9話 魔王創造/そういえば謁見
「やることは山積みよ」
「たとえば?」
「まずは『魔王』をでっちあげないといけないの」
翌朝、そういう話になった。
朝食のメニューはハンバーガーとフライドポテトだ。
俺の能力によって作成されたのは、やっぱりファストフード店の味で、おいしいかと言われるとそれほどでもなく、食い出があるかと言われるとそこまででもなく、体にいいかと言われても、無言で口をつぐむしかなかった。
それでも俺たちはハンバーガーをパクつきながら今後の方針について話し合う。
そのうちコーラも再現したいな、と十年はわかなかった欲望を初めて抱きつつ、左隣で食事をするエイミーの口についたケチャップをぬぐう。
エイミーはパタパタと金色のしっぽを振って俺を見上げた。
表情の浮かばない顔。ことばをつむがない唇。でももう、今では彼女の気持ちが目を合わせただけでわかる。
そうして見つめ合っていると、ダン、とテーブルが叩かれる音がした。
キリコが、不機嫌そうに唇をひき結んでいる。
「そこの親子、私を無視して見つめ合わないで。嫉妬するわよ」
「こんな子供に嫉妬するなよ……」
「いい? 私の精神はまだ不安定なの。あなたと会ってから数日で色々なことがありすぎて、気持ちがついていってない部分があるのよ。情緒が安定するまでそれなりの配慮を求めるわ」
「そんだけ自己分析できれば、もうすっかり安定してる気がするけどなあ」
「繊細なの。……それで、私の話は聞いていたの?」
「聞いてたよ。『魔王をでっちあげる』? なんでそんなことを?」
「それはもちろん、勇者あるところに魔王がいるからよ」
「つまり俺が勇者認定されたってことは、魔王はいるのか?」
「神様のお告げが本当にあって、私がそれを本当に聞くことができて、あなたが本当に勇者なら、魔王はいるのかもしれないわ」
それはつまり『いない』ということだった。
それから、俺を勇者ということにした以上、魔王はいてくれないと困る、ということでもあった。
「……そうは言ってもな。魔王なんかそうそう用意できるもんじゃないだろ」
「あなたの能力で作れたりしないの?」
「まあ、ぬいぐるみに『魔王』って名前をつけたやつでいいなら可能かな。生物は生み出せないよ。漬物とかは作れるけど」
「なんで漬物? ……ああ、菌?」
「そうそう。俺の能力にはいくつか『必要そうなものがスルーされてる』気配がある。発酵食品を作るのに菌を保持してる必要はないんだ。たぶん、能力がゲーム的というか、ある程度の融通があるんだと思うけど」
「雑なのね」
「まあそうだな」
「……ともかく、勇者がいる以上、魔王がいないのはまずいのよ」
「素直に『やっぱ勇者じゃありませんでした』って撤回すれば?」
「それでも私は聖女だし、そうなるとあなたは村人なの」
「……ああ、なるほど。社会的な立場が釣り合わなくて引き離されるのか」
「平たく言うとそうね」
「駆け落ちでもするか?」
「あなたが今の生活を捨てられるなら」
「よしわかった。『魔王』をどうにか創作しよう。そのためには、『魔王』について知ってる必要がある。少なくとも、神殿で一番権力がある人が不自然に思わない程度のリアリティが必要だ」
「ええ、ええ、そういうこと。私たちのゴールは、『あなたが勇者であると認められつつ、勇者の責務をこなし、今の生活に戻れるようなストーリーを創り上げること』。そのためには知識が必要ね」
「俺たちは魔王のいない世界で、『勇者と魔王と聖女』っていう茶番をやる必要があるんだな。茶番だとは悟らせずに」
「細かいことを言うようだけど、
「繊細だもんな」
「目にレモン果汁浴びせるわよ」
「お前が言ったんじゃないか」
「ニヤニヤしながら言われるのが嫌なの!」
「悪かった、悪かったよ。かわいくてさ、つい」
「許せない。今までは逆だったのに、ここに来てからずっとあなたに攻撃のターンを渡してる気がするわ。……なんとか逆転しないと」
わりと本気で方策を考えているようで、キリコは親指の爪を噛んでいた。
考え込む時のクセだ。
「……まあ逆転の手管よりも、今は『魔王』だな。知識を得るっていっても、どうやって?」
「神殿の古文書を私が見て、魔王についての伝説をくわしく調べるから、あなたには市井で情報を集めてほしいのよ」
「……市井っていうのは、つまり」
「王都」
キリコはため息をついて、
「ついでに勇者として王様に謁見しないといけないのよ。村に帰ったのはその準備のためって話にしてあるし」
それ、『ついで』ですむ話じゃないのでは?
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