10話 十三年の異世界生活

 たしかに俺も昔、『王様』と言われてもぴんとこなかった。


 偉い人なのはわかる。でも、その権力がどれぐらいのもので、どういう称え方をするべきものなのかが、まったくわからなかったのだ。


 それでも数年過ごしているうちに、なんとなくわかってきた。


 どうにもこの世界……少なくとも王都近郊で暮らす人たちは、『自分たち人類』の上に『王族』というものを置いているようなのだった。

 さすがに神と同権というほどではないけれど、神様と自分たちのあいだに立つ存在こそが王族であり王なのだという扱いをしているのだ。


 王様だって人間だろうに、と俺は思っていた。

 実際、人間だ。DNA鑑定の技術なんかがあったら、生物学的に人間だと証明されることは間違いない。


 それでもこの世界の人にとって王様は自分たちより神様に近い存在であり、万が一にも無礼があってはならない『一度勘気をこうむれば、災害級のことをしてくる』上位存在なのである。


 キリコだって一年も王政の異世界で暮らしていれば、この世界における『王様』の価値もわかりそうなものなのだが、そこはさらに複雑な問題があって気づけなかったのだろう。


 なにせキリコは神の意思を代弁する聖女なのである。

 神官勢力は王族勢力より立場が低いのだけれど、神は王様より上なのだ。


 だからキリコはけっこうとんでもないことを言い放つ。


「王族って言っても、腰の低いおじさんよ。私、膝を着かれたことあるもの」


「それはお前に膝を着いたんじゃなくって、お前の背後にいる神様に膝を屈したんだよ! お前まじで打ち首にされるから気を付けろよ!」


 最近は使われてないみたいだけど、この世界には『不敬罪』が普通にある。形骸化してようとも、王族がその気になれば適用される罪なのだ。


「さすがに冗談よ。なんとなくわかるわ。なんとなくね。でも、私は立場が立場だから、ちょっと感覚として理解し難いのも事実なのよ」


 そんな、誰かに聞かれたら好ましくない話をしつつ、俺たちは馬車で王都に戻ることになったのだった。


 その『戻る』までに一悶着あったことは言うまでもない。

 陛下への謁見が決まったと知らせると村はてんやわんやで、服がない、進物がない、礼儀作法を知らない、と総出で大騒ぎとなった。


 最終的には村で一番いい布をもらって俺が道すがら服を仕立てることになり、進物としてはちょうどいいから『勇者牛乳』という商品名にする予定の牛乳を捧げることになったのだった。

 礼儀作法を俺に合成できればよかったのだが、そんなことはできるはずもなく、そこは神官の人にでも習って付け焼き刃でどうにかするしかない。


 行きより荷物の増えた帰りの行程。

 隊列を組んだ先頭から三番目の馬車の中で、俺とキリコは二人きり、村での出来事を振り返る。


「そういえば、村の人たちはあなたの能力を知ってるのね。それともあなた、そのトンデモ能力を誰にでも明かしてるの?」


「……まあその、若いころはね?」


「案外ハシャいでたのね」


 安心したわ、とキリコは異世界で再会してから一番の笑顔を浮かべた。


 俺はなんとなくいたたまれなくなって視線を逸らしつつ、


「ただ、本当に、この世界に来たばっかりのころだよ。周囲が『すげー!』っていうより『うわっ……こわっ……』っていう目で見てきたから、さすがに俺も『これはバラさないほうがいいな』って察した。察して、なるべく隠すようにはしたんだけど……」


「バレたの?」


「というか、まあ、あの村で、あの家で仕事してるからさ。いくら隠そうとしたって、いつかはどこかに『どういうこと?』ってツッコミが入るだろ」


「細工師を名乗ってるのに、設備の一つもなければ、それはね……」


「いや、いちおう偽装はしてたんだよ。近場には倉庫兼工房みたいな場所もあるんだけど、バレてから使わなくなって、今のあのありさまになったんだ」


「じゃあ最初はバラすつもりがなかったけど、生活してるうちに言わざるをえなくなった感じなのね」


「だいたいね。幸いなのは、能力がバレる前にあの村で信用を得られてたことだったな」


「信用はどうやって得たの?」


「俺の恩人がエイミーを置いてた村があそこだったんだよ。そのエイミーを世話するために探してたから、探し当てて、世話をしようとして……最初はぜんぜん懐いてもらえなかったけど、どうにかこうにかエイミーの信用を得る過程で、村の信用もいつのまにか得てたって感じだな」


「あの子、しゃべれないし表情も変わらないんでしょう? 心を開かせるのは並大抵のことじゃないと思うんだけれど」


「そこにかんしては根気だな……こまめにあいさつをしたり、いっしょに遊ぼうって誘ってみたり、あとはあっちが俺に慣れるまで、しばらく近くにいるだけで話しかけたりしない時間もあって……最後には、向こうが俺を哀れんで寄ってきてくれたって感じだ。それと」


「それと?」


「胃袋をつかんだんだ」


「ああ、餌付け……」


「獣人の人たちは人間族からの動物扱いけっこう気にするから、表現は気をつけたほうがいいぞ」


「……やっぱりあるのね、そういうの」


「市井での情報収集はやっぱり俺のが向いてるな。お前は俺じゃ入りにくい場所を頼むよ」


「まかせなさい。私はこれでも、共働きには理解のある方なのよ」


「共働きっていうのかな、これも……」


「ところで『市井での情報収集は任せるわ(ドン!)』みたいなことを言ったけど」


「効果音のタイミングおかしくない?」


「言ったけど」


「あ、はい」


「具体的にどうするの? あなたに丸投げで、想像もしてなかったんだけれど」


「まあ『勇者』の巷説の蒐集だから、普通に知り合いから話を聞くよ」


「知り合いなんかいたのね」


「まあ、昔、冒険者やってたからさ」


「はい?」


「いやだから、冒険者だったんだよ。モンスターとかと戦う職業に就いてたんだよ、昔はね」

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