第16話

「こら吹雪! いい加減にしろ! なんだこの無茶苦茶なストーリーは! よくもよくも俺の作品を……」

「フフフ、いいじゃないですか面白ければ。カンフル剤ですよカンフル剤。少しは感謝してください、ワタシも大変だったんですから」

「な、何がカンフル剤だっ! それにどっかの誰かさんってだれだ! 俺のことか⁉」

「当たり前でしょ章太郎さん、冬月時雨さん怒ってましたよ。もちろん北風響君もですけどね」

「むむむ、軌道修正が大変だぞ……」

「章太郎さん、読者様のご期待に応えましょうね」

 

 俺と天霧吹雪のルーティンワークの口論である。姿を消していた吹雪は、先日無事? ご帰還した。まったく心配かけやがって。それはそれで良かったのだが、彼女イロイロやらかしてくれた。まあ結果良ければすべて良しといったところかな。


「ところで、章太郎さん」

 吹雪は話題を変えてきた。

「来週、カスミさんの大学との合コンがあるんでしょ。楽しみですよね」

 そうだった、すっかり忘れていた。眉村のヤツにせがまれてカスミさんとセッティングをしていたんだっけ。ウチの大学からは、俺と眉村、筒井に笹沢と半村。皆女子大と合コンと聞いて飛びついてきたね。

 若百合女子大からは、カスミさんと宮部さん他三名。文芸部の天野遠子先輩だけはカンベンしてもらった。合コンなどあまり気が進まないがこれも成り行き上致し方ない。


「やれやれ合コンか。待てよ、吹雪お前またついて来る気か? カスミさん以外に見えないのは分かってるけど」

「トーゼンです。ワタシを置いて行くなど言語道断、100年早いですぞ」

「吹雪、お前なあ……まあいいや。明日バイトでカスミさんに会うから言っとくよ」

「章太郎さん、よろしくお願いします。ワタシおとなしくしてますからね。それにカスミさんとああなる時はすぐ消えますからご心配なく」

「ななな、何を言ってるんだ! し、失礼な!」


 合コンの件はともかく、問題は俺のWEB小説だ。実は今書いている作品以外にも書きたい分野があるんだ。俺が書きたいのはSF、つまり空想科学小説である。もちろん難しいのは分かってるし、連載中の作品はしっかり完結させるつもりだ。ただSFはラブコメよりもコンテストのハードルが低い気がするし。

 問題は俺の力量か。これだけはどうにもならないな。とにかく科学的裏付けが必要だしなあ。調べれば調べるほど奥が深くて訳が分からなくなる。霧島翔子さんか姫路瑞希さんがそばにいてくれたら助かるんだが。


「章太郎さん! どうせワタシは霧島さんでも姫路さんでもないですよ! 柏崎星奈さんでも三日月夜空さんでもありませんから! 天霧吹雪は天霧吹雪ですっ!」

 ふ、吹雪そんなに怒るなよ。ん? 待てよ? 俺は柏崎星奈さんや三日月夜空さんの名は出してないぞ。ラノベの読みすぎだよ吹雪。


「まあ、連載中の小説を完結させることが先決だな。SFの方は何かひらめいたら書くとするよ。吹雪それでいいな?」

「いいもなにも章太郎さん次第ですよ。ワタシは章太郎さんの分身ですから」

「よし! レッツ&ゴーだ」


 そして若百合女子大との合コン当日。クリスマスが近いこともあって街はどこか華やいでいた。カスミさんもオシャレにきめてきていた。さすがはお嬢さま品があるんだよなあ。それにひきかえウチの連中ときたら……まあ俺も人のことはいえないけどね。

 カスミさんは吹雪にもにこやかに挨拶してくれた。やはり吹雪は誰にも見えない……と思ったら大間違いだった! まさか、まさかの事態が起きたんだ!


「あら? 天霧先生? 天霧吹雪先生じゃないですか! ど、どうしたんですか?」

 なんと若百合女子大の参加者のひとり、峯雲深雪さん(どこかで聞いたような名前)には吹雪が見えた! しかも彼女、俺に会うなり「星先生? 星章太郎先生?」とのたまったからたまらない。他の参加者から不審な目で見られてしまった。

 しかしこの非常事態にも吹雪はあわてず騒がず、峯雲さんと何やらヒソヒソと話しをしてうまく誤魔化したようだ。

「すみません、わたしの勘違いでした」

 峯雲さんはその後何事もなかったかのように振る舞ってくれた。後で吹雪に確認すると、なんと一時的に俺たちに関する記憶を消したそうだ。

 いくら一時的とは言え、他人様の記憶を消すとはとんでもない荒技を使ってくれたもんだ。いったいどうやって……吹雪、ホントにいったい何者なんだ?


 合コン自体は無事終了した。しょせん大学生のコンパである。ワイワイガヤガヤと大騒ぎするうちに時間切れとなった。カップルが成立したかについては関知しない。眉村のヤツは峯雲深雪さんと気があったようだ。そっちの方は二次会でうまくやってくれ。眉村よ健闘を祈るぜ。 


 さて、俺と有明カスミさんは肩を並べて夜の街を歩いていた。吹雪はとうの昔に消えていたし、他のメンバーとははぐれてしまった。もしかしたら気をつかってくれたのかな?


「……ねえ……章太郎さん……」

 亜麻色の髪の乙女、カスミさんがうつむきながら話しかけてきた。

「……章太郎さん、その、わ、わ、若葉さんのことどう思ってるの? 単なる幼なじみ? それ以上の……大きな存在……かしら?」

「え? 若葉? うーん、そうだなあ……」

「章太郎さん、逃げないでちゃんと答えて。彼女の気持ちは分かってるでしょ?」

 俺は返事に窮して沈黙。若葉の気持ちか……正直言ってよく分からない。

「……章太郎さん……わたしじゃダメ? わたしは幼なじみじゃないし大学もちがうけど……でも、でも……わたし……どうしても……章太郎さんのことが……」

 カスミさん、とうとう涙ぐんでしまった。こうなってしまってはもうアカン。王手飛車取りチェックメイトだ。俺は覚悟を決めた。


「カスミさん、俺は……」


「星先生! 星章太郎先生じゃないですか! 僕です、北風響です! お久しぶりです!」

 いいとろで、突然横槍が入った。学生風の若い男がチャチャチャを入れて来たんだ。

 なに? 北風響だと? 峯雲深雪の次は北風響か⁉ またややこしいのが出て来たぞ。ええい面倒な。


「たしかに俺は星章太郎だが、先生じゃないぞ。白金学院大学の学生だし。悪いが人違いだよ」

「ええええっ! おかしいなあ。他人の空似? 白金学院大学? 冬月時雨さんと同じとこ? たしか彼女文学部だけど、知ってます?」

「文学部か……友達はいるけど。冬月時雨さんねえ、たしか会ったことあると思うよ」

 俺の頭の中には早波若葉の顔が浮かんでいた。正式に紹介されたわけではないが、俺は冬月時雨に会った記憶がある。幸い「星章太郎先生!」とは呼ばれなかったよ。たぶん気がついていなかったと思う。俺は影が薄かったのかな。


「章太郎さん……これはどういうこと……北風響君て確かWEB小説の登場人物……そう言えば峯雲深雪さんも……」

 さすがカスミさん良くご存知で。そうです確かに二人とも俺のWEB小説の登場人物ですよね。その二人がなんで……これはもう天霧吹雪の仕業に間違いなし。


「そうだ、僕は峯雲に呼び出されて来たんだけど、彼女どこにいるか知りませんか?」

 どうやら北風響は峯雲深雪に呼ばれたらしい。

「峯雲さんだったらさっきまでコンパで一緒でしたけど、二次会のカラオケボックスに行ったと思います」

 真面目に丁寧に答えるカスミさん。ホントにいい性格だなあ。

「ありがとうございます。では探しに行って来ます。お二人ともお気を付けて、またお会いしましょう」

 北風響は言い残して走り去って行った。なんて調子のいいヤツだ。あんなケーハクなキャラクター設定した覚えはないぞ。またお会いしましょうだと? 会いたくないないよ俺は。


 俺とカスミさん。また二人だけになった。俺は改めてカスミさんに向き合った。もう逃げも隠れもしない。


「カスミさん……俺は……」


 

  

 


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