平民である俺たちには『存在しない』も同然のものである。
そういうわけで戦国時代、よくて江戸時代ぐらいの生活レベルである俺たち平民には『可処分時間』というものが少なく、『移動時間が増える』というのはほぼイコールで『生活を圧迫する』ということにつながる。
時は金なり、という言葉は俺の元いた世界にもあったけれど、それはこの世界において、想像もしなかったほどの重さをもった言葉になっていたのだ。
どうにか革新を起こさないような程度で、俺やまわりの人だけでこっそりと移動やらなんやらにかかる時間を短くする技術的、物質的発明はできないものか?
寝ているエイミーの肩を抱きながらアイテムストレージをながめていると、護衛騎士に話しかけられた。
「やはり、馬車の内装というのは、細工師としては気になるものなのでしょうか?」
それは黒髪をきっちりと後ろになでつけた『まじめ騎士』だ。
最初は任務中に雑談することさえ禁じていたようなのだが、何回かの護衛業をこなすうちに、周囲に人がいないところでは話しかけてくるような間柄になっていた。
人格は純朴な田舎の青年といった感じで、いざ話してみれば、他のどの騎士よりも話しやすいという、意外な特徴を持っている。
さて、彼の唐突な言葉にしばらく意図を考えて、それから納得した。
アイテムストレージを見ている時、俺の視線は上下左右にせわしなく動く。
その目の動きが『馬車の内装を注意深く見つめる細工師』というように映ったのだろう。
ちょっとした油断だ。
アイテムストレージ自体は外から観測できるものではないはずなのだが、それを見ている俺の目の動きはわかるのだった。
馬車という広くない空間で対面に座っている俺が、なにもない空間をキョロキョロ見ていたら、それは気になることだろう。
「そうなんですよ」とりあえず肯定してから、言い訳を考えて、「馬車というのにもいくらかの等級があるようですが、この馬車は、かなり丈夫なつくりをしているように見えましてね。なにか、仕事に活かせるものはないかと思いまして」
「なるほど。あなたは前評判の通りのお方のようだ」
「前評判?」
問い返せば、まじめな騎士と、少年っぽい、小柄で細いざんばら頭の騎士は、顔を見合わせ、遠慮がちに笑った。
「『職人
「ああ、なるほど。もう一人はあの……」
「アレクシス様ですね。王女殿下の、
「やはりそうでしたか」
彼らがどこまで事情を知っているかはわからないが、ホッとした。
ホッとすると同時に、『味方なら先に言って欲しかった』という気持ちがわきあがってくる。
すると俺の内心を見通したように、まじめな騎士が笑う。
「王女殿下は、あなたの帰省があまりに急なのを、ずいぶん嘆いていらっしゃいましたよ。護衛をねじこむための根回しの時間がない、と」
「ああ、それは……申し訳ない」
「いえ。あのお方は王族でいらっしゃいますからね。故郷に仕事や家族を残す民衆の心情に疎いのでしょう。そのおかげで、私があなたの護衛に選出されたというのは、私にとっては幸運ですが」
笑うしかない。
なにを言ってもボロが出そうなのだ。
「しかし、勇者殿、少しばかり失礼な物言いにとられてしまうかもしれませんが……」
「遠慮無くおっしゃってください」
「ええと、はい。実はですね、私は、『勇者』というものは、『少年少女』だと思っていたのです」
「ああ……」
「まさか私より年上が託宣を受けるとは思っておりませんでした。その意味では、実際にお目にかかって『本当にそうだったんだ』という気持ちでしたね」
「私のほうでも、自分が勇者に選ばれたのは意外でして、なにがなにやら、といった感じです」
「しかし勇者の物語というのは、子供心には魅力的な英雄譚に思えたものですが……大変でしょう、実際になられると。ご家族や生活もあるようですし」
「ははは……」
「村での暮らしは私も経験しておりますから、やはり、仕事がたまるのはどうにも避けがたい。……冬の支度が始まるより前に、魔王を倒せたらいいのですけれど」
このあたりの冬は厳しく、雪と寒さでほとんどなにもできなくなる。
だからその前に薪やら保存食やらを用意しておく必要があって、それは、村総出でおこなうようなことなのだった。
男手一人抜けるのは、村にとっても軽い損失ではないし……
俺の能力の便利さを思えば、確実に『男手一人』以上の損失は出るだろう。
まあしかし、別に俺が冬支度にまつわる食料の保存やら大工仕事やらを一手に引き受けていたというわけでもない。
村長代理はかなり理性的な人だったので、『俺というよそ者』がいつ流れるかわからないという可能性をきちんと理解してくれた。
俺自身にあの村に骨をうずめる覚悟があっても、命運がどう転ぶかまでは保障できないという話で……
代表的なところだと、この世界に来た時同様、突然向こうの世界に帰される可能性だって、『ない』とは言い切れないのだ。
なので、俺は『俺が抜けたら村の運営が立ち行かなくなる』というほどの能力行使はしないように気をつけていた。
はからずもその心構えが、今回、役立ちそうなわけだ。
そうは言っても便利なのは間違いないし、俺も俺で感情を切り捨てた人付き合いをしているわけではないので、『なあなあ』にしているような細かいところで不具合が出る可能性までは排除しきれないけれど。
「『勇者』というのは、生活のある者がやることではないかもしれませんね」
俺がそう締めくくると、まじめ騎士と少年騎士は笑った。
馬車は進み続ける。
もうじき、王都にたどりつくだろう。
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