第18話

「……章太郎さん……」

「ん? なんだ吹雪、いま俺は忙しい。この支離滅裂なストーリー展開をなんとかしてくれと言われているだろ。立て直して再構築しないとどうにもならんぞ」

「そ、そうよね。この小説、設定が破綻寸前だし。早く何とかしてくれないと」

「こ、こら吹雪、他人事みたいに言うな! 俺は和泉マサムネ先生みたいな速筆じゃないし、山田エルフ先生のような集中力もないしなあ」

「……ゴメンナサイ……ワタシのせいで……」


 ふ、吹雪どうしたんだ? なんだその謙虚な態度は。いつもと様子が違うぞおい。熱でもあるのか? えーと近くに病院あったかな。

 困惑する俺にかまわず天霧吹雪は続けた。

「章太郎さん、おかしいと思ってますよね。でもワタシはあなたの分身……ワタシとあなたは一蓮托生。天霧吹雪のつとめは章太郎さんを小説家として世に出すこと。そのためにこうしているんですから」

「……吹雪……そうだったな。たしかに第一話でそんな話になってたな。だが何でいまそんなことを言い出すんだ? 才能がない、ダメならダメとハッキリ言え」


 俺はつい苛立って吹雪にきつく当たってしまった。年末を迎えて俺は何かと多忙だった。大学は休みに入っていたが、来年早々には後期試験が待っている。幸いまだ必修科目の単位は落としてないけど。万一専門課程に進めないとえらいことになる。ドイツにいる両親が激怒して、母親殿が帰国すると言い出しかねない。それだけは何としても阻止しなければ。 


 それと……それと早波若葉と有明カスミさん……この二人からのアプローチが少々キツイ。大晦日の夜家に遊びに来いだの、明治神宮に初詣でに行こうだのと……。

 若葉については、お父さんが「章太郎クンを呼べ」とうるさいそうだ。お父さんに気に入られてしまったか? カスミさんとは……合コンのあと二人きりになった時に……これ以上書かせないでくれ、ご想像におまかせする。

 と、とにかく吹雪に言わせると自業自得だそうだ。俺には意味が分からんが。そう言えば悪友の眉村のヤツにも「お前、いい加減にハッキリしろ」言われたけど。眉村のヤツ合コンの時、若百合女子大の峯雲深雪さんといい線いったらしいが、残念ながら何もなかったようだ。「彼女には心に決めた相手がいる」とぼやいていたなあ。

 

 そんなこんなで、なかなかWEB小説に向き合えなかった。吹雪にせっつかれて今日ようやくパソコンの前に座ったところだ。

 座ったはいいがまるで筆(入力)が進まない。文章が浮かばない、自分が何を書きたいのか分からない。マウンドに上がったものの投げるボールに悩むピッチャーのようなものだ。さてどうしたものか。

 俺がパソコンの前でウンウンとうなっていると、隣にいる吹雪が話しかけてきた。


「……章太郎さん、無理しなくていいんですよ。一度立ち止まって一休みしてから出直しても……ワタシがわがまま言ったからですものね」

「吹雪……」

 こ、これは重症だぞ。おい体温計はどこだ! いや救急車、救急車! 119番通報! 待てよ? 吹雪は誰にも見えないんだっけ。

「章太郎さん、気分転換に遊園地でも行きませんか? 東京ディズニーランドかそれが無理なら甘城ブリリアントパークでも……」


 吹雪はとんでもないことを言い出した。遊園地だと? 東京ディズニーランド? 甘城ブリリアントパーク? まるでデートじゃないか。第一俺ひとりにしか見られないだろ。ヤローひとりで何やってんだと思われるのがオチだぞ。

「冗談ですよ、冗談。もう章太郎さんたら本気にしちゃったんですか?」

「おい……」

「でも……でも……ワタシには……あまり時間がないの……」

 吹雪はさびしそうにつぶやいた。

 この時、俺は自分のことで頭が一杯で天霧吹雪の小さな異変に気付かなかった。本当に吹雪に残された時間はわずかだったんだ。


 その日、俺と吹雪はある大学病院を訪れていた。結局遊園地ではなく入院している吹雪の友人を見舞うことになったのだ。何でも吹雪の親友らしいが、彼女の親友は俺の親友でもあるはずだ。本当に吹雪が俺の分身ならばの話だが、残念ながら俺にはそんな友人に心当たりはない。まあこういう無茶な設定には慣れたけど。何だか底なし沼にハマったんじゃないの? こんなんで大丈夫なのか? ホントに。


 吹雪はスタスタとお目当ての病室に向かった。大病院の中勝手知ったる何とやらといったところか。俺は黙って吹雪について行った。


 その病室の表札には朝霧野風と主治医工藤愛子の名が記されていた。ふーん、主治医は工藤愛子という女医さんか。キレイなヒトだよきっと。吹雪の親友とやらは朝霧野風さんらしいが無論俺には覚えのない名前だ。


 殺風景な病室の窓際にベッドとイスが一脚。ベッドに横たわる女性、俺は一目見て呆然とした。サラサラ金髪、色白の肌。目は閉じられているが、その女性は……その女性は……天霧吹雪! 


「……吹雪……こ、これはどういうことだ?」

 俺はようやく言葉を絞り出した。

「この人は……朝霧野風さんは……いったい……」

「章太郎さん、驚かせてごめんなさいね。でも……でも、どうしても章太郎さんに会わせたかったの」

「まさか、その、一卵性双生児なのか?」

 俺の問いに吹雪は黙って首を横に振った。

「うーん、吹雪が二人か……」 

「違うわ、朝霧野風は朝霧野風、ワタシは天霧吹雪……」


 俺は今混乱している。そもそも天霧吹雪は俺のペンネーム、俺の分身のはずだ。たしか第一話でそうなっていたと思う。それが何でもう一人出てくるんだ? しかも朝霧野風だと? 知らんぞそんな名前。おまけに一人は病院のベッドの上で意識不明のようだし。これをどう合理的に説明してくれるんだ?


 天霧吹雪はしばらくベッドの上で眠る朝霧野風の顔を見つめていたが、やがて俺を促して病室を出た。吹雪の目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。しかしまだ彼女からの説明はない。親友の見舞いと言っていたが違うな。いったどういうつもりなのか吹雪を問い詰めたかったが、病院内で騒ぐのはちょっとマズイのでやめにしておいた。後でゆっくり事情聴取するつもりだ。いつもニコニコあなたの隣に這いよる混沌、頼むからホントのことを言ってくれ。


 天霧吹雪(星章太郎)

 北風ヒビキ(北風響)

 冬月シグレ(冬月時雨)

 そして朝霧野風(不明)


 彼らの正体は本当にドッペルゲンガーなのか? 俺には分からない。ナゾは深まるばかりだ。ただひとつ言えること、それは……。


 俺のペンネームは世界一可愛いです!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る