23話 古文書を紐解いて

「今読み解いてる古文書を見る限り、勇者の仲間は平均して三人ぐらいが一般的みたいね」


 古文書を読み漁った結果、そのような結論が出たらしい。


 さて、謁見のあとは勇者お披露目がある。

 あるのだが、それは、俺の後援者たちがお披露目用の衣装やら剣やらをそろえてからの話であって、まだ少し時間がかかるようだった。


 そのあいだに勇者は仲間を募ったり、家族のもとに帰ったりする。

『旅立ち前の最後の準備』のためだ。


「たぶん、私たちが王女殿下から情報を得られなかったら、仲間は神殿が勝手にそろえてくれたのでしょうね」


 真聖堂はすっかり俺たちの内緒話の場所と化してしまっていた。

 神殿内で俺と聖女キリコが安心して話せる場所は、ここしかないのだという。その背景には、神殿の複雑な思想・金銭の流れが存在した。


 勇者というのは象徴だ。

 聖女というのも象徴だ。


 ならば、俺たちを担ぎ上げる人たちがいて、そういった人たちは、俺たちになるべく知識を与えずに思い通りにしたいと考えていることだろう。


「『勝手にそろえてくれる』ねえ。……まあ、任せたっていいとは思うんだけどな。魔王が実在するんなら」


「拝金主義派が用意するのか、原典主義派が用意するのかにもよるけれど……たぶん、最終的には背後から刺してくるような人材であることに違いはないわね。私はイヤ」


「だよなあ。役目を終えた勇者が生きてたってメリットないもんな」


「あと、いい加減、魔王を用意……属性とか、どういう存在なのかとか、どこに発生するものだとかぐらいは、目星をつけないとまずいわ。あなたのお披露目の時に、目的地も発表するはずだから」


「それもあったな。……まあ、いざとなったら適当に遠くの土地を挙げればいいかもしれないけど……」


「それなのだけれど、魔王は国外に発生したことがないのよ」


「そうなのか? あれ、でも……」


 キリコは床に置いた聖女帽の中から、五枚の紙を取り出した。

 大きさはふぞろいで、薄茶色の藁半紙だ。


「古文書の内容をざっくりまとめたわ。日本語でね。まだ読んでないものもあるけれど、たぶん、半数以上には目を通したはず」


「早いな!?」


「……『古文書』ってね、文庫とか新書じゃないのよ。粘土板とか木簡もっかんなの」


「なるほど。それじゃあ、あんまり大量の文章は書けないか」


「そういうこと。紙の流通ってけっこう最近っぽくてね。今ではメモ用紙ぐらいはもらえるけど……っていうか、こういう物価の話は、カイ……トのほうがくわしいわよね」


「ぜんぜん関係ない話なんだけどさ。……俺らの生まれた国? 地域? って、相手を名前で呼ぶの、特別感あるよな」


「そうね! どうしてあなたや王女殿下はすんなり呼べるのかしら!? 許せないんだけど!」


「それは、この世界だと平民に苗字がないから」


「ああ……」


「まあ、苗字らしきものはないでもないんだけど、『ナントカ村のナントカ』みたいな感じで、平民は生まれ故郷の名前を苗字にするな」


「じゃああなたは、そういうのあるの?」


「ううん。俺は転移者だから故郷がないんだよ。だからただの『カイト』。犯罪者になったり、そうでなくっても素性を隠したいやつは出身地名を名乗らないな。だから『苗字的なものがない』ってだけで、かなり人からの信用度は低い」


「てきとうに名乗ればいいのに」


「聞き覚えのない土地の名前だと、設定を練らないといけない。うっかり『大陸東端の村だ』とか言ってしまって、本当に大陸東端の村で生まれたやつとかとカチ合ったら目もあてられない」


「あなたはそのへん、誠実よね」


「誠実っていうか、機転がきかないのを自覚してるだけだよ。でっち上げた故郷名を名乗って、あとから嘘がバレて信頼を損なうよりも、最初から名無しのまま信用を積み上げたほうがいい。それに、冒険者なら素性不明のやつがたくさんいたしな」


「そういえばモンスター退治とかしてたんですっけ」


「お、おう。えっと、それでさ、話を戻すけど……魔王が国内にしか出ないっていうのは? 王女殿下の話だと、魔王っていうのは『他国民』とか『異民族』の比喩で、それを『勇者』が征伐して国土を広げた、みたいなのが本当のところなんだっていうことだったけど」


「王女殿下は神殿も神話もお嫌いでしょう? たいして調べてはいなかったのかもね」


「ああ……近づくのもイヤだって感じだからな」


「初代勇者はたしかに、国家の外にいる『魔王』を倒して、国土を広げたみたいね。それが今の王家の先祖なわけだけれど……その後の『勇者』は、国内に出た魔王を討伐していたらしいわ。あと……」


 キリコはそこで、笑った。

 ずいぶんと嗜虐的な笑顔だ。


「勇者は六十年周期で現れているみたいね」


「ぴったり?」


「おおまかに。ズレはせいぜい、一年か二年ね。なにか作為を感じない?」


「……ああ、なるほど。つまり」


「魔王って、神殿がでっち上げてるんじゃないかしら?」


「うーん……その可能性もあると思う。でもさ、『一定の周期で魔王が発生する』っていうのも、いかにも『魔王』っぽくないか?」


「ああ、なるほど……それもわからなくはないわね。でも、私が『でっち上げてるっぽい』と思うのにも理由があって、そもそも、私の『勇者探し』も、神殿に言われて始めたという背景があるのよ」


「言われたのか……」


「そりゃあそうでしょう。私が唐突に『そうだ、勇者を選ぼう』って閃いたとでも?」


「お前、知ったかぶりして、この世界の神話聞いてなかったらしいからな……」


「勇者を選べと言われて、ちょうどいいから転生・転移者を探したのよ。そうして見つけたのが、あなた」


「ああ、ああ、なるほど」


「うまいやり口よね。……転生してきて、聖女扱いされて、見知らぬ異世界で神殿の中しか知らなくて、そんな中で『そろそろ勇者は?』って言われたら、『無理にでも選ばないとまずい』って気持ちになるもの。役目を果たせず放り出されたら、こんな世界でどう生きればいいのよ? 過去の聖女たちもそうだったんじゃないの?」


「なるほど」


「ええ。時系列を紐解いてようやく予想できたことだけれどね」


「もし神殿が糸を引くなら、舞台裏を知ってしまった異世界人聖女と勇者は、口を封じてしまわないとまずい」


「……巻き込んでしまったみたいで、その、本当に……」


「謝ったら怒るからな」


「……」


「俺たちは運命共同体だろ。お前の危機は俺の危機だ」


「でも、勇者イベントをこなしたら、聖女は送還される可能性が高いと思わない? もしそうだったら、私は『命の危機』には瀕してないのよ」


「まあ、それはそうかもしれないけどさ」


「それともあなたは、どこかの『勇者に選ばれるはずだった、顔も知らない誰か』のために怒れるの?」


「さすがにそこまで博愛主義じゃないよ」


「だから、謝らせて。誰でもよかったはずの『勇者』を、あなたにしたのは、私だから」


「……」


「ごめんなさい」


 キリコは俺をまっすぐに見て謝り、


「巻き込むわ」


「……そのへんのブレなさっていうか、強さっていうか、すごいよな、お前」


「そういうわけだから、あなたには仲間を選んでほしいのよ。この世界での暮らしの中で、頼れる人とか、一人か二人、思いつかない?」


「頼れる、かあ……」


 一瞬、ムチワチニの顔が浮かんだ。

 しかしここで言う『頼れる』は『信頼できる』『一蓮托生にできる』という意味だ。

 あのばあさんは頼れる。けれど一定の距離をもって付き合わないといけない、油断ならなさがある。


 そう考えると難しい。

 この世界の冒険者というのは『パーティを組んで命懸けでダンジョンに挑む』みたいな、そういうものじゃない。

 派遣アルバイトみたいなものだ。


 そりゃあ仲良くなったやつはいる。

 でも、世界を騙すのに組もうと言えるタイプの信頼ができるやつがいるかといえば、そこまでじゃない。

 そういったタイプの信頼は、『仕事』とか『趣味』とかを経ない関係性がないと育まれないものだろう。


「……残念ながら、今のところ、この世界でそういう意味の『信頼』がおけるのは、お前ぐらいだな?」


「え? なんですって?」


「いやだから、信頼できるのはお前だけ……いやいや。聞こえてるだろ?」


「もう一回ぐらい繰り返してもいいけれど?」


「なんの意味があるんだ……」


「私の気分がよくなる」


「信頼できるのはお前だけだよ」


「ごめんなさい、ちょっと」


 キリコは席を立つと、俺に背を向けた。

 そうしてしばらく全身を細かく震わせたあと……

 無表情で、俺へと再び向き直って、席に着いた。


「キリコさん、今のなんですか?」


「『人には見せられない顔』というのがあるのよ」


「……とにかく、仲間を募るのは難しいな。仕事を任せられるやつはいても、命運を任せられるやつは心当たりがない」


「この世界で誰だけ?」


「お前だけだよ!」


「ことあるごとに言わせるから覚悟しておいてね」


「まあ、それでお前の機嫌がよくなるならいいけどさ。……だから、俺はいったん、村に帰ろうかと思う。さすがにエイミーをほったらかしすぎなのが気になってたまらない。村長に手紙は送ってるけど……お前はどうする?」


「ついて行きたいところなのだけれど、私は私で、やるべきこともあるのよね」


「そうなのか?」


「ええ。具体的にはまだ秘密だけれど……」


「それ、聞いても教えてくれないやつだよな……」


「そうね。まあ、この世界で命運をともにできるのはあなただけでも、あなたに依存して全部任せるような私じゃないの。私は私で力をつけていくから、あなたもあなたでがんばって」


「ふぅん。……なにしてるかは言わなくてもいいけど、ヒントとかは?」


 キリコは黙ったまま微笑んだ。

 つまり、なにもかも秘密ということで、俺にできるのは『楽しみにしておく』ことだけのようだった。


 いやだって、こいつ、一度『言わない』って決意したこと、本当に絶対言わないんだもん。

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