11話 文字と細工師

「けっこうファンキーな仕事をしていたのね」


 そんな感想をもらいつつ、王都に着くと俺たちは別行動となった。


 聖女は神殿へ帰り、俺は、陛下との謁見のために王宮へと参上することになったのだ。


 正しくは謁見まで過ごすために王宮で数日寝泊まりさせていただくための参上だ。

 実際に謁見する時は聖女さまが横にいてくださるようで、安心するような、あいつが無礼を働かないか心配なような、複雑な心境なのであった。


 さて、今日着いて今日謁見がかなうというわけでもない。


 偉い人はフットワークが重いものなのだ。


 すでに謁見の日取りは決まっているようなのだが、その前に王様と文通しなければならない。


 まずは面会してくれるお礼、謁見を光栄に思いますという内容を賛辞たっぷりでしたためて、王様に向けて届けないといけないのだった。

 このあたりの知識はさっぱりないので、手紙を書くにあたっては王室付きの文官の人が指導してくれることとなった。


 謁見まで過ごすように王宮内に与えられた部屋。


 いかにも面倒な仕事を押し付けられそうな、痩せぎすで神経質という感じの細面の青年に指導されて手紙を書く。


 試しに書き上げた一枚目を見て、青年は目を丸くして、ずり落ちたメガネの位置を直した。


「いや、失礼。あなたはそのなんと言いますか、平民らしからぬ文才をお持ちだ」


 それは俺の文才が世間的に見て高い位置にあるという意味ではない。

『文字もまともに書いたことがなさそうな小汚い職人なのに、読める文章を書けている』という意味合いに違いなかった。


 実際、商人でもない限りはあまり文字を書く機会がない。

 うちの村は畜産関係だけれど、帳簿やら伝票やらは村長一家がやるのが普通で、その役割は親から子へ受け継がれていくのが普通なのだった。

 だから村長一家以外は読み書き計算ができなくてもなんの問題もない。


 ……いやまあ、自分が育てた馬やら牛乳の値段を村長にいくらでもちょろまかされる問題は発生するのだけれど、そこは『信用』で成り立っているのだった。


 そんな世界観なので、文官はたぶん俺のことを『職人の家で生まれた、家業以外なにもできない男』と見ているはずだ。

 それが教えられた文法を一回で理解し、さらに実際に法則にのっとった文章まで書いてみせたのだから、おどろきもするだろう。

 小学生低学年程度の学力を覚悟していたら、中学生レベルが来た感じだ。


 俺はと言えば、高校までの学校教育の偉大さを感じつつ、自分が文章を書けてしまった、『この世界の人にも納得できる理由』を捻り出さねばならなかった。


「私は細工師なので、文字を彫り込む依頼を受けることも多いのです。せっかくですから、もしよろしければ、あなたにブローチを贈らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 見本の一つも見せれば、俺が文章をすらすら書けても不都合を感じなかろうという配慮をしたのだが、意外と相手が乗り気になってしまい、ブローチに刻む文章まで指定されてしまった。


 これには弱る。

 俺が能力でできるのは材料を合成してブローチを作るところまでで、文字の彫り込みは自分の手でやるしかないのだ。


 さすがにもう五年以上職人をやってるので文字彫りはそこそこやったこともあるのだが、王宮付き文官への貢物に、長々と文章を彫る自信はない。


 どうにか交渉でツーフレーズまで文章量を減らしてもらうことには成功し、手紙を持った文官の意外なほど嬉しそうな後ろ姿を見送ったあと、『銀』と『木材』と『宝石』を『合成』する。


 出来上がったブローチに彫り込む文字は短いので、さっさとやってしまおう。


『愛する貴女へ、月の花を捧ぐ』


 いや、好きな人への贈り物を無料で済ませようとするなよ。

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