22話 派閥構築/仲間集め

「手を挙げたのは武具と道具の商会で、手を引いたのはファッション系、アクセサリー系の商会ね。それから軍事系の貴族あたりが後援者として名乗りを挙げたわ。カイトは全体的に『武門に人気』という感じのようね」


 スルーズ王女殿下から俺の支援状況を教えてもらった。


 なるほどな、という結果だ。

 たしかに俺のガタイなら強そうに見えるだろうし、俺の容姿ならファッション系のモデルには不向きだろう。


 そもそもの話をすれば、『自分に後援者がついた』という事態が手に余る。

 身に余る光栄です、なんていうあいさつをしたはいいが、実際のところはぜんぜん実感がわいていなくって、今はまだ『後援者が。へぇー』って感じ。


 例の、扉の分厚い、内緒話のための部屋に集められて、俺は満足なリアクションも返せずに話を聞いていた。


 同じく召集されたキリコはと言えば、これがもう見事なもので、うなずくべき話題の時にはうなずき、悩むべき話題の時には悩ましげな顔をし、苦笑すべき話題の時には苦笑し、決して言葉を発することがなかった。


 キリコは空気を敏感に読むところがある。

 そして外面の取り繕いかたを知っている。

 なので何にも話を理解していなくっても理解しているかのようにその場にいることができるのだった。


 さて、キリコがスルーズ殿下の前で今さら外面を取り繕っているのには理由がある。

 それはこの場に、新顔がいるからだ。


 侍従長。


 スルーズ殿下の側近中の側近である、メイド服を着た妙齢の女性は、レンズの小さなメガネの位置を直して、手もとの資料をジロリとにらむ。

 その厳しい表情と、ピンと背筋の伸びた立ち姿には場の空気を引き締める作用がある。

 まじめで秩序を重んじ風紀にうるさい性格が全身から匂い立つような、生活指導教員というイメージの女性なのだった。


 そんな人がなぜ俺たちの秘密の会合に同席しているかといえば、それは、スルーズ殿下がすべてをぶっちゃけたからだった。


『大丈夫、あなたたちのことは、アイリーン以外に明かしてないわ』と王女殿下はおっしゃった。

 実際に明かしてないのだろうし、スルーズ王女殿下は、アイリーン氏のことをずいぶん信用していらっしゃる様子だから、氏はきっと秘密を口外するような性格でもないのだろう。


 こうして秘密は『あなただから話すけど』というように『信用できる人』から『信用できる人の信用できる人』へと伝播し、いずれ世界中へと拡散されていくのである。

 それはまあわかりきっていたのだけれど、微妙に苦笑をこらえきれない自分がいるのも事実だった。


 もちろんスルーズ王女殿下に動いていただいている都合上、彼女のそばに事情を知った信頼できる味方は絶対に必要なので、遅かれ早かれとは思っていた。

 だから俺がこらえきれなかった苦笑は、『本当に行動が早いな』というような、感嘆混じりの苦笑なのだった。


「そういうわけで、味方が必要だわ」


 王女殿下は当然の帰結という感じで述べた。

 なんとなく想像もつくが、勘違いがあるといけないのと、キリコが神妙な顔でうなずいたので『あ、こいつわかってない』と感じたのもあって、いちおう説明を求めておくことにした。


「味方というのを、詳しく教えていただけますか?」


「……なるほどね。いえ、まあ、そうね。わたくしは、ファッション系にはいくらか顔がきくのよ。けれど、武門の人たちにはあまり影響力がないの。だから、あなたの支援に名乗りを上げた武門・武器防具の商工会の側に顔がきく、貴族か王族を、我らの一派に引き込む必要があるのよ」


「なるほど。ありがとうございます」


「いいえ。……まあ、そのあたりは、わたくしが尽力しましょう。武具なんてほとんど官給品だし、お兄様に相談すれば大丈夫でしょう。ただ……お兄様……ええと、三番目のお兄様は、ちょっと問題があって」


 そこで王女殿下は苦々しそうな顔になった。


 首をかしげる。

 王族は第一王子が次期王位を継承すると確定しているのもあって、仲がよいという噂だ。

 しかも末妹のスルーズ王女殿下は王族たちの愛情を一身に受けていらっしゃるという話なのだが……

 やはり表にいてはわからないような事情があるのだろうか。


 剣呑な気配を察して口ごもる俺に、スルーズ殿下は慌てたように付け加えた。


「確執がないのは、世に出ている噂の通りよ。第三王子であるソー兄様にまつわる問題はなんていうか……ちょっと、まっすぐすぎるところ、かしら」


「まっすぐ?」


「嘘がつけないのよ」


 その時スルーズ王女殿下が浮かべた表情を見て、なんとなく問題の本質を察した。

 もちろん、俺がある程度(一般市民が知れる程度だが)王族についての情報を持っていたのも、有利に働いたことだろう。


 二十代半ばとなるソー第三王子は、その快活な性格と、武威によって知られた王子だ。

 軍事の最高司令官代理(公的組織ならば、名義的にはどれも最高司令官は国王なので、『代理』は実質的な最高地位だ)として数々の武勇伝をもつ彼だが、民衆にもっとも人気な武勇伝としては、以下のようなものがある。


 ある山中に暴れ者で知られる山賊団がいた。

 これに単身で挑んだ王子は、腕っ節により山賊団をすっかり片付けてしまう。

 本来ならば獄につなぐところなのだが、山賊たちのやむにやまれぬ事情と、その強さに感銘を受けた王子は、寛大な心をもって山賊たちに恩赦を言い渡し、部下に召抱えた。

 山賊たちは王子の慈悲にすっかり感銘を受け、忠誠を誓い、今では王子の近衛に取り立てられているのだという……


 この逸話からわかることは、王子の脳筋さだ。


『逸話なんだからちょっとは盛ってるんだろ?』と思うのが普通だし、俺のもといた世界の基準ならば『一人』で『団』に勝てるわけがないと、誰もが思う。


 だが、この世界にはマジで『一騎当千』が存在するし、王族がその『一騎当千』である可能性は、血統的に見て非常に高いのだ。


 高いのだが、それにしたって王族は立場もあるので、そんな人が『一人で山賊団に挑む』というのはやっぱり『おいおい』という感じだ。

 あと、ソー殿下であればその『おいおい』と思うようなことをやってのけそうと思われる、口ぶりとか、行動とかが、その脳筋キャラエピソードをみんなに納得させているのであった。


 そういった『脳筋』イメージを下地にすれば、『ソー殿下は嘘がつけない』というのも、納得してしまう次第だ。


「……まあ、お兄様の懐柔は、この中にわたくし以上の適任はいないでしょう。カイトにできることは、話がまとまったあとにしかなさそうね」


「そうですね」


「じゃあ、そちらはそちらで、仲間を探してくださる?」


「仲間ですか?」


「え? 仲間だけれど……ああ、そうだったわね。あなたたちは『勇者伝説』について、さほど詳しくないのだったかしら」


 王女殿下は「民のほうで流布している『むかしばなし』については、わたくしもさほど詳しくないのだけれど」と前置きしてから、


「勇者は聖女に見出され、聖剣を受け取り、仲間とともに旅立つのよ。体裁を整えるためにも、旅の仲間は必要でしょう?」

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