15話 貴人襲来

 ムチワチニのばあさん以外にも、いくらかの人をあたってみた。

 やはり『勇者は聖女によって使命に目覚め、仲間を得て、命と引き換えに魔王を封印する』というのは変わらなかった。


 ここ数日そんな質問ばっかりしていたものだから、しまいには『魔王と勇者の話を聞かせたら酒をおごってくれるのはアンタか?』という輩まで出てくる。


 情報ソースが増えるのはいいことだが、報酬が発生するのだという方向で有名になってしまうのは困り物だ。

 なんせいくらでも作り話ができてしまうのである。

 だから俺は、ギルドまわりでの『むかしばなし』蒐集を切り上げざるを得なかった。


 それにしても、みんなが普通に知っていることを、俺ぐらいの年齢の男が知りたがるというのは、やっぱり、よほど不自然に映るらしい。

『むかしばなし』蒐集の過程で、多くの人から『なんでそんな、誰でも知ってるようなことを?』という目を向けられた。


 まあ気持ちは想像できる。


 俺だって『桃太郎』やら『浦島太郎』の話をしつこく聞きたがるやつがいたら、その理由が気になるだろう。

 まして俺はこの世界で生まれたこの国の住民ぶって生きているのだ。

 外国人がご当地民話を知りたがるのとはわけが違う。『知っていないやつは不自然』な話題をしつこく知りたがれば、その『不自然』に色々な想像を巡らせるのが人っていうもんだ。


 それはわかりきっていたし、案の定というのか、ムチワチニからそれとなく『お前目立ってるぞ』という忠告があった。


 すぐさま危険なことにつながるわけはないだろうが、目立つというのはどこの国、地域でも避けるべきことではある。


 そういったわけでキリコの方を手伝おうとも思ったが、キリコの調査対象は神殿の秘匿文書にあたる。

 勇者に選ばれたとはいえ、村男がそんな場所に出入りするのはよく思われないだろうとキリコは分析したし、俺も同意した。


 なので、調査を切り上げた俺は謁見の日まで数日はヒマをつぶさねばならないようだった。


 こうなるとただ待つ時間ももどかしく、日がないちにち宮廷でぼーっとしているのも妙に居心地が悪い。

 さりとて美しい宮殿を下手に歩き回って、どこぞの調度品に傷でもつけようものなら弁償で人生が終わるかもしれないという恐怖もあり、出歩くこともままならない。

 黙々と細工仕事をこなしてもいいのだが、アイテムストレージという異能を使う都合上、ドアが開くのにも気づかないほど集中してしまうわけにもいかず、悶々とするあまり、時間の進みは遅々として感じられるばかりだった。


 いっそ何もしないなら、むしろ神殿に行ってキリコの聖女姿でもながめていようか、などと思い始めた時……

 ドタドタと、毛足の長いじゅうたんでも殺しきれない足音が廊下側から響いてきた。


 突然、部屋のドアが開く。


 ひょこっとのぞいた顔は育ちがよさそうで、髪などはさらさらで、将来必ずや美女に育つだろうことが予感されるような造形の美しさがあって、それからかなり、ムッとしていた。

 緑色の瞳を怒らせ、ちょっと紅潮したような頬をわずかにふくらませ、サラサラの銀髪を垂らしながら、小首を傾けてこちらをにらんでいるのだ。


 どこかの貴族のお嬢さんであることは、高級そうな光沢のある薄桃色のドレスからも充分にわかってしまう。

 だから俺は反射的にびくりとして、その子の顔色をうかがう姿勢に入ってしまった。


 するとその子はさらにムッとなって、おさえきれない怒りをにじませたような声で言うのだ。


「こんなのが勇者なの!? 絶対にイヤ!」


 後ろから慌てて駆けてきた文官と、目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る