16話 スルーズ王女殿下について
王はすでにご老体であらせられるが、十三人いる子供の中には、まだまだ十歳前後の者もいるようだった。
中でもスルーズ王女殿下は一番の年下で、当年とって十一歳になるらしい。
王がすでに次期国王を長男に指名していることもあり、王族同士は仲がよく、末妹であるスルーズ殿下はきょうだいからとてもとてもかわいがられているようだった。
王もまた、子ではあるけれど孫のように歳の離れたスルーズ殿下には甘く、『王宮から出ない』という条件付きではあるものの、たいていの行動を自由にさせているとのことだった。
そんな理由で、スルーズ王女殿下は、王宮内にいるらしい『勇者』を見物にいらしたそうだ。
「がっかりだわ! 勇者はもっとこう……見た目からして民とは違うものだと思っていたのよ! だって神から叙任された聖女に選ばれる人じゃない! それってつまり、神から王権を戴いた王と似たようなものだっていうことでしょう?」
まあ、口が回る。
俺担当を押し付けられたと思しき、例の、恋人への贈り物を無料で済まそうとした文官が、さっきから青い顔をして、俺と殿下とのやりとりを見ていた。
殿下の
あいにくとこの程度でキレない程度には人間ができているつもりだけれど、俺の身なりは相変わらずボロだし、おそらく貴族である文官は、庶民の精神性や知性をかなり幼く見積もっているので、その心配は仕方のないものだと思う。
文官はおそらく、俺という危険人物を刺激しないように、さっさと王女殿下をこの部屋から連れ出したいと思っているはずだ。
俺だって王族と意味のない会話をして不興をかう趣味はないので、うまいことトスを上げれば文官が拾ってくれて、めでたく王女殿下は部屋からご退出くださるとは思うのだが……
「だいたいなんで今の時代に勇者なのよ! わたくし、知っているんだから! 魔王は本当は実在しないんでしょう!? 古い敵対的な豪族を『魔王』って比喩で呼んでるんだって、わかってるのよ! お父様の国は遠くにまで広がって、もはや敵はいないじゃない! だっていうのに勇者が出るなんて不自然だわ! 神殿側の陰謀よ! そうでしょう!? それからね」
……さっきから全然黙らないんだよな、この子。
まさか王族の話を遮るわけにもいかないので、俺は困り果てた。
困り果てて文官を見れば、彼も神経質そうな細面を真っ青にして、胃のあたりをおさえながら困り果てた顔をしていた。
俺たちは見つめ合う。
すると互いに互いの考えていることが手に取るようにわかるのだった。
俺たちのあいだにあった身分の差とか、立場の差とか、育ちの差とか、そういったものからくる偏見が今この瞬間だけ綺麗に消え去り、同じ志を抱いた仲間のように思えてくるのだった。
アイコンタクトをする……『一瞬でもいいから、うまいこと黙らせてほしい』。
文官は小さくうなずいて応じた。心が通じ合っている。
文官は服の胸あたりのボタンを外して、懐に手を入れた。
そこから見覚えのある木箱を取り出す……それは俺が、彼に贈ったブローチを入れた箱だった。
だいぶ前にあげたのにまだ持ってたのか、懸想する相手に渡すんじゃなかったのか、それは仕事が忙しいせいでまだ会えてないのか、それともヘタレて渡せていないのか……
表情でヘタレてるだけだなとわかった。
文官は少しだけためらう様子を見せたあと、木箱を床に落とした。
すると木箱がじゅうたんもない床にぶつかって音を立て、衝撃で箱が開き、中身のブローチが飛び出す。
そのブローチは狙ったのか(たぶん狙ってない)、ちょうど王女殿下の靴にぶつかった。
王女殿下が言葉を止めて、足元を見る。
そうして、ブローチを拾い上げた。
文官が口を開きかける。
その前に王女殿下が大きな声を上げた。
「美しいわ!」
王女殿下は俺への説教に興味を失ったかのように、文官のほうを振り向いた。
「ねぇあなた、このブローチは誰に作らせたの!?」
これでどこか適当な街の職人の名前でも言ってくれれば、王女殿下はすぐにでも部屋を出ていくだろう。
けれど文官、機転がきかない。
あろうことか困った顔で俺をながめて口ごもる。
当然殿下は視線に気付いて俺を見る。
俺は押し黙る以外にできない。俺だってここからトボけるほど器用じゃない。
すると王女殿下は問うのだ。
「あなたが作ったの?」
違います、と王族に嘘をつくわけにもいかない。
俺は黙りこくったままうなずいた。
殿下の後ろで、文官が頭を抱えていた。
俺も同じ姿勢になった。俺たちは一つだった。
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