第19話
俺は自分の部屋で、金髪碧眼の超美女天霧吹雪と向き合っていた。なに? 順番からいくとこの章は北風響と冬月時雨の物語のはずだと? そ、そんなことは分かってるよ。悪いが今大事なところなんだ、ほっといてくれ。
(こんにちは、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、天霧吹雪です。唐突にごめんなさい。でもここではっきりさせてください。ワタシは星章太郎さんの分身という設定になってます。この小説のタイトルの通りワタシは彼のペンネーム。世界一可愛いかどうかは別ですけど。それとワタシは章太郎さんのドッペルゲンガーでしょうか。え~その前にそもそもドッペルゲンガーとは何ぞや?
ネットで検索してみてください。イロイロと出てきますよね。性別、容姿、ワタシと星章太郎さんは一致してません。え? 性格? 章太郎さんはともかくワタシはいたって真面目ですよ。ホントですって。
北風ヒビキと冬月シグレは間違いなくドッペルゲンガーでした。オリジナルと変わらぬ性別、容姿。性格と行動にちょっと問題があったものの最後まで正体が分かりませんでした。なぜかワタシが教師役で登場して二人を追い払ったことになってます。まったく人使いが荒いったらありゃしない。ワタシの留守中に早波若葉さんを部屋に連れ込んでたし。章太郎さん油断もスキもあったもんじゃないないですね。有明カスミさんとの関係だって……)
おいこら吹雪! だ、黙って言わせておけば……本題に入れ、本題に!
(章太郎さんうるさいですねえ。話が少し脱線しました。えーとワタシは金髪碧眼の超美女という設定になっております。他にも章太郎さんに特別な感情を抱くヒト以外にワタシは見えない、こつ然と姿を消したり現れたり、他人のドッペルゲンガーを退治できる能力があったり。そもそもワタシの第一の目標は星章太郎をサポートして小説コンテストに入賞させることでした。そのために彼のペンネーム「天霧吹雪」として姿を現したんです。ここまでは間違いありません)
うん、そうだったな。第一話で俺の目の前に突然姿を現してくれたよな。俺のペンネームを名乗って……。
(そうです、その通りです。でも本当は違うんです。今まで黙っていてごめんなさい。ワタシ天霧吹雪の正体は……実はある女性の……ある女性のドッペルゲンガーなんです。驚きました? その女性の名は「朝霧野風」。ア・サ・ギ・リ・ノ・カ・ゼ。時代劇に出てきそうな名前ですが、前の章で章太郎さんと見舞った女性です。病院のベッドの上で意識不明の女性。なぜそんなワタシが章太郎さんの前に現れたのか? 知りたい? 知りたいですよね)
あ、当たり前だ! 早く、早く言え!
(もう章太郎さんたらせっかちですねえ。わかりました、言えばいいんでしょ言えば。
その日の朝。わたし、朝霧野風はいつものように通学のため最寄りの駅に向かっていました。今日も一日大学で講義を受け、友人たちとおしゃべりをして……おいしいスイーツを食べに行く約束もしていました。もう少しで駅に着くというところで……突然わたしの目前に白いワンボックスカーが猛然と迫って来たんです。ブレーキの音はしませんでした。誰かの悲鳴が聞こえました。次の瞬間わたしには空が見えて……その後目の前が真っ暗になりました。わたしが覚えているのはそこまでです。
気がつくとわたしはどこかの病院の病室にいました。大きなベットの前にボンヤリ立っていたんです。ベットにはわたし「朝霧野風」が……。さっきまで主治医の女医さんとわたしの両親がいたんですが、いまは病室に誰もいません。正確には朝霧野風が二人。わたしにはこの状況が理解できていませんでした。わたし一体どうしちゃったんだろう。
その時、病室に一人の若い男性が音もなく入って来ました。長身瘦躯、黒髪に青白い顔、赤い瞳。黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイ。どこかの葬儀の帰りかしら?
「こんにちは」
男性はわたしに話しかけてきました。わたしが黙っていると男性は言葉を続けました。
「こんにちは、スミマセン死神です。朝霧野風さん、お迎えに来ました」)
なに! 死神だと⁉ ま、マジか! 本当に居たのか!
(わたしはビックリしました。死神さんですって? お迎えに来ましたって……わたし死んだの⁉
「うーん、困ったなあ。朝霧野風さんですよね。行けと言われて来たんですけど、ちょっとおかしいなあ」
死神さんはアイパッドのような端末を操作して首をひねっていました。
「そうですよね! わたし死んでませんよね! 死神さん帰ってください」
死神さんに食ってかかるわたし。
「あははは、元気のいいお嬢さんですねえ。いやそれどころじゃないだなあ」
「いいから早く帰って!」
「落ち着いてください、朝霧野風さん。残念ながらあなたはもう……」
「死んでいるって言うんですか? だからわたしを迎えに来たと?」
「はあ、僕の仕事なんで。ただその、ちょっとお迎えに来るのが早過ぎたようなんです。うーん、手違いでは済まされないなあ。少々お待ちください、いま本部に問い合わせてますんで」
死神さんは、難しい顔をして端末を操作しています。手違いってなんですか。死神さんにも本部なんてあるんですか。
「お待たせしました、申し訳ありません。いま本部から返事が来ました」
「どうなったんですか?」)
なんだこの死神は、まるでサラリーマンじゃないか。手違いだのなんだのと。ちゃんと仕事をしろ、仕事を。責任者出てこーい!
(章太郎さん、まあまあそう怒らずに。この死神さんが悪いわけではないみたいですから。
「えーと、実はですねえ……」
死神さんが言うには、やはりわたしはあの世とやらに行く運命。ただ、その時期が少し早すぎたそうです。わたしが交通事故にあうまではプログラム通りだったのですが、彼が迎えに来るのはもう少し後のはずだったと。どこでどう間違ったのか急に行けと言われて来てみたが、やはりちょっと問題が……。要するにわたしの行き先の受け入れ態勢が整っていないとの事で、待ったが掛かったそうです。
「いや面目ない。こんなこと滅多にないんです。まったく本部のやつら現場の苦労も知らないで」
グチをこぼす死神さん。イロイロ大変なんですね。
「それで、わたしはどうなるんですか」
「は、はい、も、申し訳ございません。いずれ改めてお迎えに上がります。それと……ご迷惑をおかけしたお詫びに……」)
ご迷惑をおかけしたお詫びだと? コイツ人の命を何だと思ってるんだ!
(死神さんの申し出。この不始末のお詫びとして、なにか一つだけ願いを叶えますと。本来のお迎えまでの猶予期間有効な願い。
わたしは迷わず死神さんに一つのお願いをしました。あるWEB小説サイトの作家さん「天霧吹雪」。性別も年齢も不明ですが、わたしはその作家さんの大ファンでした。作品はそんなに多くありません。でもわたしは暗記するほど何度も読み返していました。だって面白かったから。その天霧吹雪さんのサポートをしたい、世に送り出したい。これが朝霧野風最後の願い。
「うーん、参ったなあ。分かりました、少々お待ちください。関係各位に手配してみます」
死神さんは懸命に例の端末を操作しました。そして、初めて笑顔を見せました。
「お待たせしました! 何とか手配出来ました。ただいくつか条件があるようです。えーと、まず第一に……」
こうしてわたしと死神さんの契約成立。わたしは「天霧吹雪」として星章太郎さんの前に姿を現したのです)
知らなかった。本当に知らなかった。俺にそんな大ファンがいたなんて。俺の駄作の山を暗記するほど何度も……。死神との最後の契約か。吹雪……いや朝霧野風さん。なんと言ったらいいか。ありがとうと言うしかない、こんな俺のために最後の願いを使うなんて……。
とにかく、俺のペンネームは世界一可愛いです。
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