25話 勇者は縁起物

 もちろん、村に帰ってきたのには理由がある。


 これからお披露目に向けて準備をしていく勇者候補ではあるのだが、そもそも俺には役割があり、仕事がある。


 細工師、というよりも『ものづくり系の何でも屋』といったほうがしっくりくる立ち位置である俺は、村の道具の修理などをわりと一手にになっており、抜けているあいだにも仕事はどんどんたまっていくのだ。


 勇者は生業になりえない。


 勇者に選ばれたのはいいとして、俺には勇者以前の生活があったし、また、今のプランだと、勇者以降の生活を失うようなマネもできない。


 なので村に帰ったらまずはたまっていた仕事を片付ける必要があった。


 しかしこれが問題で、俺の『仕事』は『異能』を用いておこなわれる。

 だが騎士は『常に二人』つけられる。


 基本的に、俺を視界から外さないように指示を受けているのだろう。「あとは家で仕事をするだけですので」と言っても「そうですか」と言われるだけだし、直接的に「見られていると気が散るので外で待機してください」と言えば「できません」と言われるだけだ。


 ローテーション的にまじめな騎士にあたったせいでもあるのだろう。

 二人いる護衛騎士のうち一人は、常に背筋を伸ばして鞘に片手を置いた厳戒態勢でい続けるようなタイプだった。

 相方のこのクソまじめさにはもう一人の騎士も思うところがあるのか、杓子定規な対応をまじめ騎士がするたび、相方騎士のほうは苦笑していた。


 村の人たちも俺の異能については充分な理解をしてくれているものだから、俺がなかなか仕事にとりかかれないのを見て『ゆっくりでいいよ』と言ってくれる。

 しかしすでにだいぶ王都でゆっくりしてしまったこちらとしては、気がせくやら、申し訳ないやらで、一刻も早く仕事にとりかかりたい。


 だが願いは通じず、半日経って騎士が交代するまで俺はヒマをもてあますことになってしまった。

 そのあいだに娘との交流ができたのは、まあ、悪いことではなかったけれど。


 そうして交代になって、まじめな騎士は、一分の乱れもなく後ろへなでつけられた髪を掻いて、こんなことをこぼした。


「蹄鉄なども作られるものと思いますが、鍛治設備がありませんね? 私の村では金属を熱する炉ぐらいはあったのですが」


 勤務時間外だからだろう、その騎士は自分が貴族ではないことと、勇者護衛という『光栄な任務』を任されたことの喜びを語ってくれた。


 勤務時間が終わったとたんに色んなことをしゃべりだすまじめ騎士には、相方も唖然としていたようだ。


 俺はといえば『ああ、就業時間内だけはきっちりやるタイプなんだな』と一定の理解ができたこともあり、ちょっと雑談などしてみた。


「やっぱり『勇者護衛』っていうのは、栄誉あることなんですか?」


「それはもちろん! そもそも、自分の代に勇者が出ること自体が、ありがたいことです。任務が終わったら、故郷くにのばあちゃんに自慢をしたいですね」


 どうにも勇者は『年男としおとこ』などの『縁起物カテゴリ』に入る存在のようだ。


 次の警護担当は『おしゃべりな騎士』と『寡黙な騎士』で、二人は俺が『気が散るので仕事中は外にいてほしい』と述べると、承諾してくれた。


 だがいったん家の中を見られてしまっているのでそのまま始めるわけにもいかず(素材が家の中にないのを見られているので、モノを作っても『その材料はどこから湧いた?』という話になる)、『材料を倉庫から家に運ぶ』というひと手間を偽装する必要にかられてしまった。


 幸いにも、以前、偽装用に使っていた倉庫兼工房があるので場所は問題ない。


 けれど村人たちから頼まれた仕事を全部こなそうと思うと、運び出す材料はけっこうな量になって、運搬だけで一日が終わってしまった。

 ガチで細工師をやってる人の苦労を今さらながら忍びつつ、その日は重労働の疲れてぐっすり眠った。

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