2話 勇者三十(年齢)
真聖堂の狭い個室で、テーブルを挟んで互いの経緯を報告し合うことになってしまった。
「十三年前に転移してきた!? しかも子持ち!?」
俺が自分の事情をかいつまんで説明すると、さすがの
こいつは人目というのをいたく気にするやつなのだけれど、その性質は俺と二人きりの空間でもそれほど変わらないようだったし、異世界転移後も変わっていないようだ。
感情をあらわにしたオーバーリアクションを恥じるように、咳払いしてから深く椅子に座り直し、脚を組んで、あごを上げて、こちらを見下すような姿勢になる。
俺はと言えばその女王然とした態度に懐かしさと微笑ましさを覚えていた。
俺たちが同年代だったころ、俺は毒島の迫力をおそれていたのだ。
なにせ美人だ。美人というのは向かい合うだけで緊張する。
それは俺たちが親しく(と言うには主人と召使いみたいな関係だった気がするのだけれど)会話するようになってからも変わらなかった。
こいつも自分の容姿に自覚的だったからか、対外的には儚げな文学少女を、そして俺に対しては女王然とした、一言一言に圧力があるような、そういう態度をとっていた。
それを俺はいちいちおそれていたのだけれど……
この世界で十年を超える時間を過ごし、三十歳子持ちとなった今では、十七、八ぐらいの容姿の毒島の態度は、どこか背伸び感があるというか、かわいらしく見えた。
和装を思わせる、袖の非常に大きい、薄桃色の衣装も、たぶん高校生当時の俺であればそのあまりに似合いすぎているのにドキドキしてしまってまともに目も合わせられないぐらいだったろう。
けれど、今は『かわいいな』と、なんだか余裕を持って観察することができた。
「ちょっと、なんでニヤついてるの?」
「いいや。……それより、そっちの事情を聞いてもいいか?」
「……あとで問い詰めるからね」
「私がこの世界に来たのは、一年前、古書店で不思議な本を開いたせいなの」
毒島は古めかしい本を集めるのを趣味としていた。
読書家ではない。
擬古文で記された日本の文学から、外国の図鑑までなんだって集めるこいつの目的は、『自分が持っていて絵になる本』探しなのだ。
つまり書物を書物としてではなく、クラス内でなんとなくカッコいいと思われるためのアクセサリーとして集めていたのが、毒島
「気付いたら大聖堂……ああ、わかるかしら? こことは別な建物の……」
「休日とかに、街の人が集まって祈りを捧げる?」
「そうそう。そこにいて、どうにも、聖女として召喚されたことになっていたっていうわけ」
「で、どうしたんだ?」
「……」
そこで毒島はちょっと黙って、不満そうに俺をにらみつけた。
たぶん俺がニヤニヤしていたせいだった。
だってわかるのだ。毒島のどうしようもない見栄っ張りというか、外面を作るのについつい無茶をするところとか、クラスで俺だけはよく知ってしまっていた。
だから、
「どうしたと思う?」
そう聞かれて俺は、迷いなく答えた。
「そりゃあ、さも聖女のように振る舞ったんだろうな。『聖女? 知ってましたけど。私は生まれついての聖女でしたけど?』みたいに」
「うぐぐ……」
毒島はほおを赤くして、唇を噛んだ。
「屈辱だわ。まさか、あなたに、そんなふうにイジられるなんて……子犬におしっこ引っ掛けられた時ぐらいの屈辱……」
「……ところで、俺たちは同じ世界からここに来たはずだよな? にしてはずいぶん、時間の流れというか……」
「私がこっちに来たのは、あなたが行方不明になって三ヶ月後ぐらいだったかしら。そっちこそ、私の知らないあいだに三十路のおじさんになってるなんて……なんとなく許せない」
「『許せない』かあ。懐かしいな、それ。俺が『ごめん』って悪くもないのに謝る流れだよな、今の」
「本当に許せない」
なんとなく寂しそうな顔をして述べたあと、毒島は笑った。
「それにしても、久しぶり。本当に久しぶり。転移者を集めさせたけれど、まさかあなたが引っかかるなんてね。……あなたが失踪したとき、私がどんなにあなたに対する自分の態度を悔いたかわかる?」
「……なんで?」
「ちょ、ちょっとキツかったかなって思って……親しい人には口が悪くなるところがあって、それで言いすぎたのかなって……」
「なるほど。まあ、思い返せば口調はきつかったけどさ。なんていうか、間違ったことは言わないし。きついのは口調だけで、別に理不尽な罵倒とか、いじめとかはされてなかったし……それに」
「なによ」
「案外楽しんでたよ、俺も。お前とのやりとり」
「……許せない」
毒島は顔をそむけて、もう一度そんなことを言った。
しばらく沈黙があって、俺は聞くべきことを思い出す。
「そういえば毒島、なんで勇者なんか集めたんだ? この世界に危機が迫ってるとか?」
「いえ、別に。勇者を集めたというか、転生者・転移者を集めたの。私、スキルでそういうのがわかるから」
「へえ。……なんで集めたんだ?」
「元の世界に帰る手伝いがほしくって」
「……」
「だってそうでしょう? こんなエアコンもない世界に放り出されて、知り合いもいないところで聖女なんかに祭り上げられて、不安じゃないわけないじゃない」
「……なるほど」
「あなたは本当に、危機感が薄いというか、なんというか……」
許せない、とまたしても毒島はつぶやいて、
「とにかく、帰るために、チートスキルを持ってそうで、元いた世界に未練がありそうな『転生・転移者』を集めてはみたんだけれど……」
「みんなこの世界の居心地がいいって?」
「そもそも、前世の記憶を保持してないのよ」
「ああ……」
「『知ってた』みたいなリアクションやめてくれない? なんか無性に痛い目に遭わせたくなるんだけど」
「いや、知ってはいなかったけどさ、ここ十年で転生・転移者が出たみたいな話ちっとも聞かなかったし。でも、転生・転移者はけっこういるとは思ってたんだよ」
「なんで?」
「俺が転移してくるぐらいだから」
自分だけが転移者だ! なんて思い込むほど、自分に『特別な運命』を確信できない。
だからきっと、転移してきたヤツは俺以外にもいるんだろうなと考えていた。
にしてはそういうヤツが出たという話がぜんぜん出てこないから、たぶん記憶の保持ができてないのかな、という予想ぐらいは立てた。
だって転生・転移なんて、みんながみんな秘密にしてるのは不可能だろう。
そういう『特別な出生』なんか、誰かに自慢したいやつがいるに決まっている。俺もしたことある。まあ、一笑に付されたけれど……
「記憶保持ができてるってだけで、俺はすごく恵まれてたと思う」
「そういうところよね」
「なにがだよ。……ああ、あとさ、こっちの世界では俺のことは『カイト』って呼んでくれよ。苗字は十年ぐらい呼ばれてなくて反応が遅れるんだ」
「……」
「どうした」
「そうなるとアレよね。私からも、あなたに『キリコでいいわ』みたいになる流れよね、今」
「いやそこは好きにしたらいいんじゃないかな。でも『毒島』よりは『キリコ』のほうがこの世界っぽくはあるかな?」
「許せない」
「なにが!?」
「馬鹿馬鹿しい。すごく馬鹿馬鹿しい。なによ三十歳って! どうしてそんなに大人になってるわけ!?」
「突然キレないでくれよ。そうだ、飴でも食べるか? 娘のためだけに作ってるんだけど、お前にもやるからさ本業のかたわら作り始めたんだけどさ……」
「子供扱いしないで! ……ああ、ごめんなさい。待って。十秒だけ時間をちょうだい」
毒島が片手を俺に向けて突き出すものだから、俺はその申し出を受け入れた。
きっかり十秒黙ってから、毒島は再び話を始めた。
「あなたは、この世界で大人になったのね」
「……まあ」
「それがまだ、うまく受け入れられないみたい。あなたに会ったのも予想外だったけれど、三十歳になってるのは想像の外すぎて、ちょっと私の情緒がまずいわ」
「お前、そういうところすごく冷静だよな……」
「私に大人みたいな接し方をするのをやめて。とりあえず今はやめて。そのうち慣れるから」
「……そう言われてもなあ」
「とにかく。とにかく……そうね、どうしよう。予想外のことが起こりすぎて、私が『前の世界の記憶を保持している転移者と会ったらとるべき』と考えていたプランが全部だめになったわ。責任をとってほしいぐらい」
「まあそれにかんして、俺は悪くないと思うけど……力なら貸すよ」
「今、『なんでもする』って?」
「言ってない。俺にも生活があるんだよ。村に娘を残してきてるし、一刻も早く王都から村に帰りたいのが本音だから、そこにも配慮してほしい」
「……私を放っていくの?」
「う……いや、まあ、その……気持ちはあるんだけど、マジで生活もあってさ……まさか仕事を放り出してお前のそばにいるわけにもいかないし……本当に力は貸すよ。話し相手にもなる。でも生活もあるんだ。働かないと食べていけないし、働くには今暮らしてる村から移動できない事情もあるっていうか……この世界でもさ。やっぱ、大事だよ、お金」
「なるほど。お金があればいいと」
毒島は静かにうなずいた。
経験から言って、こいつがこうやって無表情になる時はろくなことが起こらないのを俺はよく知っている。
しかし問い詰める間もなく、俺は部屋からの退出を促されて、神殿に用意してもらった宿舎へ戻ることとなった。
順当に行けば翌日には村に帰る予定だ。
馬車も出してもらえるらしいから、朝に発てば日が落ちきる前には帰ることができるだろう。
だから、毒島からなんらかのアクションがあるとしたら俺が眠るまでだろうな、なんて考えつつ横になり、いつのまにか眠って、翌朝。
一目で権力を持っていそうなのがわかる神官たちがどやどやと俺の借りている宿舎に入ってきて、起き抜けの俺は混乱しつつも起き上がる。
最後に入ってきた毒島を寝ぼけまなこで見つめていると、そいつは美しい顔立ちに意地の悪い笑みを浮かべて、高らかにこう告げたのだった。
「テハイサ村の細工師カイト、あなたを『勇者』と認定します」
こうして三十歳子持ちの勇者が誕生してしまった。
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